第3話、開幕からバッドエンドイベント


 ケーニライヒ王都学校は、才能を見込まれた若者たちを育てる学校だ。


 騎士だったり、魔法使いだったり、随分とファンタジーな世界ではあるのだけれど、この才能という部分が実に広くて、それが時に問題にもなる。


 典型的なのは、貴族のお子ちゃまと平民出の者たちの対立。要するに差別だ。


「わかるか? オレ様は男爵家の長男なんだ! お前たちグズの平民と、同じ空気を吸うというだけで吐き気がするんだ!」


 若いのに小太りな男子新入生君が、質素な身なりな新入生女子に吠えている。


 入学式はつつがなく終了。学校敷地内、校舎から領へと向かう広場の一角で、それは起きている。


 この不愉快なイベントも、ループで何十回も見ているのだけれど、回避不能なヒロインに対して、私の場合は積極的に関わらないと、関係ないまま終わってしまったりする。


 正直、不快だから関わりたいとは思わないけどね……。


「ほら、ひざまずけ! 田舎娘! オレ様の視界を汚した罪だ! 土下座しろ!」


 などとほざいているのは、ペルダン君16歳。のちに平民生徒に暴行を働く、ふざけた野郎だ。覚えたくもないが、覚えてしまったわ。


 小太りな以外は平々凡々。モブ程度のスタイルだ。そんなモブ寄りな貴族生の前には、茶色髪をお下げにした気弱そうな女子生徒。


 周囲に人が集まり、無言の重圧がかかるなか、そのお下げ女子は地べたに手をつこうとして――


「駄目よ! 謝る必要はないわ!」


 きりっとした声が響いた。


 はい、登場。我らがヒロイン、メアリー・ロウウィン!


 赤毛の少女が、つかつかと二人の間へと歩み寄る。


「聞いていれば、言い掛かりも甚だしいですよ! 貴族の子息といえど、この学校内では無闇に身分をひけらかして、強制してはいけないって校則があるんですよ!」

「あ? 平民が、貴族様に意見するだと!?」


 ペルダンは青筋立てて、メアリーを睨んだ。


「お前、万死に値するぞ! そこに膝をつけ!」


 今度はメアリーに食ってかかるペルダン。そもそも、こいつは貴族の理不尽さを象徴するキャラクターだった。


 私は遠巻きに次の行動に注目する。『赤毛の聖女』のプレイヤーならば、ここでの行動はわかっているはずだ。


 普通は攻略対象だったり王子様が駆けつけて――というイベントっぽいのだが、そんなことはない。


 乙女ゲームでありながら、開幕バッドエンドもあり得るシーンがここである。


 ここの正解は、メアリーが、ペルダンに屈せず立ち向かう、だ。


 仮に貴族の権威に負けて、土下座しようものなら、彼女は以後、玩具にされバッドエンド。攻略対象のひとりとも会うことなく終戦である。


 私自身、乙女ゲームは嗜み程度だったけど、こんなハードなイベントぶっ込むゲーム会社には小一時間問い詰めたいところである。


 さて、ここはゲームではないが、同じような展開が進む。さあ、メアリー。今回のあなたが何者か、見せてちょうだい!


「膝はつきません!」


 メアリーは宣言した。……イエス!


「あなたの発言には、何の正当性もありません!」

「な・ん・だ・と……っ!?」

「先ほどから、彼女やわたしの他にも平民出の生徒があなたの視界を通っていますが、何故、お止めにならないのですか?」


 メアリーは堂々を意見した。


「あなたの発言が正しいのであれば、あなたは今すぐその全てを止めなくてはいけません。でもそれをなさらないし、他の貴族生の方はそうはされません。何故か? それはあなたを正しいと誰も思っていないからです!」

「お前っ!」


 ペルダン君、顔真っ赤。


「ふざけやがって、オレ様を愚弄した罪、後悔させてやる!」

「あー、暴力ですか? それをやったら捕まるのは、あなたのほうですけど。入学早々にお家に恥をかかせるつもりですか?」


 この娘、煽りおる……。私は苦笑する。ただ、周囲の野次馬の貴族生たちからは剣呑な空気が漂い出す。


 生意気な平民新入生、とでも思っているのでしょうね。


「暴力? オレ様がそんな野蛮なことをするか!」


 ダウト。こいつは糞野郎よ!


「決闘だ! 勝負は魔法!」


 勝手にそう宣言して、ペルダンはどこからか手袋を出して、メアリーに投げつけた。避ける間もなく当たってしまうメアリー。


「決闘? なにをいきなり――」

「くらえ! エアブラスト!」


 風の衝撃波。学校内での私闘は原則禁止なのだが、貴族の『決闘』に関しては何故か許されるのよね。貴族特権、理不尽の極み。


「リフレクト!」


 メアリーも魔法を使った。ペルダンの、ほとんど回避の時間すら与えない衝撃波が跳ね返った。


 吹っ飛んだのは、ペルダンである。……まあ、『赤毛の聖女』をプレイしたことがあれば、何がくるかわかっているし対応もできるだろう。


 ただ、繰り返すがゲームをなぞっていても、完全にゲームではない。メアリーにしたところで、ちゃんと魔法を使えるか、防御に間に合うかは、彼女自身のこれまでの経験や訓練次第であり、わかっていたとしても、実際に体が動くかは別だったりする。


「は、反射魔法、だと……!?」


 ぶざまにすっころんだペルダンが驚いている。メアリーはビシリと指さした。


「まだ、やりますか? あなたの魔法ではわたしには届きませんよ!」

「くっ、くそっ! 平民の癖に、魔法が使えるだと!?」

「ここは才能次第で入学できるケーニライヒ王都学校です。魔法の有無に平民も貴族もありません!」


 ……はい。その通りでございます。けれど、魔法を優越と考える貴族生徒たちには、その発言は激しい反発を呼ぶのよ、メアリー。


 ペルダンだけではなく、野次馬だった生徒の中にも、メアリーに敵視にも似た視線を向ける者が現れる。


 そう、このイベントは、開幕バッドエンドもかかっているけど、うまく乗り越えても、貴族生徒のヘイトを稼いでしまうのよね……。


 まあ、それは他の攻略対象者と関わるイベントにも繋がるから悪いことばかりではないのだけど。


 ただゲームの通りにいくとは限らないというのは、先にも言った通りだ。だから――


「魔法の有無に平民も貴族もない……。本当にそうかしら?」


 私は場へと歩み寄る。堂々と、見る者を圧倒する侯爵令嬢の空気をまとって。……というと大げさだけど、本当に周囲が道を開けるのだからプレッシャーはあるのだろう。


 野次馬たちは左右へと下がって、私に道を作る。


 メアリーは私を見て、目を丸くしている。それはそうね、だってあなた――プレイヤーは私の顔を知らないのだから。そして確信した。この子は、前回ループの子ではない、と。


「解除、リフレクト」

「……え?」


 私は、メアリーの反射魔法を解除させると、その腹部に衝撃波の魔法を見舞う。


 お腹を押さえて、くの字に折れるメアリー。驚きと痛みを顔に貼り付けて、彼女は膝をつく。


「平民は、ここで無闇に魔法を使ってはいけないというルールすら知らないのかしら?」


 うずくまるメアリーのそばまで私は歩く。騒動を起こしたのはペルダンなのだが、私はそれに触れない。貴族生贔屓に見えるのだろうか、平民生徒たちの表情が歪んだ。


 別にそんなつもりはなく、本当にペルダンが不快だから無視しているだけである。


「よろしい。無学なあなたを私が躾けてあげるわ。喜びなさい、あなたは今から、私の下僕よ」


 私はメアリーと、周囲に向かって宣言した。


「これは私の所有物なのだから、手を出したら駄目よ? いいわね?」

「はい、アイリス様」


 私を知る貴族生たちが頭を下げた。


 ……どうかしら? 悪役令嬢らしく見えたかしらね。

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