第36話、偽装暗殺


 季節は移り変わり、秋へと近づいている。最上級生にとっては卒業が日々卒業が近づいている。


 この頃になると、卒業後どうするか、大抵は決まっているものだ。


 ヴァイス王子とメアリーの仲は、より親密なものとなり、夏の休みには海へバカンスに行った。


 いつもは婚約者として呼ばれるのだけれど、今回は私は呼ばれなかった。


 メアリー視点では王子とのハッピーエンドルートを着実に進んでいるのだが、いざ呼ばれない婚約者側からすると、これも殺意ポイントだと思った。


 事実、夏の休み明け、『赤毛の聖女』において、ヒロインを襲うバッドエンドイベントが発生する。


 恋人をとられたと殺意ポイントを貯めたライバルキャラに襲撃される――暗殺未遂事件である。


 なお、ハードモードだと、殺人『未遂』事件ではなく、ガチで殺される場合もあり、その場合は言わずもがなバッドエンドである。


 まあ、幸い私は聖女のハッピーエンドルートを応援しているので、殺人未遂事件は発生しない。


 ただしこのイベントは、ヒロインにとって攻略対象男子の好感度アップイベントのために、できれば発生させておきたい。


 というのも、好感度によっては、『あなたは好きだけど、俺にはすでに婚約者がいて、王族としての務めを果たさなくていけない』と『あなたのためなら、王族であることを捨てる』とに分かれるからだ。


 もちろん、王子ルートにおけるハッピーエンドは後者でなければならない。


 そのためには、暗殺未遂事件イベントがあって、より二人の関係を深めていかねばならないのだ。


 まあ、この世界はゲームに似ていてゲームではないので、ある程度の参考にしかならないけれど。


「……お姉様?」

「あら、起きたのリュゼ」


 カーテンの閉められた私の部屋。私はベッドに入っていて、その隣では銀髪美少女が寝ているよ。


 言っておくけれど、これはパジャマパーティーであって、エッチはなしよ。


「まだ寝ていていいのよ。夜だから」


 リュゼの髪を撫でてあげる。ふふふ、と彼女は笑った。


「お姉様もお眠りください。夜更かしは美容の敵ですよ?」

「ありがとう」


 私は枕に顔をうずめた。リュゼが私の頭を撫でた。


「考え事ですか、お姉様?」

「ううん……」

「本当は殿方とご一緒したいのではありません?」

「アッシュのこと?」

「ええ、とても仲がよろしいのではありませんか」


 リュゼはクスリと笑った。


 そう、休みになれば色々な生徒たちとお出かけしたりした。特に多かったのがアッシュとリュゼだけれど。


 そのおかげか、リュゼの中では私とアッシュが正式に付き合っていることになっている。


「王子の婚約者なのに酷いでしょ、私」

「いいえ。先に他の異性に構いだしたのは王子のほうが先ですから」


 リュゼは私に体を寄せた。そのフリル付きの寝間着、とても可愛いわ。


「で、どうなのですか、お姉様? アッシュ様はとても真面目な方ですけど……寂しくはございませんか?」


 卒業するまでは、ベッドでの肉体的なお付き合いはなし、ですって。


 お堅いのよね、彼。ハグと軽いキスまではオーケーらしい。なお、人のいないところでは頻繁に接触していたりする。甘えんぼさん。


 まあ、王子が正式に聖女メアリーと婚約するまでは、一応、私は王子の女ということがあるから、控えているんでしょうけど。


 危ない橋は渡らない主義かもしれない。実際、事が露見して世間的にダメージが大きいのは私のほうだから自重しているのだろう。


 でも、私がこの先やることを思えば、お互い体は清いままでいい。だって彼とは親しいけれど、聖女ハッピーエンドとなれば私は追放される。それでこの恋もおしまいだ。未来ある彼まで道連れにするつもりはないわ。


 一時のお遊び。若き日の思い出。……ああ、悪い女だわ、私は。


「あなたがいるから寂しくないわ」

「まあ、お姉様ったら!」


 リュゼが私に抱きついてきた。無邪気にハグしてくれるこの娘を見ていると、本当に妹のよう。……年齢は同じはずなのだれど、ループしている分、精神的にも私のほうがお姉さんなのよね。


 ただ、この娘、ゲームだと婚約者をとった聖女への恨みを重ねて、暗殺計画を練っているの。


 その暗殺方法というのが、外で雇った殺し屋に聖女を狙わせるというもの。リュゼ自身は手を汚さず、まさしく人任せな方法だった。


 たしか、卒業間近の学校での舞踏会あたりで雇った殺し屋が捕縛され、そこでの断罪イベントで、暗殺事件の首謀者と発覚して逮捕される、という流れだった。


 実際に殺し屋を雇う手引きをしたのはリュゼの実家だから、この事件でリュゼのみならず一家もろとも逮捕、処罰を受けるというざまあ案件であった。


 ……マークス家の両親や弟に迷惑をかけるつもりはないから、私は殺し屋を雇ったりはしないけれどね。


 となれば、どうするか? 私自身で『やる』のである。


 闇夜の魔女として、殺し屋の真似事ならば容易くやれる。ただ、魔女は義賊ということになっているので、実行するなら別の衣装が必要となる。


 ……えーと、前回はどんな格好でやっかしら。ループとはいえ、毎回やっていることとそうでないことがあるから、時々忘れていることがあるのよねぇ。



  ・  ・  ・



 二日後の放課後。寮への通路へ歩くメアリーは、今日も現れたヴァイス王子に手を振って応えた。


 その時、彼女の足元に魔法陣の光が走った。


「!? リフレクト!」


 とっさに反射の魔法を使うメアリー。すると飛んできた電撃弾が魔法によって反射。校舎屋上にいた私のもとへ返ってきた。


「メアリー!」


 急いで駆けつけるヴァイス王子とその護衛。彼の青い瞳が反射された先である校舎屋上――そこにいる襲撃犯を見た。


 漆黒のフードを被り、顔は見えない。……でも前回も思ったけど、これ目が合ったようで、滅茶苦茶ドキリとするのよね。


 襲撃犯である私は、さっと死角へ下がると屋上から校舎へと入る。誰もいない。フード付きマントをとって、魔法で異空間収納にさっさと放り込む。


 私は素知らぬ顔で教室に戻る。


 リュゼが待っていた。他にも何人か教室にいて、帰る支度をしたり、友人と駄弁っている。


「お手洗いはよろしいですの、お姉様?」

「ええ、待たせたわね。帰りましょう」


 私たちは連れ立って教室を後にする。遠くから激しく駆けてくるブーツの音と金属甲冑のこすれる音がした。


「何か騒がしいですわね……?」

「何かあったのかしらね」


 私はすっとぼける。やがて階段を駆け上ってきた近衛騎士たちが見えてきて、私たちは邪魔をしないように道を開けた。


「何があったんでしょうか?」


 騎士たちを見送り、リュゼは言った。私は口元にうっすらと笑みを浮かべた。


「さあ、何かしらね」

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