【1-9】




 昼休み、美弥は弁当を持って保健室に向かった。保健の先生と真弥が彼女を待っていてくれていた。


「待ってなくてもよかったのに……。遅れてゴメン」


「真弥ちゃんが、お姉さんと一緒にって言ってたの。本当にあなたたち仲いいのね。先生も女姉妹きょうだいいたけど、こんなに優しくなかったなぁ」


 保健の先生は、真弥の学校での数少ない相談相手だった。だから彼女の体のことだけでなく考え方の癖などもよく知っていてくれている。


「優しいってより、甘えっ子なんだよね」


「お姉ちゃん……」


 真弥がジト目で美弥を見る。


「そんな顔しないの。私だって真弥に少し嫉妬してるんだからね。本当は私よりずっと可愛くなっちゃって…」


 美弥がいたずらっぽく言うと、手を当てた真弥の顔が真っ赤になる。彼女にはそんな妹の仕草は真似できないと思っているから。


「放課後はすぐに来るからね」


 午後の授業、美弥は少し切ない気分になっていた。気になったのは今日の真弥のこと。


 今日の真弥は少し変わっていた。それがどこなのか、なぜなのかは分からない。でも確かにそう感じじられた。


 朝の騒ぎのことにしても、今までの彼女であれば、どんな状況になってもあそこまでの行動は考えられなかったから。


 真弥の中で、今まで出来なかったことが溜まり切って耐られなくなっているのかもしれない。


 来週からは長期の病院生活になり、外出もままならなくなる。たとえ自分の体を治すためだとはいえ、まだ中学2年生にとっては辛いことには違いない。


「美弥、元気ないじゃない」


 隣の席に座っている木下さおりが美弥の顔をのぞき込む。


「そう? 平気だよ」


「真弥ちゃんのこと?」


「うん……。こんど入院なの」


「どうしたの? 具合悪くなったの?」


 さおりの顔が一瞬険しくなる。彼女と美弥の付き合いは長く、真弥のことも心配している一人だ。


「ううん、手術受けるって言い出したから…」


「そっか」


 さおりが頷いたとき、


「おい葉月。妹来てるぞ?」


 二人は慌てて立ち上がった。さっきの授業で全部の日程が終わっていたのに気づかないほど美弥は心ここにあらずだったから。


「ごめんね」


 美弥は急いで教室を飛び出す。


「ねえ真弥ちゃん、手術受けるんだってね」


 さおりは他の子と違って、真弥の目線まで腰を下げる。


 これも美弥から学んだことだが、そのおかげか、真弥と対等に話すことができる数少ない高校生の先輩でもある。


「はい、いままで迷惑かけてすみませんでした。今度は元気になります」


 真弥の表情はさっきとは違って明るい。


「頑張ってね」


 さおりが走っていく。美弥は真弥を促して階段を下りた。


「同じクラスの子には会ったの?」


 美弥はそれが少し気になっていた。


「ううん。知らせない方がいいと思って……。わたしも嫌だし……」


 校庭に出て、真弥は立ち止まった。


「どうしたの?」


「わたし、またここに来られるのかなあ……」


 振り返って寂しそうにつぶやく妹の顔は、美弥の胸を締め付けた。


「なに言ってるの。帰ってこなくちゃダメでしょう? 私をまた一人で通わせる気?」


 妹の受験結果を一番最初に確認した美弥。彼女はこの学校に姉妹で通えることを、誰よりも喜んでいた。


 普段は妹を引き立てるために見せることはしない美弥の素顔というのも、真弥と変わらない寂しがり屋の少女だ。


「そうだね。ゴメンね変なこと言って」


「帰ってきたら、すぐに夏休みだから、そこでゆっくりリハビリだね」


「うん」


 本当なら、こういう大きな手術は長期休暇の時に行うことが多い。それを前倒しすることには勉学の遅れというリスクも伴う。それでもこの時期に踏み切るのは、後ろに夏休みが控えているから、遅れを取り戻せるという計算があってのこと。


「大丈夫。秋からまた一緒に登校できるから」


 美弥は小さくうなずいた妹の手を引いて家路へついた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る