14:事前準備
『ブルーローズ』……本名セレン/『スマートボア』=本名リザ――今しがたまで戦闘シミュレーターを介して勝負していた二人はお互いに馬が合うと直感したのか、戦闘後のブリーフィングを自主的に行っていた。
シミュレーターには再生機能も搭載されている。
自分視点/相手視点/第三者の俯瞰視点――このうち相手視点というのは、戦ったパイロットの許可が得られない限りは閲覧が許されないが、二人はそれを特に気にはしなかった。もちろんジェネレータ推力の表示や武装、残弾など数字的なものは閲覧不可だが、相手視点から自分の動きを見るのは実に勉強になる。
違う視線から見れば様々な
そんな感じに反省会をやった二人だが、さすがに体に疲労を覚えてきた。
これまで食事の予定も切り上げてシミュレータで死闘を繰り広げ、疑似的な加速Gも耐えてきた肉体も空腹を訴えてくる。
向かった先はパイロット御用達のバーだ。
アリーナの運営資金は潤沢で、中堅に上がった二人が使用を認められるバーでは無料でなかなかレベルの高い軽食や酒類も提供される。この施設の存在を知ってからリザは無料という言葉に目を輝かせてここで食事をとってばかりだし、最近はどうにかここでもらったタダ飯をスラムの餓鬼に分配できないか考えたりもしている。
彼女たち二人が足を踏み入れれば、ほかの中堅クラスのパイロットたちが物珍しそうな視線を向けた。
「お? なんだキレイどころが二人とか。この店もとうとう接客してくれるお嬢さんでも用意してくれるようになったのかぁ?」
「……やめとけやめとけ。あの二人どっちもお前よりアリーナランクが上だぜ」
スラム上がりの女と、ソルミナス・アームズテック社の社長一族令嬢――下手に手を出してやけどしたくないのだろう。
「それにしてもあそこでやられるって思ったのに、そんな裏があるなんてなぁ……」
「そのあたりは独立傭兵にあたるリザさんが羨ましいですけど……潤沢な装備支援が受けられないのはつらいですわねぇ……」
次第に二人はお互いの愚痴の言い合いになっていく。
リザ=<パーフェクション>の戦闘リプレイを鑑賞し、なぜ自分がパルスマシンガンモードの速射であのまま撃墜されなかったのか、理由を理解して顔をしかめて大いに同情/セレン=ほんの数日前まで性能の低いアリーナの支給パーツを
リザ=弾代/修理費――パイロットに付きまとう宿命じみた悩みのない企業所属のパイロットを羨ましく思う。
セレン=機体構成や武装、勝ち方にまで注文をつける宣伝部長なしで好き勝手に戦える独立傭兵のパイロットを羨ましく思う、
「へっ」「ふふっ」
二人はおかしそうに笑った。
他山の石/隣の芝生は青い。
お互いにないものを羨ましいと一瞬思っても……
セレンは穏やかにほほ笑んだ。
家に戻ればソルミナス・アームズテック社の社長一族として立ち振る舞いすべてに注文を付けられる日々が待っている。
しかしパイロットしか立ち入りできないアリーナでなら、ただのセレンとして自分を見る人がいる。
リザは照れ臭そうに笑った。
彼女は
彼女にもスラム時代から続く友人知人はいる。
しかしそれらすべて彼女が救い上げねばならない被保護者であり、愚痴や悩みなどという私人としての苦しみを吐き出せない相手だった。
まるでお互い欠けたものがぴたりとかみ合うように、二人は惹かれ合う。
「あの……リザ。こんなお願い、初対面に等しいあなたにいうのもなんですけど。……わたくしとお友達になってくださらない?」
「ええと。……先越されちまった。あの……こっちこそ友達になってくれないかなって……」
二人ははにかんでほほ笑むと、うなずき合って手を取り合う。
そのままキスでもしそうな雰囲気だった――二人の様子を見ていた他のパイロットはのちにそう証言し。
それを聞いて心の底から悔しそうにするマッチメイカーと、まがりなりにも大の大人である彼が泣いて悔しがる様子に、キングは距離を取ろうと心に決めたのだった。
『スマートボア』VS『キングブッカー』
<スクラップフライⅡ>VS<デッドロール140世>の八百長試合まで三週間ほどの準備期間がある。
キングブッカーの八百長試合を嫌悪する玄人より劇的な試合展開を好む素人のほうがはるかに多いアリーナ業界では、今日も今日とて熱心なファンがリアル/電脳空間を問わず、熱心に議論をしている。
勝ち負けは決まっている――『キングブッカー』が八百長の専門家であることは暗黙の了解だ。
「今回はどう決まるかな」
「ショットガン二丁持ちだからなぁ、やっぱり両腕へし折られたキングブッカーが至近距離で銃突きつけられて命乞い無視して蜂の巣だろ」
「前の『サジ』との闘いは軽量の逆関節だろ? となると……今度は機動力を生かせない閉所で重装甲タイプで来るんじゃねぇかな」
今回はどのような劇的なショーが観られるのだろうか――そんな群衆の期待に応えようとするならば、演者となるパイロット二人にも相応に慣れが必要となる。
今日は実戦に扮したショーを成功させるためのトレーニングだ。
『ゲーッヘッヘッヘ! ゲーッヘッヘッヘ!!』
「なぁキングブッカーよ。あんた顎疲れてこない?」
『いや、こういう下品な悪党笑いってやってるとだんだん楽しくなってくるよ』
八百長パイロット『キングブッカー』の笑い声――操縦しているキングの画像、音声データをリアルタイムで加工し、編集したものを公開している=つまり以前の『キングブッカー』の試合ではキングの奴は白目剥いたり両手の中指を立てたりと実に滑稽なポーズをやっていたという意味でもある。
そう考えるとなんだか笑えてくるぞ……戦闘シミュレーターの中で、リザ=『スマートボア』は前方よりゆっくり接近してくる敵の
弾丸を受けた際に
もっとも異形じみているのは腰から下=
強大な
『今回の戦闘予定地はぁ!』
「いや……リハーサルん時ぐらい素でいいぜ?」
『ばっかおめぇ、役作りの一環だぜ、ヒャッハー!! おめぇを血祭りにあげるのはここだぁ!!』
相手の声とともに、仮想空間がリアルな実体となって目の前に姿を現す。
息苦しさを覚えるような低い天井/足元に碁盤目状に配置された白線/『止まれ』『一時停止』『出口』等の標識が書き込まれた地面/天井を支えるためにところどころに配置された柱の数―――地下駐車場だ。
『ゲーッヘッヘッヘ! おめぇには閉所での戦闘というのを学んでもらうぜぇ……!』
『キングブッカー』の声とともに相手機の両腕に展開される武装/大口径の機関砲弾を四本の銃身を用いて交互に発射するオートキャノン。弾幕のシャワーで相手の装甲を溶かすさまから『酸性雨』のあだ名を与えられる巨大な銃器だ。
ただし、重心の高い二脚型では発射時に生ずる激烈な反動を抑えきれず横転必死――必然的に重心が低く安定しているタンク型/四脚型でしかまともな運用が不可能――わずかな例外を除く――なバケモノだ。
通常、連射力のある兵器となると弾薬の消耗も激しくなる=だが背中のハードポイントに設置されているのは巨大な追加弾装ユニットになる。そこから伸びた弾帯が、<スクラップフライⅡ>を50回は粉砕できそうな弾薬量を約束していた。
「おいおい……マジかよ」
『だがその劣勢を跳ね返してこそ観客は沸くんだよぉ!』
予想通りだが相手との相性は最悪。
軽量級の機体にとっては、大口径の機関砲弾をばらまくオートキャノンは天敵といってもいいほど/飽和攻撃で回避可能な空間をすり潰す/被弾すればものの数秒で装甲が『溶ける』だろう。
この鉄弾の豪雨に抗する手段は少ない。
一つ目=相手の射程距離外から大口径銃器による狙撃。
二つ目=相手をさらに上回る重装甲/大火力にものを言わせた命と装甲の削り合い。
三つ目=絶望的な弾幕をかいくぐって軽量機で死角に回り込み、接近戦を仕掛ける。
だが、三つ目は、『言うが易く行うは難し』の典型。
わずかな操縦ミス、位置取りのしくじりで射角に捕らえられれば10秒もたたずに<スクラップフライⅡ>のほうがスクラップにされるだろう。
『難しい目的だからこそ成し遂げた時に客は沸く! サーカスと同じだぜぇ! あたりまえのように戦いあたりまえのように勝つ、そんなもんより、負けるかもしれないというハラハラドキドキがいるんだよぉ!! ……まぁー。それでもおめぇの機体では、こいつの装甲を射抜くのは難しい。
……プレゼントを出しな』
「おう」
リザの乗機<スクラップフライⅡ>の腕部に再現される武装=爆圧にて鉄杭を高速で撃出し、どれほど堅牢な装甲であろうが、仔細なし、と貫通する旧式武装=パイルバンカーだ。
シンプルな構造ゆえに確実に動作する信頼性/巨大な鉄杭はどんな相手だろうと一撃で沈黙せしめる。
ただし、扱いづらい。
攻撃を受けまいと必死に回避行動を行う敵の未来位置を予想し、有効射程の短い武器を正確に叩き込むには――単純な銃撃とは次元の違う、特別な『当て勘』を必要とするだろう。修練したところで十全に扱えるかは才能次第なのだ。
「扱えるかな」
『パイルは一撃必殺だが扱いの難しい玄人向けだ。だが使いこなせれば大きい。重装甲の
締め方は、パイル装備でこの駐車場の柱を蹴って、推進力を落とさぬまま接近してぶすり、になる。……ここから先は練習あるのみだ。……ああ、それと。リザ。……お前のアセンション能力はどうだ。任意で発動できそうか?』
『ブルーローズ』との試合の後、肉体より吹き上がるアセンション粒子にリザは後で診断を受けることとなった。
結果は大当たり――リザは、パイロットが死線を潜り抜けるような極度の集中の中で覚醒する異能、アセンション能力に覚醒していた。
『アセンション能力の覚醒を演出に組み込めるのは大きいぜ。確かおめぇのアセンション能力は『
「ああ」
機動兵器の操縦というのは極度のストレスにさらされ、強烈な加速Gに耐えながら戦闘を行う必要がある。
Gリミッターを解除し、設定上の限界推力を発揮するV-MAXスイッチなど使用すれば全身が水を含んだ綿のようにくたくたに重くなる――だが、リザは、彼女だけは違う。
『
医者の診察に加え、戦闘機パイロットが行うような、人体の耐久力の限界に挑むような過酷な訓練を経てもなお、リザは涼しい顔でそのGに耐えられることが判明した。
『お前は全パイロットの中で唯一、V-MAXスイッチの限界稼働時間10秒のくびきから逃れている。
連続60秒の使用が可能となった今――10秒のみ稼働させられるという常識を超え、視聴者の驚愕を誘える。
「あんたのガトリングガンを地下駐車場の柱を三角蹴りで勢いを殺さず前進! そっちの旋回能力を超える速さで接近し、足でガトリングを踏んで射線を潰し、ふところに突っ込んで
『よぉし、やるぞぉ!!』
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