【2-3】
それから伸吾と真弥は毎日一緒に帰るようになった。
いつもの空き地で、美弥が迎えに来るまで二人でおしゃべりをして過ごすのが楽しい。
彼は、真弥のことを次々に発見していた。
彼女は話し相手がなく静かだっただけで、実際には寂しくて仕方なかったのだと。
それが男の子であっても関係ない。話ができる友達が出来たおかげで、学校が今までよりも少しだけ楽しい場所になっていると聞いた。
「そっか、明日からしばらく会えないんだね」
修学旅行を翌日に控え、真弥は寂しそうに保健室からの帰り道を歩いていた。
「会えないって、2日だけだぜ?」
「でも、その間わたし一人で保健室にいるんだもん」
明日からの2日間、他の子たちは修学旅行。真弥はその間保健室で自習という話になっている。ただ、これは小学校低学年のころから何度も経験していることだ。
友達のいなかった頃は、これまでなら別にどうと言うことはなかった。でも、今は違う……。
「葉月も行ければいいのに」
「仕方ないよ。その分お話たくさんしてね」
美弥が迎えに来るまでにはまだ時間があったので、二人は商店街で伸吾のお菓子を買って過ごした。
「葉月、元気になったら旅行に行こう」
「本当? 約束してくれる?」
「うん、約束」
彼はもちろんと首を縦に振る。
「楽しみにしてる。明日は学校には集まるの?」
「うん。だけどずっと早い時間だよ」
「見送りしたいけど、早いんだね……。じゃあ、帰ってくるの待ってる」
並んで広場に戻ると、美弥が迎えに来ているのが見える。
「それじゃ、気を付けて行ってきてね……」
「うん、じゃあな」
手を振って、姉の方に小走りで向かう真弥を、彼はいつものように見送っていた。
二日後、真弥は1階の保健室からぼんやりと外を眺めていた。一応自習となっているとは言え、プリント以外に養護の先生が課題を出すわけでもないから、保健室のお手伝いをするのがいつものこと。
「何時頃帰ってくるのかなぁ…」
各クラスの欠席者人数を調べるために、静まり返った授業中の廊下を先生と歩きながら、真弥は外を見上げていた。
昨日も今日も空は晴れ。絶好の旅行日和だ。
「先生、教室に行ってきてもいいですか?」
「いいけど、鍵閉まってるんじゃない?」
「ちゃんと鍵を借りてます」
「他の授業の迷惑にならないようにね」
真弥は先生と別れ、誰もいない6年生の教室が並ぶ4階へと階段を上る。
しんと静まり返った廊下に、彼女の足音だけが響く。
真弥は教室の前に立ち、スカートのポケットから教室の鍵を取りだした。
修学旅行中なので、教室には鍵がかけられている。担任の先生は真弥が学校に残ることから、職員室で彼女が借りられるよう手配してくれていた。
当然、中には誰もいない。教室は南向きだし、日除けのカーテンも閉めていないから、窓が締め切られた教室の中は、暑いくらいだ。
窓際の自分の席に座り、窓を開けて風を入れる。校庭では体育の授業をしているらしく、下級生の声が聞こえてきていた。
「ふぅ」
誰もいない教室を見回してため息を付く。そして、ある机の所で目を止めた。
「早く帰ってきて……」
普段はできない、慎吾の席にそっと座ってみる。
「そっか、旅行帰ってきたら席替えだって言ってたよね。隣になれるといいけどな…」
いつも一人の真弥は、どこの席になっても同じ。でも、少なくとも自分に好意を持ってくれているなら、隣からいじめられることもないだろう……。
明日から、またこの教室での生活を考えると、また気が重くなってくる。
教室の戸締りをして、廊下をあてもなく歩く。他の学年の廊下に来ると、授業中の声が聞こえる。図書館は使用中だったので、仕方なく保健室に戻ることにした。
「真弥ちゃん、元気ないわね?」
保健室に帰ってきて、空いているベットに腰をかけながら、ぼんやり外を見ている真弥に、先生から声がかかる。
「え? そんなことないですよ」
ふと我に返り言葉を返すけれど、そう見えても仕方ないと思った。
「最近ぼんやりすることが多くて……。疲れやすいみたいです」
「そう、それならいいんだけど」
「ちょっと外に出てます」
真弥は、保健室から外に出られるドアを開けた。昇降口まで行かなくてもいいように、校内散歩の帰りに自分の靴を持ってきてあったから、そのまま履き替えて校庭のベンチに腰掛けた。
もう季節は初夏。この前までは校庭の桜の木の葉も淡い色をしていたけれど、すっかり濃い緑に変わった。陽射しもこれから強くなってくる。
真夏は一番辛い時期だけど、まだ今の頃なら大丈夫。
「もう帰りのバスには乗ってるのかなぁ」
振り返って校舎の時計を見ると4時間目の授業中だ。出発は昼過ぎだと聞かされていたからまだ昼食の時間だと聞きたくもなかった学級会の話が思い出された。
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