【2-6】
修学旅行の翌日、真弥はいつものように一人で学校までの道を歩いていた。
「葉月、おはよう」
「あ、ごめんなさい。昨日、お迎え出来なくて……」
真弥は顔を伏せた。出迎えるのは真弥からした約束だったのに、それを自分から破ってしまったのだから……。
「昨日、先生からちゃんと聞いたよ。気にするなって」
「でも……」
「今日、席替えだよな? どうやって決めるのかな」
真弥が気にしていたことから話題を変えてくれて、ようやく顔を上げることが出来た。
「どう決めたって、わたし変わらないもん。いつも一人なんだから…」
伸吾が知る真弥ではなくて、いつもの学校の顔に戻ってしまった真弥。
二人は無言のまま学校に着いてしまった。
クラスの中は修学旅行と席替えの話でで持ちきり。どちらの話にも加わることがない真弥はいつものように一人窓際の席でじっと時間が過ぎるのを待っているだけだった。
その日の学級会の時間、席替えはペアを作ることから始まったけれど、そこで騒ぎは起きた。
一言で言うと、伸吾はクラスの中でも人気が高い。特に女の子にとっては誰が隣になるかで、火花の散らし合いになる。当然ペア作りの時は、わっと押し寄せたはず。その輪の中には真弥はいなかった。
伸吾はそんな囲んだ子には目もくれず、
「葉月、おまえが来い」と言ったから、周りは唖然としてしまった。
「え? わたし?」
呼ばれた真弥の方も、いつも自分の席が決まるのは最後だったから、その時もぼんやり外を見ていた。
それが真っ先に呼ばれたものだから、きょとんとしてしまう。
「こんなわたし選んで、あとで大変だよ」
「大丈夫だって。葉月だって他の奴の所よりかはマシだろ?」
「ありがとね……」
これから次の席替えの時期まで、嫌がらせを受けることはないだろう。
ところが、先生がいなくなったとたん、彼女の周りには女子の集団が押し寄せた。
「あんた、どういうこと?」
「なんで葉月みたいのがいいところ持ってくの?」
これは伸吾が始まりであって、真弥は本当に何も知らされていないことだったから、口々に問いつめられても、真弥には何も言う事が出来なかった。
「わたし、なにもしてない。知らない……」
「お嬢さんぶってんじゃないよ。ろくに動けもしないくせに」
「どうせ長くないんでしょ?」
顔を伏せる。そうだ、自分はいつ消えてもおかしくない存在なのだと。
「死に損ないが大きな顔しないでよね」
「誰だ! 葉月のことを死に損ないなんて言った奴は!」
突然、ドアの開く音と一緒に、伸吾の大きな怒鳴り声が教室中に響いた。
そして真弥を取り囲んだ女子をかき分け、鬼の形相で睨みつける。
「いいか、葉月はなにも悪くない。俺が選んだだけだ。文句あっか?」
「なんで、こんな子選ぶの? なにもいいところないじゃん」
「いいとこなんて探そうともしてないじゃんか。勝手なこと言うな」
「……いいの。本当のこと……」
「葉月は黙ってろ。いいか、これ以上葉月の悪口を言う奴は俺が許さない。分かったな! 分かったらすぐにこいつから離れろ」
いくら大人数を相手にするとは言っても、男子と女子では違いすぎる。伸吾の剣幕にクラス中がなにも言えなくなって、その場は収まった。
「大丈夫か葉月?」
「なんであんな事言ったの?」
「違うか? ま、もう帰ろうぜ」
「いいの?」
伸吾は、まだ少し青ざめている真弥を教室から押し出すと、彼女の荷物を持って歩き出した。
「葉月さぁ……、あんな事言われてなにも思わないのか?」
「だって、わたしにいい所ある? 何も無いよわたし…。きっと長くないのも本当だし」
「葉月、生きてろよ。そして手術受けろよ。そしたら元気になれるんだろ?」
立ち止まって、何も言えなくなった。涙がぽたぽたと足下に落ちていく。
「こんなわたし、生きていていいの……?」
「当たり前じゃんか。このまま黙ってるつもりなのか?」
「こんなに優しい言葉、初めて……」
いつもの場所に来ると、美弥は目を赤くした妹をみて、何があったのかを尋ねてきた。
「そう。そんなこと言ってくれる友達は、今まで誰もいなかったから……。ありがとう」
何も悪いことはしていない。それなのに、葉月真弥にはそれを認めてくれる味方すらいない。
伸吾の中にこれまでにない彼女に対する気持ちが生まれてきたのも自然な流れかもしれなかった。
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