【2-5】




 真弥はふと目を覚ました。もう周りは暗くなっていて、いつの間にか布団の中に寝かされている。


「お姉ちゃん……」


 もちろん真弥の支度をしてくれたのは他ならぬ姉ということに間違いはなさそうだ。


 まだ手術をする前のこと。夜中に発作を起こしたときにも、美弥はいつも冷静に手を握り、背中をさすりながら救急車を呼んでくれた。


 隣の布団ではそんな美弥が静かな寝息を立てている。彼女の枕元にあるスマートフォンは遊びのために置いてあるのではない。


 そう、かつては妹の命を守るために必要だったから。その習慣が抜けていないだけのことなのだと。


 そっと布団を抜け、ダイニングに行くと、シンク上の蛍光灯だけが消されずにあって、テーブルの上には彼女の食事が用意してあった。


「真弥、電気付けたら? びしょ濡れで帰ってきたんだってね?」


「ママ……、明日もお仕事で早いんでしょう?」


「真弥一人で真っ暗ななかで食事なんて、余計に寂しいでしょ?」


「ごめんなさい」


 母親は無言で、ゆっくり箸をすすめる娘を見ていた。


「真弥……」


「え、なに?」


「いいえ、何でもないわ」


 お茶を入れて再び娘の正面に座ると、自分がこの子に何をしてあげられたのか自問自答が止まらなくなる。


 真弥の食事に付き添うなど、ずいぶん長い事していない。もう体は心配いらないというところまできているのに、寂しそうにしている娘の姿があまりにも小さく見えた。


 普段は美弥と真弥の二人だけで食事を済ませ、先に眠る生活を強いてしまっている。


 あまりにも美弥に頼りすぎていて、自分が生んだ姉妹なのに、彼女たちの悩みにすら寄り添えていない。


「ママ、大変だからもう寝てていいよ。一人で大丈夫だから」


「でも…」


「ママにもパパにも、迷惑かけたのわたしだもん。もう心配ないから」


 そうは言いながらも、真弥の顔には何かをじっと耐えるような様子が見えた。


「分かったわ。じゃ、お風呂で暖まって寝なさい。風邪引かないように気をつけてね」


「うん、おやすみなさい」


 一人服を脱ぎ、シャワーで体や髪の毛もすべて洗い流し、バスタブに体を沈めた。


「小学校の頃の夢かぁ……。よく覚えてたな……」


 独り言を呟きながら、そっと目からは熱い物がこぼれてきた。


「ダメだよ。次に会うまでは泣かないって決めたのに……」


 言葉とは裏腹に、気持ちは一気に崩れていってしまった。


「あんなに優しかったの、伸吾くんだけだった……。あいたい……」


 家の中は静まりかえっていたから、普段ならこの小さな呟きは聞こえるものではなかった。


 夕食のために部屋を出たとき、真弥は部屋の扉を開けたままにしていたから、浴室の小さな声は目を覚ましていた美弥の耳に届いていた。


 そのことがこの二人に待ち受ける運命の引き金になろうとは、誰も想像することもなかった。

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