【1-7】




 翌日の学校からの帰り、美弥は真弥の定期診察に付き添っていた。


診察時間が終わりに近く、病院の待合室もガランと空いている。


「真弥、ちゃんと自分で言える?」


 昨日の約束があるものだから、美弥は緊張している顔に聞いてみた。


「大丈夫。わたしが言うよ……」


 少し堅い笑顔を返すと、名前を呼ばれた真弥は一人で診察室に入っていった。


「大丈夫かなぁ。泣き出したりしなければいいんだけど……」


 こんな時の美弥はぼんやりと物思いにふけることが多い。定期診察ではそれほど時間がかかることはないから。


 それなのに今日は15分、20分と経っても出てこない。普段から比べれば相当長い。



「どうしたのかな」


 そう思ったとき、診察室から看護師が出てきて、何かあったのかと心配げに見上げる美弥を見つけて寄ってきた。


「葉月…真弥ちゃんのお姉さんよね。中に入ってくれる?」


「はぃ……」


 促されるまま、美弥は立ち上がって診察室に入った。


 医者と真弥が向かい合って座って話している。それも診察用の椅子ではなく、奥のテーブルでだ。


「真弥ちゃんから話は聞きましたよ。決心されたみたいだね」


 真弥の主治医の先生はまだ若い先生だ。それでも心臓外科の世界ではとても有名で、いつも真弥のことも丁寧に診てくれている。


「手術のことだけど、今から簡単な検査をして、明日の午前中には結果が出るから……。どんなに早くても入院は来週からかな。そのあとの精密検査で最終的な日程を決めよう」


 うなずく二人。


「今日は、検査の間に書類を作るから。ご両親と本人の署名を入れて出して下さい。あと、学校へも作るからね。確か学校から健康管理表が出てたと思う」


「どのくらいで退院できるんですか…?」


 真弥はやはり不安が隠せない様子だ。


「たぶん、リハビリを考えなければ、1ヶ月程度かな。もちろん経過を見ながらだけどね。移植手術じゃないからね。傷がふさがって、リハビリをしながら少しずつだね」


「大丈夫? 1ヶ月も?」


「うん。どうせみんな修学旅行の話しかしてないもん。わたし行けないし…」


 修学旅行と言ったとき、真弥が急にしょんぼりとした声になった。彼女は学校の行事にはほとんど参加していない。遠足も、小学校の時の修学旅行も参加を見合わせてきた。


 笹岡学園の中等部は2年生の初夏に修学旅行がスケジュールされている。もともと遠出はできない彼女の体ではリスクが高いと今回も最初から見合わせだ。


 先生もそれは分かったようだ。


「真弥ちゃん、元気になったらどこでも行けるよ。もう少しだから頑張ろう」


「はい」


 さっきの看護師さんと一緒についていく真弥を見送り、美弥は待合室で待たせてもらうことにした。


 10種類くらいの検査が終わった頃には、外はとっく夜空に変わっていて、真弥は受付で書類と薬を受け取ってから待合室で待っている姉に声をかけた。


「もう、ここまで来たら、わたしが頑張ればいいんだよね」


 家までの道をゆっくり歩きながら、真弥が空を見上げる。丸い月が優しく彼女の顔を照らしていた。


「真弥、今日偉かったよ。必ずうまくいくって信じてるから」


 美弥には、昨日からの顔を見ていれば、まだ手術に不安が残っているのは分かる。


 でも、理由はなんであれ、妹が自分から頑張ると言い出した。ここまできたら応援してやるしかない。


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