【1-4】




 突然、真弥は立ち止まると、美弥の細い体にぎゅっと抱きついた。


「どうしたの?」


「お姉ちゃんごめんなさい。本当は今日、他の人と約束あったんでしょ?」


 昨日の夜、美弥が友達のところにキャンセルの電話を入れたのを、真弥は聞いてしまっていたから。


「大丈夫。真弥が気にする事じゃないよ。私もこっちに来れるなら気分転換になるんだから」


 潤んだ目で見上げる妹の髪を、美弥はゆっくりなでてあげた。


「お昼にしようよ。そのあとはお絵かきでしょ?」


 真弥が美弥の手からバスケットを取って遊歩道の脇道に入っていく。


「気を付けてよ!」


 あわてて続いたのは、いつも二人で過ごす小さな広場。偶然に見つけたそこは、自然に出来た小さな空き地で、湧き水の流れる小川や、色々な花や木々に囲まれている。


 日向も日陰も水辺もあって、しかも遊歩道からは直接見えないから、その場所で先客に会ったことはない。


 真弥がシートを広げて荷物を出している。


「朝半分寝ぼけてたから、味は保証しないよ」


「へーき、お姉ちゃんの失敗作、いつも食べるのわたしじゃん」


「ちょっと! それ言うなぁ……」


 二人で笑いながらのお昼。美弥はいつも教室では友達と一緒だけど、真弥は大体一人だ。


 だからこそ、ここで笑ったりしながらの秘密の昼食会は彼女の密かな楽しみでもある。


「ちょっと遊んでくる」


 真弥が裸足になって、広場の端の方へ小走りで寄っていく。


「お水冷たい!」


 小川の水に足を浸して、それから浅瀬で水を跳ね上げてはしゃぎ出す。


 こんな光景もふたりきりだからできること。


 こんなときの真弥は他の視線を気にする必要もなく、本来の年頃の笑顔を見せる。


『あれをみんなの前でも出せるようになればなぁ……』


 姉として本当はそれをサポートしてあげたい。でも、彼女には活動に制限があるというハンデがある。


 真弥も分かっている。お互いにそのジレンマを抱えていることも……。




 美弥もバスケットからパンくずを出して、周囲に撒いてやると、小鳥もそばに寄ってくる。ここに来るのが彼女たちだけと分かっているのか、すぐ近くまで近寄ってくる。


「ああ、お姉ちゃんずるい。わたしもやるぅ」


 真弥が駆け寄ってくる。


「ねえ、いつものお願いしていいかな」


 楽しんでいる真弥に、少しすまなそうな声で尋ねた。真弥は振り返ると「いいよ」とすぐに答えて、美弥はスケッチブックを取り出した。


「うん。今日はどこがいいのかなぁ……」


「影の練習したいから、木陰に座れる?」


「分かった。今日は暑いから日陰の方がモデルになるのも楽だよ」


 真弥も小首をひねって木々の葉が作り出す陰が落ちる芝の上に座った。

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