12:再利用
「で、さ。『キングブッカー』……一つ手立てがあるんだけどよ」
『ふむん』
相手もこっちも相応に追い込まれている。
確実に勝利したいならば、相応に策を弄する必要がある。キングもその意見には賛成だった。
提示されたプランを聞き、先ほどの<パーフェクション>が飛来してきた位置から、推測されるポイントを割り出す。
『こっちには接近戦を想定した武装しかないと判断したはず。相手の想像の外から攻めるのは正しい。やってみよう。お目当てのものがある場所を大まかだが提示した。あとは実際に向かってスキャンするしかないな』
「あいよ」
キングの迅速な反応にリザは頷く/仮想空間に再現された廃墟都市の中をまっすぐに前進。
当時にレーダーの警告音――敵が索敵半径に引っかかった。
「野郎……悠々と上を飛んでやがる」
『こっちが飛行してる向こうを撃ち落とせる獲物を積んでないと理解しているんだろう。……それに加えて、向こうは脚部関節に爆弾を抱えたままだ。負担をかけまいと空中を飛んでる。……贅沢な推力の使い方だぜ。羨ましいね』
空中を飛行し続ける行為は、接近戦で相手の頭上をとるならともかく、遠距離の位置からならただのいい的。
だが、今回は迂闊な飛行もリスクが低いと判断したのだろう。
その油断が命取りだ。
リザは前方の瓦礫を避けながらひたすら前進。反応のポイントを目指し続ける。まだか/まだか/まだか――<パーフェクション>はこっちと違ってまっすぐ飛行できる/障害物に足を取られながらの自分と違って少しずつ距離を詰められている。いつロックオン警告が鳴り響き、一撃でこっちを撃墜できるビームバズーカを発射してくるのか。背中に嫌な汗を感じる/まだか/まだか――焦燥で肌が散りつく感覚の中。それは来た。
『見つけた! 11時方向!』
「おっしゃ!」
相手の射線を避けるために波のような機動を行ってきた<スクラップフライⅡ>が目指すべき場所を見つけ出し、これまでと違ってまっすぐに、推力ペダルを全力で踏み込んでいく。あと少しだ。
「……機動が変わった?」
相手を追う『ブルーローズ』は先ほどから嫌な予感に襲われていた――お互いに多大な損壊を受けている/ならば相手は狭い路地での接近戦を挑んでくるものだと思っていた。
にも拘わらず、相手は決戦を避けて逃げ続けているだけ。何が狙いなのだろう/相手の意図が読めない――何か自分の想像の外にある悪辣な罠を張っているのではないだろうか?
そして彼女は自分が口元を釣り上げて微笑んでいることにおそまきながら気づいた。
楽しんでいる――自分が負けるかもしれない/そんなのは、アリーナに登録してから初めての経験/ソルミナス・アームズテック社の過酷な専属パイロット訓練によって得た、卓越した操縦技術/社のフラッグ機である高性能機体――ゆえに低位ランカーとの戦いなど退屈なものばかり/中堅パイロット昇格への壁と言われた『ルーキースレイヤー』でさえものの数ではなかった。
だから『ブルーローズ』にとってはこの公表されぬ賭け試合が、生まれて初めて『敗北するかもしれない』と意識した戦い。
意外と悪くない――勝てばすべてを得る/負ければすべて失う。
荒ぶる鼓動はまるで頭の中に心臓が引っ越したようにはっきりと聞こえる/緊張で口の中が乾いて酸っぱさを覚える/意識は集中し目の前の敵にしか見えない――お互いしか見えない。
戦う前にちらりと見た、敵のパイロットも同様にわたくししか見えていないのだろうか。
緊張で血管が逆流し、いつ破滅が訪れるのかと全身の毛穴が開く感覚。敵はどこを目指しているのか、そう思いながら視線を周囲に向けた瞬間、妙な
(わたくし……ここを見た。そう、戦闘開始とともにHVGGを破棄して――)
そうか。
その瞬間、『ブルーローズ』は相手の意図を悟った。こちらが脚部に損害を受けた状況を察知/負担をかけないように空中を飛び続ける<パーフェクション>を……自分が破棄したミサイルを回収して発射する。
(間に……合いませんわね!)
こっちが推進力をカットして地面に落下して射線を切る――間に合わない/それに地面を這って進むと脚部に負荷がかかり、足がへし折れるリスクも増大する/ここまで読んでいるなら、素晴らしいパイロットだ。賞賛の気持ちと、そうはさせるかという負けん気が湧き上がってくる。
先に、倒すしかない。
自分が破棄した
限界推力を吐き出した<パーフェクション>が流星のような推進炎を噴き上げながら追いすがる。
『敵、V-MAXスイッチを入れた! お前の狙いに気づいたぞ!』
「楽に行かないかよ、やっぱり!」
リザ――レーダーサイトに移る敵機が急速に接近する様子に、まぁそんなものかと理解する。
自分には長距離を射抜く獲物がないという相手の想像を覆す一手は、しかし相手に気づかれた。こうなれば後はもう間に合うか/合わないか。
ためらわずにV-MAXスイッチを入れる=だが反応はしない。
先ほど、ノーロックでミサイルを発射して接近する際にすでに使用済みだ。相手の追撃から逃れうるかは正直わからない。
操縦を行う――ほんの少しでも瓦礫に足を引っかけて横転してしまったら目も当てられない。機体制御に全神経を集中させる。あと少し、あと少しでいい。
がち、がち、がち、とスイッチを押し続ける。意味のある行動ではない――V-MAXスイッチの稼働時間は初手で使い果たした。
勝ちたいのだ。
こんなにも勝ちたいと思ったことなどない。勝利して金を得て、子供が安心して眠れる場所を作るという夢のことも、今この瞬間だけは頭から消え去った。ただこれほどまでの強敵に打ち勝ったという栄光のみが欲しいのだ。
早く、一瞬でも早く――身を突き動かす勝利への衝動が……リザの気づかぬまま、彼女の五体より、アセンション粒子の輝きが覆い包んでいく。
『生理的頑強度の飛躍的増大を確認。V-MAXモードの限界稼働時間を60秒に増強します』
「?!」
意味の分からない突然の許可に目を白黒させる――――いや、どうでもいい、と切り捨てる。
今はただ、あの強敵に勝ちたいという一念のみで急加速する機体を制御し、放置されたままのHVGGへとたどり着く。
『確保した! 構えろ!』
「っ!」
腕部が、地面に廃棄されたままのHVGGを掴む。接触回線を突き刺し武装をアクティブ化。
リザは――己の全身から吹き上がる黄金の粒子――パイロットの身体能力を底上げし、機体と接続するために必須とされるアセンション粒子/パイロットが過酷な戦場を経験し、入神の域にまで高まった集中力のみがなしえる
「ぶっつぶれろぉ!!」
こちらにまっすぐ突進してくる相手にロックオン。
カバー開放とともに推進炎の尾を引きながら最大装填数四発をまとめて発射。いくら相手がV-MAXスイッチを入れた高機動状態であろうとも、高速ミサイルは避けきれまい。
最新鋭兵器の恐るべき破壊力を自分自身の躯体をもって証明してみせるがいい――。
賭けに負けた――『ブルーローズ』の背筋を悪寒が走る。
眼前にまで迫ったミサイル弾頭――仮想の戦闘シミュレーターとはいえ本物の戦場さながらの臨場感あふれる場所では、臨死体験さえできるほどなのか……。
そう思った『ブルーローズ』は――自分の意識がミサイル発射寸前のわずか数秒前に巻き戻っていることに気づいた。
《……!》
ミサイルの来る位置/角度――どれだけ精密なセンサーでも察知できないはずの情報を、彼女はなぜか今しがた経験したかのように見知っていた。
これが――パイロットが入神の域にまで集中した際に獲得するアセンション能力の発現――なのだと理解する暇もない。
両目から黄金の粒子を瞬かせながらアサルトライフルのガントリガーを引く。
ミサイルの迫る位置、角度を、未来を垣間見ることによって把握し、発射された弾丸。そのすべて狙いを過たずにミサイルの中心を捕らえ破壊/撃墜。
だが、レールガンに次ぐ超高速ミサイルをすべて撃ち落とすには至らない。
吹き上がる爆散の業火――その中を突っ切って最後の一発が<パーフェクション>の胴体を真っ二つにする勢いで貫通する。
「ぐ……!」
だが、わずかに一手遅い。
<パーフェクション>は片腕に握るビームバズーカを発射。破壊的なエネルギー粒子の槍は狙いを過たずに<スクラップフライⅡ>の脳天を正確に射抜いてみせた。
撃墜されたことを意味するモニターのブラックアウト。
そうして落胆する二人の正面モニターに『Draw Game』と表示された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます