【1-11】




「先生、午後から早退してもいいですか?」


「どうした葉月? 具合でも悪いのか?」


 午前中の授業が終わった直後、美弥は担任の先生にこう告げた。


「妹が、このあとの時間から手術なんです。そばにいてあげたいのと、私も授業に身が入らなくて……」


「なるほどな。今日はなんか様子が変だと思っていたけれどそんな理由なら最初から言ってくれればよかったのに」


「すみません……」


 真弥の手術の話は以前からしてあったから、先生はすぐに帰宅の許可を出してくれた。




 学校を出て、その足のまま病院に急ぐ。


「あら美弥、学校は?」


 今朝からは、母親が待合室で待機すると言っていたから、彼女の登場は学校が終わってからだと思っていたに違いない。


「全然落ち着いかなくて、授業にも集中できなくて……。先生に説明して早退してきた」


「そっか。そうよね。パパも今朝そんなことを言いながら会社に行ったっけ」


 手術室のフロアでは飲食も制限されるから、朝持って行った弁当を歓談エリアに行って、「とりあえずおなかに詰め込む」という昼食を済ませてもとの場所に戻る。


「真弥には、手術が終わるころには美弥が来てるって話してあるから、それを楽しみに入っていったわ」


「そっか……」


 一度始まってしまえば、自分たちには何もできることがない。とにかく無事に終わってくれるのを祈りながら待つだけだ。


 待合室の窓から差し込む陽が少しずつ傾いていく。


 手術室に入ったのが9時半だというから、大方教えてもらっていたスケジュールからすると、もうすぐ6時間が経過することになる。


 何か非常事態が起きればすぐに呼ばれることになっているから、それがないということは順調に進んでいるということなのだろう。予想もしていたけれど、ただ待つというのも精神的にはしんどい作業だ。



「葉月さんのご家族の方、いらっしゃいますか?」


 ハッと顔を上げる。


「……はい……」


 声がかすれて、上手く出せない。でも、迎えに来てくれた看護師の表情に深刻そうな表情は見えなかった。


「手術は無事に終わりました。いま、麻酔の切れ具合をみながらICUに移す準備をしています。執刀の先生からお話がありますから、もう少し待っていてくださいね」



 体にずっと入りっぱなしだった力が美弥の中で音を立てて崩れていくのが分かる。


 ほどなくして、いつも診てくれている先生が現れて、二人で説明を聞くことにした。


「真弥ちゃん、頑張りましたよ。リハビリで少しずつ体力をつけていけば、これまでのような心配はもうありませんよ」



「……ありがとう……ございます……」


 美弥にはそれだけを言うのが精いっぱいだった。


 もう、朝起きたときに動かなくなっている妹の姿を想像することもなくなる。夜中に苦しそうにしている姿を介抱しなくてもいい。


 それよりも、真弥自身が自信を取り戻せるようになることが一番嬉しい。




 そのあとで、看護師さんが声をかけてくれて、ICUに顔を見に入ってもいいと許可をくれた。


「まだ麻酔が完全に解けているわけではないから、あまり長いお話はできないかもしれないけれど、それは許してあげてね」


「はい」


 自分たちも中に入るために滅菌された服に着替え、部屋の中へ通される。



 まだいろいろな機械がベッドの周りに置かれていて、いつでも急を要するときの準備がされているのを見て、二人は顔を見合わせたけれど、これから麻酔が解けて少しずつ状況が分かっていくと外されていくのだと教えてもらえた。


「真弥、聞こえる……? ちゃんと美弥も来てるわよ」


「うん……」


「真弥、頑張ったね……。もう大丈夫だって……」


「うん……」


 言葉は発せられないものの、二人が来てくれたことはぼんやりとした中でも分かっているのだろう。


「明日から、学校の帰りに寄るからね。今日はもうゆっくり休んで。何かあったら我慢しないで看護師さんに言うのよ」


 先生や看護師の人たちも、真弥が我慢をしてしまう子だということは分かっていてくれるみたいで、本人からの申告がなくても、機械の表示で様子を見てくれていると最後に話をしてくれた。


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