第37話、舞踏会と告白イベント


 乙女ゲーム『赤毛の聖女』の進行具合を見ても、いよいよフィナーレが近づいてきている。


 卒業前の舞踏会。


 在校生参加のダンスパーティー。生徒たちは精一杯のおめかしをして、パーティーを楽しむ。


 もっとも、メインとなるのはやはり貴族生であり、平民生は貴族生のお誘いがなければ参加しない。


 できない、のではなくしないのだ。服装に関しては、どうしても貴族生には勝てないし、その貴族生から『場違い』と嫌味を言われるイベントなど、好き好んで参加する平民生もいないだろう。


 ただ、やはり例外はあって、貴族生から誘われるような場合は平民生であっても周囲の風当たりはさほどなかったりする。嫌味を言えば誘った貴族生の顔に泥を塗るようなものであり、下手すればお家間での抗争となる場合もあるからだ。


 ……まして、王子殿下がお誘いした聖女に悪態などつけるものですか。


 私は扇で口元を隠しながらニヤリとする。


 ケーニライヒ王都学校のダンスフロア。一般的には多目的ホールということになっているのだけれど、ここが舞踏会の舞台だ。


 卒業を控えた最上級生たちのために楽団が呼ばれ、彼らが奏でる柔らかな調べは、耳に心地よい。……そうそう、これゲームのBGMで聴いたわ。


 立食スペースでは、料理のほか、我がマークス家提供のお菓子も並んでいる。


 未来を夢見る者もいれば、堅実でつまらない家の仕事を継がねばならず憂鬱そうにしている者もいる。


 残りわずかな学校生活最後のパーティー……は、卒業パーティーがまだ残っているけれど、ここにいる友人や恋人と一緒に騒げる機会はそうないだろう。


 学校で知り合った異性の友人と、大義名分もなく気軽に会える日々の終焉。その前に思い出作りと、カップルが多くなるのもこのイベントだ。


 何せ『告白イベント』ですものね。


「にも関わらず――」


 私の横で、リュゼが同じく扇を口元に広げた。


「お姉様にかしづく男がいないというのはどういうことでしょう?」

「それを言ったら、あなたも似たようなものでしょう?」


 似たような、と言われてリュゼの表情が緩んだが、すぐに真面目ぶった。


「わたくしのことはよいのです。でもお姉様の魅力がわからぬ男どもなど……」

「一応、王子様の婚約者だもの。本人がいる前で誘えないわ」


 皮肉っぽくなるのは仕方ない。だってその王子様は、聖女の手を握って談笑中。平民生だけれど、聖女様でもあるメアリーは当然、このパーティーに誘われている。


 というより参加してと頼まれる口だ。まあ、学校側からお願いされなくても、ヴァイス王子が誘ったでしょうけどね。


 ヒソヒソと周囲がざわついている。遠巻きに私を見ている生徒たちが何かしら話している。陰口の類いなのは、大体見当がつく。


 婚約していながら、舞踏会でお誘いされなかったらしい――


 王子様は聖女様にゾッコンなのだ――


 噂好きの連中が想像の翼を広げて話を勝手に作り上げていく。間違いはないのだけれど、尾びれがつきまくっているのが何ともね……。


 悪いほうの印象は簡単につく。あることないことを囁かれるのは、正直面白くないことだけれどね。


 ま、婚約者を捕られた惨めな侯爵令嬢、という評判は、これから起こることを考えればむしろ好都合なのだけれど。


 舞踏会は進行する。男性から女性にお誘いがあって初めて踊れるのだが、意中の異性以外にも友人を誘ってのダンスもオーケー。


 だから、様々な組み合わせが生まれ、友情に感謝、卒業後も縁があったらよろしく、思い出作りに、というペアもそこかしろで生まれた。


 ヴァイスは聖女以外にも貴族娘と踊っていた。ただし、私への誘いはなし。婚約者としての立場がないが、私としてはこの展開は期待通り。


 このまま誰とも踊ることのない屈辱的なイベントになるかと思ったら、騎士科のレヒトが一曲誘ってくれた。


 あくまで友人枠だ。彼との好感度調整は進んでいるので、間違っても告白されることはない。……でもできれば、できれば『ぼっち』でありたかったのだけれど。私の友人と見られると、この後が辛くなるから――


 ヴァイス王子が二度目のメアリーとのダンスをやっている。もうダンスもラストで、私は完全に王子から袖にされているのが、誰の目からも明らかとなった。


「来ませんでしたわね、アッシュ様」


 リュゼが不満そうに言った。私は頷いた。


「彼は仕事なんでしょう」


 ゲームでも、このイベントでアッシュが登場したことがない。聖女の命を狙う者がいるから警備の方に回っているのだ。在校生なのにかわいそうなことだ。……偽装とはいえ、私がやらかしたことが関係しているんですけどね。


 王子から信頼されているからこそ頼まれているが、本当ならこの舞踏会にも出たかったんじゃないかしら。私も彼とは一曲踊りたかったわ。……もちろん、誘ってくれれば、だけど。


 でもこれからのことを考えると、いなくてよかったのかもしれない。


『わぁぁー!!』


 場が騒然となった。見れば、ヴァイス王子がメアリーの前で片膝をついていた。相手の手を握り、見上げるその横顔。


 始まった! 告白イベント! 王子が聖女に自身の愛を告げるイベントだ!


 同時に――


 私は表情を引き締めた。


 始まる。断罪イベントが。


「もうあなたしか見えない。どうか、俺の愛を受け取ってほしい!」


 生真面目王子様が、一生懸命考えたであろう告白に、メアリーは赤面し感激に打ち振るえている。理想のイケメン王子様に、画面ごしではなく『直接告白される』ことの衝撃はすさまじい。


 私もかつて、それをやられて脳が沸騰し顔がこれ以上ないほど真っ赤になってしまった記憶がある。


 異世界転生して初めての告白だろうから、メアリーが感涙してしまうのも無理もない。


「わ、わたしで、よろしいのですか……?」

「あなた以外にいない。初めて会ったその日から……運命を感じた」


 王子の言葉に、メアリーは涙を流した。


「メアリー、答えてほしい。俺と――」

「ええ、ええ。ヴァイス様。……わたしでよければ」


 ゲームならテキストが用意されているが、実際にやっているほうでは、自分で考えて答えないといけない。


 メアリーはヴァイスの愛を受け入れた。そうなるように半年間頑張ってきたのだ。私がお膳立てをしてきたとはいえ、メアリー自身も努力してきたのを私は知っている。


 結局は自分のことなのだからね。


 めでたし、めでたし……なのだけれど、メアリー。あなた、私のことを言うのを忘れたわね? ヴァイス様はアイリス様と婚約されていますが――とか何とか。


 これでは断罪イベントが始まらない。王子の口から私を非難してもらわないと、私への同情が発生してしまうではないか!


 婚約者なのに捨てられて、アイリス様かわいそう、では困るのよ。


 私が! 悪役令嬢だと認知されなければ!


「ちょっと待ちなさい!」


 本当は嫌だけれど、私から介入するしかないっ! 見苦しく、足掻かないとね!

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