【3-2】




 伸吾が目を覚ましたというニュースは、あの日の葉月家でも大きな話題になった。


「真弥、頑張ったもんね。伸吾くんもこれから少しずつリハビリでしょうから、力になってあげるのよ?」


 次の休日には伸吾の両親が訪ねてきて、真弥の献身的な想いが息子の目を覚ましたとお礼を伝えてきた。


 まだ車椅子の生活が続いていて、これから事故の後遺症などを検査しながら、再び立てるかなどを見極めていくという。


「真弥さんが学校に行っている時間、伸吾も本を読んでいます。院内教室に通うとも言い出しました。少しでも早く言葉を思い出して昔のように話しがしたいと言ってますから」


 真弥は伸吾に、この先の生活が車椅子でも構わないと伝えていた。


「小学校のときは、伸吾くんがわたしを何度も助けてくれました。その恩をこれから返していきたいと思います」




 あの日以来、美弥からは妹の人が変わったようにみえている。


 これが、本来の真弥の姿なのだと。


「あーあ、真弥に一気に先を越されたぁ」


 これまでは葉月姉妹には特定の相手はいないというのが学校内での定説だったし、先に相手ができるのは恐らく美弥だろう。ただし、妹を差し置いて美弥が先に相手を作るということはないのではないかという意見が一般的だった。


 ところが、いざふたを開けてみれば、妹である真弥が小学生の頃からの初恋を奇跡的に叶えたというニュースが飛び込んできたのだから、今度は美弥に注目が集まるのは自然のこと。


「お姉ちゃんも、教室でモップを振り回したりしなければ大丈夫だよ。お姉ちゃんのこと見たり聞いてくる先輩たくさん知ってるもん」


「あのねぇ……。真弥はちゃんと一人を信じ続けたんだもん。敵わないよ」


 それが美弥の本音だ。自分には妹のような真似はきっとできない。


 それよりも前に、ふだんの生活を送ってもよいという診断をもらった真弥とは、姉妹でこれまで我慢し続けたことをひとつひとつ叶えていこうと話している。


 行くことができなかった遠足や修学旅行もその中のひとつだ。


 姉妹がお互いに満足するまでは、これからも真弥だけでなくその相手である伸吾のことも支え続ける。いつか自分の元を飛び立っていくのを見届けるのが役目だと。


 それが幼い頃『プレゼントは妹がほしい』と両親にねだった美弥の決意でもあったから。





 春休みで学校の授業がなくなると、真弥は毎日のように病院に通うようになった。


「おはようございます」


「葉月……、毎日無理しなくてもいいんだぜ?」


「ダメ、わたしがいなくちゃ伸吾くんリハビリの時間サボっちゃちゃうから」


「いつの間にそんな鬼軍曹になったんだよ」


 朝から交わされる中学生カップルの会話に、同じ病室の患者たちからも笑いが漏れる。


 学校帰りには制服姿で現れる彼女だから、笹岡学園中等部の生徒というプロフィールは自然に知れ渡っている。


「大丈夫だよ真弥ちゃん。来られないって分かっているときには、そりゃもう借りてきた猫みたいにおとなしいんだから」


「伸吾くん、いつからこんないい子見つけていたんだい? そりゃ戻ってくるよなぁ」


「ちょっと、それ、本人にバラしますか……?」


 伸吾の言葉はほぼ元の状態を取り戻していた。でも足の方がまだおぼつかない。


 動いていなかったせいなのか、事故の後遺症なのか、松葉杖を使わないと自分では立ち上がれない。それもまだ慣れていないから、病院での移動は車椅子がほとんどだ。


 そんな状況を知った真弥だから、リハビリの時間前には病室に着いて、作業療法士の手伝いをしながら過ごしている。


「葉月……、いつも悪いな……」


「ううん、わたしが好きでやっていることだよ。伸吾くんが気にすることじゃないから。逆に邪魔だったら遠慮なく言ってね」


「邪魔だなんて……、そんなこと一生言えないや」


 リハビリだけでなく食事などの時間を一緒に過ごし、1日を終えて帰宅する真弥のことを伸吾は「これもリハビリだ」と病院の玄関まで送ってくれるようになっていた。

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