11:飼い犬なりの悩み
ほんの少し時間を巻き戻し、
視点を変えてみれば……リザ=『スマートボア』が思っていたほど、敵パイロット『ブルーローズ』が余裕綽々に戦っていなかったとわかるだろう。
推力を載せて相手に叩き付ける強力無比で荒っぽい使い方――ブーストチャージによる蹴りが激突し合い、水晶石を高速で正面衝突させたような、澄み切った美しい激突音が響き渡った瞬間=『ブルーローズ』の操縦席に警告アラートが鳴り響いた。
『警告、警告。脚部関節に重大な損壊発生。応急措置システム作動。破損したエネルギー弁を緊急閉鎖、エネルギーラインを迂回しバイパス開始』
『お、おい、どうなっている!?』
戦闘AIがプログラミングに従って応急措置を開始/ギリー宣伝部長がおろおろした様子で役に立たない声をあげる/そのすべて無視して<パーフェクション>が着地……警告音は鳴り響いたままだが最悪の事態――脚部負荷が限界を突破し片足が大破=機動能力を失いただの的に成り下がる――は回避できている。
システムが脚部ステータスを走査し、限界を見極めるまでの間は動くことができない。
「こ、の……!」
緊張で心臓が荒ぶる/動転しながらもやるべきことを成す――震える指先で武装切り替えを選択=言葉の端々が震えていると気づき、少しだけ客観的な感覚を取り戻す。
<スクラップフライⅡ>が両腕のショットガンを向けてくる。
至近距離では致命傷となりうる散弾の豪雨――脚部に爆弾を抱えた状態では咄嗟に回避行動を行えない=耐えるしかない。
ぼぼぼぼぼ、と二丁になった故に発射間隔の狭まった独特の発射音。
シミュレーションが再現する着弾の振動が操縦席を揺らす。まだか……まだか……! まだか……遅い!! と苛立ちながら武装一覧を確認。
『パルスマシンガンモード、アクティブ』
「死ね……!」
これまでの淑女らしい言葉を使う余裕もない『ブルーローズ』=トリガーを絞る。
短く/聞き間違いのない明確な殺意の言葉とともにビーム砲塔から光弾が吐き出される×4=抗ビーム装甲でなければ重装甲も一瞬で蜂の巣にする破壊力が牙を剥いた。その威力は至近距離で発射されるショットガン×2さえ上回るほど。
見る間に損壊していく敵機――あまりの威力に胴体をかばった腕さえも半ばからへし折れていく。
<スクラップフライⅡ>も誘い込んだ場所が狭いビルの隙間だったことが災いし、思うような回避行動を取れない。
『エネルギー残量20%まで低下』
戦闘AIの警告音声/パルスマシンガンによる電力消費に対して警鐘を鳴らす――しかし『ブルーローズ』はこれを意図的に無視した。
脚部関節に爆弾を抱えた状況では長期戦はこちらが不利になる。ジェネレータのエネルギー残量が枯渇し、発射できなくなるのが先か、倒すのが先か。
短期決戦が最善手/できるか? 頭の中ではじける疑問に冷静な戦闘知性が答える=倒せる/わずか一手差/強制冷却と引き換えにぎりぎりでこちらが敵を撃墜する――そう思った瞬間だった。
『トリガー、ロックします』
「はぁ?!」
戦闘AIの理不尽な宣言に思わず罵声を張り上げる『ブルーローズ』。
無慈悲なシステム音声は宣言通り、トリガーを固定し発射システムを封じる。
「この……?! 役立たずの馬鹿! 殺しますよ!!」
たいていは味方/あるいは民間人への誤射を防ぐため、射線が入る恐れがあった場合にのみロックする。
敵しか存在しない戦場で戦闘AIが割り込みをかけるなどないはずだ/拳銃を引きぬいてコンソールを撃ちたい衝動をこらえる――で、あれば。
「ギリー宣伝部長! ……これはなんなのです?!」
『あー。わかるだろ……膨大なエネルギーを消耗するパルスキャノンでジェネレータが強制冷却モードに入るのはこう……外聞が悪いんだ。宣伝の都合もある。だからそうなる前にガントリガーを自動でロックするように……』
『ブルーローズ』は喉奥からせりあがってくる怒声/罵声/ありとあらゆる汚い言葉のすべてをかろうじてかみ殺した。
即座に
『き、貴様……なぜキャノンを捨てる?!』
「……前々から思っていたのですけど。ギリー宣伝部長。戦闘のプロフェッショナルでもないあなたがどうしてわたくしのオペレート席に座ってくちばしを挟みますの?」
ギリー宣伝部長の激高した顔――見苦しいだけなので、表示を『sound only』に切り替える。
横目でレーダーを流し見て敵位置を確認=同時に機体の戦闘AIがエネルギーラインのバイパスに成功。脚部の性能をある程度取り戻す。
機体ステータスを再度確認=表層部に散弾による銃撃を浴びた/装甲表面で食い止めているため、機動性能に影響はない――武装=アサルトライフルの残弾は十分/ビームバズーカの残弾も問題なし/脚部関節=一番の問題点/敵の蹴りを蹴り返して応対したため、関節部に無視しえない異常発生=戦闘行動時に破損し直立困難になる恐れ。
「それと宣伝部長。技術部門に一つ連絡をお伝えくださいな」
『な、なんだ』
たおやかな微笑みとは裏腹な、心臓を鷲掴みにするような威圧感を漂わせ、『ブルーローズ』は言う。
「この<パーフェクション>は欠陥機です」
『は? 馬鹿を抜かせ、その機体は我々ソルミナス・アームズテック社の最新鋭機体だぞ。それを』
「
兵器にもっとも重要な要素は必要な時に必要な性能を確実に発揮する能力、信頼性です。人間の意志を十全に答えることは兵器としての基本。
その大前提をパイロットの意向を無視して無断でトリガーをロックさせるシステムを組み込むようでは、信頼に足る兵器とは申せません。どなたかは存じ上げませんが……これが実戦なら死んでもおかしくはありません。この命令を下した人を探し出してください」
『ど、どうするのだ』
「どうって……意見書を提出しますのよ? 可能なら鉛玉を添えたいところですけど」
まるで『太陽は東から西に昇るのか?』とごくあたりまえのことを尋ねられたようなごく自然な返答。
だがギリー宣伝部長も彼女の言葉に押し込められた明確な殺意に気づけぬほど馬鹿でもない。言葉を呑んで無言で頷いた。もちろん兄である彼の顔を見るのも不快だった『ブルーローズ』はそれに気づかなかったが、どうでもいいか、と意識を操縦に傾けた。
「……どんな戦場でも、手負いほど怖いものはいない……か」
今、まさに敵側も同じ感想を抱いていると思いもしない。
これからの戦闘には、いつ爆発するかもわからない関節部への爆弾を意識しながら戦わねばならない。かなうなら戦闘に全神経を集中させたいが、贅沢な望みだと考え直した。
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