【2-9】




 窓際に通された真弥は、そこで立ち尽くすことしかできなかった。


「いつから……」


「そうね、昨年の夏。そう、真弥さんの手術の直前の話だったかしら」


 二人に椅子に腰掛けるよう差し出してくれる。


「もう、手術を受けられたと仰っていたわね」


「はい。今は月に一度の経過観察になっています」


「だって、伸吾。よかったわね。真弥さんが伸吾の顔が見たいって来てくれたのよ。もう元気になったって。伸吾も見習わなくちゃね」


 ベッドの中で反応がない寝姿に声をかけている。


 そのあと、ゆっくりと話を始めた。


 真弥が手術を受ける直前。彼は交通事故に遭っていたという。


 入院の直後には意識もあったそうだ。


「わたしの手術のことは……」


「小学校の先生からお伝えいただいてね。無事にすんだことも伸吾は知っているはずよ。『よく頑張った』って、自分のことのように喜んでいたのだから」


 ただ、その後に少しずつ反応が薄くなり、今では目を覚まさない状態が半年以上続いているのだと。


 主治医の見解では、いつ目を覚ますかは分からない。明日かもしれないし、このままずっとかもしれない。


「あの……、手を握ってもいいですか?」


「もちろん。伸吾も喜んでくれると思うわ」


 伸吾の母親が布団をめくって、手を出してくれる。


 その手を握るために、真弥は椅子から降りて床に膝立ちになった。


「ずっと待たせちゃってごめんなさい。わたし……、戻ってきたよ。もう心配もしなくて大丈夫だって……。それなのに、こんなことって……。伸吾くんがわたしに力をくれたんだよね……」


 涙が次々にこぼれ落ちてくる。


「約束したよね? 元気になったら一緒に旅行しようって。わたし、まだ初めてのデートもしたことない。ずっと待ってる。だからお願い……。また、わたしのこと呼んで……。お願い……」


 突然の悲痛な声に、同じ病室の患者さんたちも何事かと目を向けてくるけれど、真弥はそんなものを気にすることはなかった。


「ごめんなさい。取り乱してしまいました……」


「いいのよ。それが真弥さんの気持ちなのだから。伸吾も聞こえていると思う」


「あの……、これからお見舞いに来てもいいですか?」


 真っ赤な目で許しを伺う。伸吾の交通事故は真弥に起因するものではないとみんな分かっている。


 それでも、裏にどんな感情があるか分からない。他人の視線やそこに隠れている思いというものを嫌と言うほど経験した彼女だからこそ聞いたのだと思えた。


「もちろん。私たちも毎日来ることはできないから、来てあげて。でも……、真弥さんは大丈夫?」


 きっと同じ質問をされても、他の子ではその意味が理解できないかもしれない。


 話すこともない姿を前にして……、いつまで続くか分からない状況に耐えられるのかと問われているのだと。


「はい。わたしは信じていますから」


 彼女は顔を上げ、伸吾の母親の顔を見ながら答えた。


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