13:レッドとブルー



 パチパチ……と拍手の音がする。

 この戦いを第三者視点のモニターで鑑賞していたマッチメイカーは、半ば呆然としたままシミュレータの操縦席から身を起こした二人へと賛辞を贈る。同じくセコンドの立場で通信機器に張り付いていたキングも拍手しながら呟いた。


「なんとも、羨ましい。実力伯仲の好敵手同士のみがなしえる入神の死闘だった」


 真剣な賞賛を目に浮かべる。同様にこの賭け試合を観戦していたアリーナの運営スタッフも思わずといった様子で拍手を続けた。


「へ? ……あ、ああ、うん」

「あら……これは。その。どうも」


 この拍手を受けているリザ/『ブルーローズ』の二人はなんだか居心地の悪そうな表情をしている。

 リザとしては不本意な気持ち――相手を追い詰め今一歩のところでビームバズーカの直撃を受けて撃墜判定=自分は勝者ではないという感覚。

『ブルーローズ』も同様だった――ミサイルの直撃/その直後にビームバズーカを発射していたが、実戦であったなら超高速ミサイル着弾の衝撃でまともに狙いなどつけられなかったはず。


『キングブッカー』は拍手を一度止め、二人に言う。


「いい勝負だった。……俺のような八百長専門家の演出された奇跡より、本気の本気でぶつかり合うものだけがなしえる素晴らしい戦いを見せてもらったよ。

 ところであの映像販売していい?」

「できるわけなかろうがぁ!!」


 顔を真っ赤に怒らせて怒鳴り込んでくるギリー宣伝部長の顔にキングは面倒そうに眉をしかめた。


「もったいないこと言うねぇ。あれほど手に汗握る展開はそうもないだろうに」

「ふ、ふふ、ふざけるな! おい『ブルーローズ』! よくもまぁあんな無様な戦いをしてくれたものだなぁ?!」


 彼女のほほの一つでも張ろうとしたのだろう。ずかずかと近づいてくるギリー宣伝部長は……しかし間に割って入るリザに目を白黒させた。


「な……なんだ、邪魔するな、どけ!」

「やだねばぁか!!」


 舌を出してあっかんべぇーと、子供がやるような挑発を受けて顔を怒りで紅潮させる。今までソルミナス・アームズテック社の社長一族として厚遇されてきたために、ここまで直接的な侮辱を受けた経験などなかったのだろう。


「てかよ。滅茶苦茶強かったぜ『ブルーローズ』は。正直――あたしのサポートに『キングブッカー』が入ってくれなきゃ迂闊な動きであたしが落とされてた。ボクシングでも言うだろ。優れたセコンドのアドバイスは砂漠のオアシスに等しいって。

 二対一なんだ、それでも引き分けに持ち込んだ彼女の腕前をほめてやんなよ」


 リザにとってそれはギリー宣伝部長に対する侮辱であると同時に『ブルーローズ』に対する素直な賞賛の言葉だった。

 彼女もギリー宣伝部長が相手のサポートに回っていることは察していた。その恫喝的な言動や態度のあちこちに見え隠れする粗暴な空気から、お世辞にも優れた人物ではなさそうと察しはついている。

 二対一でありながら引き分けに持ち込んだ、というのも当てこすりの一種だ。ギリー宣伝部長が『ブルーローズ』を的確に支援できておらず、彼女は実質一人で戦っていたという嫌味なのだから。


「ふふ……ありがとうございます、『スマートボア』」

「リザでいいさ」


 そういうパイロット同士の敬意は伝わったのだろう。軽く会釈する『ブルーローズ』にリザはあっさりと実名を明かした。

 正直な話、迂闊な言動だ。アリーナでしのぎを削るパイロット同士はいがみ合い憎み合うのが普通。実名など自分の住まいや私的な情報を隠す意味でパイロット名は使われるから実名をあっさり教えることは危険なのだ。

 逆に言えば、パイロット名ではなく実名を教える行為は相手への無条件の信頼の現れともとれる。

 ……その言葉を受けて、『ブルーローズ』は少し目を見開いた。


 たおやかな外見と言動とは裏腹に、彼女の心の中には鬼が巣食っている。自分の人生を愚弄する両親/兄であるギリー宣伝部長/会社の業績やイメージのために自分の愛機に余計な手を加えた技術者たち――静かに青ざめて燃え続ける氷のような冷たい怒りを、一瞬、喜びが鎮めた。

 自分をかばってくれる人というものに、『ブルーローズ』は生まれて初めて出会えたのだ。

 唇をかむ/言葉をのむ/淑女として、一族の道具として育てられた彼女自身戸惑うほどにおだやかで暖かなものに満たされる。

 ギリー宣伝部長と自分の間に割って入り盾となってくれているリザの、そのうなじと耳元に顔を寄せ、そっと囁いた。


「うひゃあぁっ?!」


 吐息がくすぐったい/思わず変な声が出てしまうリザ――面白そうに微笑みながら、『ブルーローズ』は囁いた。


「セレン」

「は?」

「わたくしの本名は、セレンですの。よろしく、リザ」







「何か良いものを見た気がする」


 キング――アリーナ内施設の、トップランカー御用達のバーで、バーテンダーを前に酒杯を傾けていた。

 その横でマッチメイカーは、横に広がった肥満体を支えるでかい尻を椅子に乗せながらノンアルコール類を頼んでいる。この肥満体の男もアリーナの職員……それも高い地位についているはずだ。さっさと脂肪吸引手術でもして体系を維持すればいいものを。

 マッチメイカーは、糸目の奥の瞳に同志を見つけたような輝きを浮かべた。


「それはお二人の間に芽生えた百合のことで?」

「は? ……何言ってんだマッチメイカー……いや、そうだな、あれが百合か。うん、そうだな、言われてみると美しく尊いものを見たような気がするが違うぞバカ」


 キング――呆れ顔で答える。


「俺が言ってるのは、あの二人の熱戦だ。

 実力伯仲の二人が死力の限りを尽くし、果てにはアセンション能力まで覚醒させている。……最初は興行に穴が開くことも覚悟したが、終わってみれば最高の結果だったな」


『スマートボア』VS『ブルーローズ』=引き分け。

 ソルミナス・アームズテック社はスマートボア……リザに金を支払う必要はなくなったが、『キングブッカー』との試合に割り込む権利は失った。結果として元の鞘に収まりつつも、あの二人はアセンション能力に覚醒さえしたという。


「ふぅむ……どういう力を獲得したんでしょうね」


 ……キングはマッチメイカーの独白に答えなかった。

 アセンション能力はパイロットが極度の精神状況……何としてでも勝ちたい、生き残りたいという執念を引き金として発現する。

 生死の境目であればあるほどに、生存本能に後押しされ、発現しやすくなる。だがあの二人は、戦いの中でお互いを好敵手と認め合い極限まで集中した結果、特異な能力を発現した。

 

 例えば、アリーナランク2にして元ランク1『マスター』の発現したアセンション能力は『準備完了セットアップ』=その日の戦いにおいてもっとも有効な武装を『直感で』知ることができる。必然的に相手は戦術面で劣勢を強いられる。


 例えば、アリーナランク3の『ミストシャドウ』の発現したアセンション能力は、『死線色彩キラーインク』=相手の意識がどこに向いているか/相手はどこを注意力散漫にしているか、赤い色彩で知覚することができる。相手に先手は譲らず、攻撃は常に意識の外からの奇襲。


 例えば、十代半ばにしてアリーナランク4に上り詰めた『21アルイー』のアセンション能力は『強化インテンシファイ』=搭乗する拡張骨格オーグメントフレームの機体性能を二倍にするという、全パイロットで間違いなく最強の能力を発現させている。


 上を目指す以上、絶対に発現させておいたほうが有利だ。

 

 ただ、アセンション能力は当人の資質や戦い方にとってもっとも相性のいいものが目覚める。

 二人の戦闘傾向と、状況を鑑みればキングはおおむね予想ができた――これまで何人ものパイロットと戦い発現に導いてきたからだ。


「二人の能力は二人だけが知ってればいい。……それにしても、あの二人、妙に馬が合ったみたいだな」

「ですねぇ。遠巻きに鑑賞したい気持ちもありましたが」

「……お前なんで女二人が仲良くしてるところの背景になりたがるの?」


 マッチメイカーの趣味に、キングは怪訝そうな顔をしたものの、面倒だったので考えるのをやめた。

 この男が女二人が仲良くしているところにかかわりたいと思おうと、あの二人はアセンション粒子に適合した超人種、『パイロット』である=めちゃくちゃ強いので、たとえマッチメイカーが悪心をもって近づいたところで確実に負けるだろう。


 ただ、マッチメイカーは、少しだけ悲しそうな表情を盃の水面に映した。

 鉛のようなため息を吐く。


「……仲良く、仲良くか。……キング。あなたはあの二人が仲良くなれると思いますかね」

「知らねぇよ。相性とか好みとかいろいろあるだろ。ダメだったらそれまでだし、OKだったら続く。他人が交友関係にくちばしを挟む意味なんざあるかよ」


 さして興味のない投げやりな返答であったが、マッチメイカーは続ける。


「可能だと思いますか、キング。

 あなたは一級市民ブルー四級市民レッドの間に、友情が成立すると思いますか? ……いえ、二人がお互いに敬意を持ち合い、友情を感じているというのは確かでしょう」

「……」

「ですが――この社会が、二人の間に友情を育むことを許すでしょうか。二人の間にある大きな差が、亀裂を生まないままでいられるでしょうか」


 キングは……何も答えることはなかった。

 知人の関係だから二人がなるべくなら幸せになればいい、とも思う。しかし環境の差からいさかいが起こるとして……それにどう立ち向かうかは当人同士の問題。

 周りの人間がすべきことは、いさかいを起こすであろう二人の関係をどう取り持つか、であり。今から備える意味も必要もないから……黙っているのだった。

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