【2-8】




 翌日、半日で学校が終わり、真弥は約束どおりに校門で姉を待った。


「ごめんね、このままでいいから行くよ」


 美弥はまた真剣な顔になって、真弥の手を引いて歩き出した。


「お姉ちゃん、どこに行くの?」


「行けば分かるよ」


「昨日から変だよ? 何があったの?」


 真弥は姉の表情に、寂しそうな表情が出ているのを見逃さなかった。


「すぐに分かるよ。途中でお昼にしちゃおう」


 駅に着いて、普段二人が買い物などに行くのとは反対方向に乗った。電車で揺られて30分ほど。郊外のベッドタウンの駅に二人は降りた。


 彼女たちの地元とは違い、駅前もそれほど開けているわけでもなく、大型スーパーが一つあるだけ。あとはマンション群と、その周りの一戸建てが集落を作っている。


 駅前で簡単な昼食を済ませ、妹の制服をもう一度整え直す。


「行きましょう……」


 美弥は真弥の手を引いて、ゆっくりと歩き出した。


「よく覚えておいた方がいいかも……」


 美弥は呟く。これから起こるであろう光景を考えると、気が重くて仕方なかった。


「ここ……」


 駅から10分くらい。建物の前で美弥は、妹の手を引くのを止めた。


「ここって……病院……?」


 真弥は大学病院の名前が表示されている建物を見上げた。


 何も言わずに自動ドアを開けて入っていった姉を追いかける。


 外来待合室で、美弥は待ち合わせていたらしい一人の女性と挨拶を交わしていた。


「真弥、ご紹介するわ。坂本伸吾くんのお母さまよ」


「はじめまして……。葉月真弥です」


 紹介されるまでもなかった。その女性を見たときから、真弥の中には懐かしいような、不思議な気持ちが流れ込んでいたから。


「あなたが葉月さんね。ほんと、伸吾の言っていたとおりね。あの子が一目惚れしたのもわかる気がするわ」


 「言っていた」。その言葉に敏感に反応してしまう。なぜ過去形なのか……。


 そして、美弥が自分をここまで連れてきてくれた意味。


 それまでバラバラだった情報が少しずつ集まって、ひとつの仮定を導き出しつつある。


 三人はそれ以上の言葉を発することなくエレベーターに乗り込んだ。


 入院経験も豊富な真弥のこと。エレベーターを降りたのは、長期入院の患者さんが多いフロアだと瞬時に感じ取る。


 急変などはないけれど、退院までの見通しがつかないから、見舞いにくる人も少ない静かなフロアだ。


 同時に、ここから無事に退院する人も少ないのだとも。


「妹さんに話はしてあるの?」


「いいえ。私が話で聞かせるようなことではないと思いました」


 美弥の硬い表情とこの病院という場所。それらをあわせてみても、あまり良い情報ではないことは想像ができる。


「そう。それなら、私からお話しするわ」


 立ち止まった場所の病室に掲げられているネームプレートを見て思わず身震いする。


 『坂本伸吾』


 真弥が探し求めていた名前は、こんな所に書かれていたのだから……。

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