第2幕 ずっと捜していたよ…
【2-1】
あれから半年が過ぎようとしていた。
「そっか、真弥、今日もなのね」
そこは、住宅街にぽっかりと空いた空き地。美弥も小さい頃、友達と暗くなるまで遊び回った懐かしい場所だ。
冬の重苦しい雲から滴り落ちてくる冷たい雨のなか、子供たちが遊びに来る事もない空き地の真ん中に、淡いピンク色の傘がうずくまっていた。傘が勝手にうずくまるわけはないので、傘を差している人がしゃがんでいるのだけど……。
美弥はその傘に見覚えがあったので、そっと後ろから近づいていった。
「真弥、風邪ひいちゃうよ」
「お姉ちゃん……。お帰り」
傘の下にうずくまっていたのは、予想どおり美弥の妹の真弥だった。中学2年生の妹は、制服のまま濡れた体を小さくしながら姉を見上げた。
「こんなに濡れちゃって…。どのくらい居たの?」
「学校終わってから……」
真弥は小さくつぶやいた。時折、風が強く吹くため、雨が横殴りになる。そうなると傘を差していても、全く無意味になってしまうのに。
「帰りましょう真弥。熱でも出したら、それこそ大変よ」
「うん……」
真弥は小さくうなずいて、ようやく腰を上げた。寒い中で長時間濡れた制服姿だったのだろう、寒そうに体が震えている。
「今日も一人だったの……?」
姉の問いかけに、妹は悲しそうに一回だけうなずいた。
真弥があの空き地に一人で行くようになったのは、最近のことではない。
以前から、あの空き地は子供たちの遊び場として有名だったし、少し離れた場所にある県立公園に行けないとき、真弥はここで過ごすことも多かった。
半年前、心臓の手術を受ける前の真弥の体は、本当に走ることも満足に出来ないほど儚い姿だった。
学校の遠足や修学旅行にも参加することができなかった真弥。そんな状況では友達も少なく、彼女にとっての友人というのは図書館の本たちであったと比喩できるほど。
そんな真弥が、1カ所だけ、一人で行ける場所というのが、この近所にある空き地の遊び場だった。
そんな真弥が中学2年の夏、ずっと悩み続けていた手術を受けた。
夏休みを含めた半年のリハビリももうすぐひと段落を迎える。普通の元気な体を取り戻すと同時に、以前よりも性格の方も少しずつ明るさを取り戻しつつある。
それでも友達の作り方を、その機会を失ってしまった彼女は、いつも一人だった。
そんな真弥が今でも屋外で一番よく行く場所のがあの広場だったから……。
家に帰り着くと両親はまだ仕事から帰ってきていなかった。美弥は、妹が脱いだびしょ濡れの制服を丁寧にタオルで拭き取り、アイロンを当ててからハンガーに掛けておいた。
「寒かったでしょう? 暖かいもの作るからね」
彼女の好物である甘いココアを電子レンジで暖める間、美弥も部屋に戻って自分の荷物を片づける。
二人は幼いころから同じ部屋でずっと過ごしてきていた。だから、お互いの存在が部屋の一部と化しているほど。
ようやく濡れた服から解放されて、下着から全部新しく乾いたものに着替えた真弥は、冷えた体を少しでも温めようと、毛布を抱えて小さく座っていた。
「風邪だけは引かないようにしてね」
「うん……、今日は特に寒かったよ……」
真弥が呟いたとき、キッチンから電子レンジの音が聞こえてきた。
「あ、できた。今持ってくるね」
美弥はすぐに部屋を飛び出し、湯気の立ったカップを二つ持って戻ってきた。
「寒くない?」
「ううん、平気だよ。ありがと」
真弥は熱いカップを両手で受け取って、ようやく落ち着いた顔を見せた。
美弥もその様子を見てから、カーペットの上に座り直す。
「そっか……。結構経つんだよね、真弥があそこに行きだしてから」
「うん」
真弥はうなずいて、少し遠い目つきになる。
「本当に、忘れちゃったのかなぁ……。お姉ちゃんはどう思う?」
「忘れたとは思わないな。なにかきっと私たちには知らされていない理由があるのよ」
「そっか……」
真弥はそれ以上は続けず、寂しそうに顔をそっと伏せた。
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