7:動機、ひとそれぞれ
キングは、この一件の際はあえて席を外していた。
相手は世界を支配する企業の一つ、ソルミナス・アームズテック社/だからと相手の要求を唯々諾々と従っていては示しがつかない。
いったん席を外して伝手を頼り、相手の試合スケジュールに対する迷惑な横やりをたしなめようと連絡を取っていた――のだが。
『ブルーローズ』との試合を前に、ミーティングルームで角突き合わせる三名のひとり、キングは大きなため息を吐いた。
「……まさか勝手に試合の権利を賭けた勝負を決めてるとは思わなかった」
「あー。わりぃ」
キングとしては、実に面倒な話――もしリザ=『スマートボア』が敗れれば、頭の中で組み立てていた劇的な試合展開を最初から組みなおす必要がある。
「いや。確かに注意はしていなかった」
ふー……と大きくため息を吐く。
『キングブッカー』との試合は、パイロットにとって垂涎の的だ。
社会の注目度は、中級ランカーとは思えないほどに大きく、また動く金額も多大。ここで獲得した資金を元手に戦闘力を上昇/稼げるミッションをこなせるようになるパイロットは殊の外多い。
いわば『キングブッカー』との試合は一種の登竜門だ/おろそかにできない――だからこそ、あっさりと試合の権利を賭けに乗せたリザの行為が理解できない。
「……それで、勝ち筋はあるのか」
キングとしてはリザに勝ってほしい/これまでの試合の仕込みや調整などを一からやり直すなど考えたくもない。
彼の質問は当然のこと――リザもパイロットだ。こんな賭けに試合の権利を差し出すのだから、勝算はあるのだろう/あるよな/頼むからあると言ってくれ――そんな願いを込めて視線を向ける。
「皆無だ」
「この馬鹿……」
あきれ果てるキング――しかし彼女は平静を保ったまま答える。
「けれど、あんたが組んでくれた<スクラップフライⅡ>はいい。あいつに乗ってる限り、あたしは負ける気がしない」
「お、おう……」
素直な賞賛を受けてキングは少し照れ顔/しかし、こんな無謀な試みをさせる原因が、自分の組んだ
「……まぁ。やっちまった以上は仕方ない」
伝手を辿り、横やりを入れようとする連中を止めようとしたが、当事者同士で試合の権利を賭けて戦うのではもう止めようがない。
キングとマッチメイカーにできるのは、なるべくリザ=『スマートボア』が勝つようにバックアップするだけだ。
「こちらが、<パーフェクション>のデータになります。あの機体はソルミナス・アームズテック社の宣伝も兼ねていますから、
表示される性能諸元/外観データが3Dモニターに表示される。
空力特性を考慮した結果、鋭角的なシルエットの中量級二脚型/バイザー型の頭部カメラと、額の位置にある大型のカメラ=高速で動き回る敵の補足を目的としたバイザーアイと、長距離の敵を補足するための大型レンズを備えたカメラアイ/全体的にほっそりとした、それでいて力強い、矛盾する優美さを兼ね備えていた。
右腕武装=アセンション粒子を高圧で撃出する高威力、高弾速のビームバズーカ/左腕武装=遠近対応型のアサルトライフル/右後背武装=複数目標を同時補足可能な
キング=ため息を吐く。
「最新鋭の兵器カタログみたいな機体だな。
性能評価は間違いなく最高級だろう。多少機動性能に傾いた中量級だ。装甲の厚さ、耐久性能は平均的だが、可能な限りの高機動性能と火力を詰め込んだ中距離射撃型だな。スタンダードに強いタイプだ」
「これなんだ?」
リザ=兵器カタログとにらめっこしながら性能諸元を確認していたが、見覚えのない武装――巨大なミサイルコンテナに首をかしげる。キングが代わって答えた。
「HVGGだな」
「え、えいち?」
「ハイパーヴェロシティ・グラウンド・トゥ・グラウンド。
高速地対地ミサイルだ」
「ええぇ……」
隣で聞いていたマッチメイカー=心底いやそうな顔になる。
なんだよその顔……――もの言いたげな感じのリザに気づいてマッチメイカーが説明する。
「優秀な武装です。これはミサイルに搭載された炸薬よりも弾速のほうが脅威になる代物でして。
弾速はマッハ18で正直レールガンに準ずる超高速で、ある程度の誘導をかけながら飛来します」
「強ぇの?」
はー……とマッチメイカーが頷いた。
「……どれほど重装甲に固めた
弾速も絶大で、一度補足されたなら回避するすべはありません。従来のミサイル兵器とは一線を画す破壊力です。運を天に任せてV-MAXスイッチで逃げを打つぐらいしか対抗策をおもいつきませんね」
「……うっわ、ずるくね?
「フレアも射出して効果が出るまで時間がかかる。発射されてから散布しても間に合わんな。ま、勝負なんだ、そんなもんだろ」
「ただし高額です。このミサイルシステム一つで<スクラップフライⅡ>が二機は買えますよ。札束で敵を殴っているようなものです」
キング=卑怯だ/卑劣だ――等の発言は一つも行わずに性能諸元を確認する。一つの項目に首をひねった。
「……それに、明らかに
ミサイルが重すぎるんだ。予定された機動性能より20パーセントの低下だぞ」
「戦闘開始とともにミサイルをばらまいて損害を与えたのちにパージ。機動性能を確保するというプランでは?」
「一撃で敵を殺せるミサイルを積んでおきながらか? 無駄じゃないかね、それは。……あるいはこのミサイルを搭載しておけとスポンサー様に命令されてるのかもな」
「あのさぁ……それより明るい未来の展望が聞きたいんだけど」
キング/マッチメイカー――二人で仲良くリザをもの言いたげに見つめる。
「こればかりは運が絡む。戦闘空間はランダムで選定されるからな……遮蔽物でミサイルの射線を切りやすいマップが選定されることを期待するしかねぇ。……だが、接近戦での旋回性能と機動性能は、動きの速さに特化したお前のほうが上だ。何とかして接近したら、あとは絶対にくっついて離れるな」
そう説明はしたものの……キングは彼女が勝つのは難しいと踏んでいる。
相手の機体<パーフェクション>は文字通り『完璧な』性能だ。機動性能で<スクラップフライⅡ>に劣っているのは確かだが、それ以外の要素/装甲/火力/ジェネレーター出力すべてに勝っている。
パーフェクション>>>スクラップフライⅡ――この図式は確実なのだ。
いや……とキングは自分の結論に待ったをかけた。
この勝負で唯一の未知数……それはパイロットである『スマートボア』と『ブルーローズ』の能力しかない。
「そっか」
リザ――ずいぶんとさばさばした様子。
この一戦に敗北すれば『キングブッカー』との実入りのいい勝負もなくなる。上を目指すために重要な一戦を失えば将来の展望に暗い影を落とすだろう。にも拘わらず、どこか平気な様子=違和感を覚える。
「負ける可能性が高そうと聞いた割には普通だな。……リザ、いや、『スマートボア』。どうしてそこまで平気な顔なんだ?」
「んー? キング、あたしは聞いての通り
それは知っている――キングは頷いた。
「あたしが生まれ育った環境はひどいもんだった。ガキからでも平気で搾取しようとするくそみたいな大人。ガキ同士でも、夜安全に寝れる場所をめぐって争いがある。夜、廃墟のひさしで一緒に身を縮ませて寝ていた友達が朝には凍えて死ぬ」
リザは腰に下げた拳銃型のお守りを掲げた。
「あたしが生き延びたのは拳銃に似せたこのおもちゃのおかげだった。冗談じゃなく、な」
キング/マッチメイカ―――口をはさまずに聞き続ける。
「あたしは、金が欲しい。
子供のころのあたしが欲しくて仕方なかったものを、昔のあたしに与えてやりたい。
……だから金が欲しい。
あたしは
今のあたしが、昔のあたしみたいな奴に手を差し伸べるには金が必要だ。だからあたしは――あの金持ちに勝って大金をせしめたいんだ。
わりぃ、『キングブッカー』。あんたの段取りを無視して、勝手にこんな勝負をして」
「……負けた時のことは考えないのか?」
ソルミナス・アームズテック社のギリー宣伝部長の横槍は受け入れる必要がない。ここで相手の提案など無視して『キングブッカー』との試合を本来のスケジュール通り進めればなんの問題も起こらず安定して金を得られるだろう。
リザは携帯端末を差し出した――表示されるのは募金の募集サイト。クラウドファンディングで
投入された募金は、目標資金額にまるで届いていない。
「
一日でも早く満額貯めたい。だから、ビッグマネーの得られる勝負は一つでも逃したくねぇんだ」
キングは口を閉じた。
利巧な選択とはいえない――相手は企業の支援を受けた最新鋭の
いくら<スクラップフライⅡ>が、これまでの乗機より優れた性能を持っていても勝ちを得るのは難しいだろう。
だが、自分の夢を実現する最短距離をひた走る彼女に『間違っている』とは言えなかった。
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