10:手負い




 リザは相手を必殺の間合いに捕らえ、勝利の確信とともに叫んだ。


「まずはその一撃必殺を!」


 至近距離に接近した=ならばショットガンの弾幕で圧倒する――その逸る気持ちを抑えながら突進する。

 狙いは格闘=全推進力を蹴り足に乗せるブーストチャージ。片足を振り上げて蹴り込む目標=相手の一撃必殺武器であるビームバズーカを蹴ってへし折り使用不能にする。

 フラッシュミサイルでロックオン機能を無効化/接近して相手の武器を蹴り砕く/あとはネジで締め付けたように近距離を維持しながらショットガンをぶち込み続ける。


 勝った――そう確信したブーストチャージは……相手の銃器をぶち壊す破壊音ではなく/硬質の装甲同士を叩き付け合わせた……まるで水晶石を正面衝突させたような/甲高く/涼やかな/激突音であった。


「な、に?!」

『ひやりとしましたわよ……!』


 近距離通信で相手の声が響く――なんだ、何をされた?! 『スマートボア』=リザは一瞬状況が掴めず混乱する――そこに飛び込んでくるキングの怒声。


『ためらうな! お前の距離だ、撃て!』

「っ?! おう!!」


 わからないことは脇に置く/いまだ相手は目と鼻の先の至近距離にいる――引き金を引き絞れば、これまでの戦いで何度も敵を屠り去ってきた頼もしい散弾の連射音が鳴り響いた。

 その状況でリザは敵機を視認する余裕を得る――相手のビームバズーカはいまだ健在。仕留め損ねた理由はなんだと自問自答=あまりに衝撃的で最初はよく理解できなかったが、今ならわかる。

 相手はフラッシュミサイルでロックオン機能が死んだと判断するや否や、こちらの『蹴り』に対して向こうも『蹴り』でやり返してきたのだ――結果としてお互い頑丈な膝関節を叩きつけあい……互いにたたらを踏んで近距離で撃ち合いする格好になったのだ。


《しのがれた? あたしが……この距離で?!》


 リザの闘志を支える自信という名の背骨にみしり、と亀裂が走った感覚――今まで接近戦で敵を打倒してきた/この距離ならば誰にも負けないという自負/にも拘わらず、必殺の間合いで仕留め損ねたことが衝撃となって全身を貫く。


 敵機<パーフェクション>が片足の関節部から火花を散らしながらこちらを向く/ロックオン警告――片翼の天使を思わせる後背の四連装カルテットビームキャノンが発射態勢に移る=四連の銃口が一列に並んで照準する。

 リザ=反射的に回避機動へ。いかに火力の高いビームキャノンであろうとも、所詮は四連斉射のビーム。


(初撃さえ凌げば……!)


 だがこちらの意図を見抜いたように四連装カルテットキャノンから、高威力のビームではなく機関砲弾のように連続発射される光弾が次々に着弾した。


「う、うわあぁっ?!」


 まるで光のシャワ―――安全な場所から見たなら煌びやかな光の乱舞と美しさに心奪われたかもしれない=だがその美しさとは裏腹な、危険極まる破壊力の光弾によって<スクラップフライⅡ>の装甲が次々と熱エネルギーに穿孔され破壊されていく=機体ステータスのあちこちで機能不全を訴えるレッドアラート――反射的に片腕で胴体をかばいはしたものの、おかげで右腕部は完全に大破。


「ま、ずいっ……!」

 

 やられる/負ける/大金を失う、望みが遠のく――背中につららを突きこまれたような冷ややかな焦燥感に悲鳴をあげそうになる。

 この至近距離の撃ち合いでさえ負けるのか? 屈辱/無念/自分自身への落胆/失望。様々な感情がごちゃまぜになる――だがわが手に打つべき手段は、ない。


 負ける。

 ――そう思ったのに、不可解なことに光弾の猛射が突然止み、銃口から煙を吹きながら<パーフェクション>がこれまでの機動性能とは裏腹な、緩慢な動作でゆっくりと後ずさる。


「なに? ……な、ぜ!」


<スクラップフライⅡ>の損害は多大/あの光弾の射撃を続けていれば確実にトドメをさせたはず――だがそんな疑問や困惑は頭から消し飛び、リザは機体を突撃させた――肩部ミサイルベイを開放/推進炎を噴きながら低速高機動ミサイルが発射される。

 相手の射撃精度を考えればこれも叩き落されるはず/だが片腕を損壊し、火力が半減した今となってはやむなし。


 だが……予想外だが<パーフェクション>は空中へと飛び上がり、圧倒的優勢だったはずにも関わらず、戦場から姿を消してしまう。

 リザ――見逃され敗北を免れ安堵のため息/同時に勝ち得た相手がなぜトドメを刺さずに撤退したのか、困惑を隠せない。


 同時に、どすんっ、と何かが落下する音が響き渡った。


「は?」


 意味が理解できず唖然とした声をあげる――先ほどまで自分を瀕死に追い込んだ四連装カルテットキャノンを廃棄して、逃げていく敵の姿/理解不能。




「……なぁ、『キングブッカー』、なんであたしは見逃されたんだ?」


 機体チェック――右腕部大破=フルオートショットガン一基脱落/敵のエネルギー兵器による熱穿孔ダメージが各所に蓄積=幸い骨格部分には損害は至っていない――全力での戦闘機動に支障はない、まだ戦える。

 スクリーン向こうのキングは、手元に呼び寄せた資料を再確認。


『ある程度、推論交じりだがいいか?』

「ああ」

『まず、先ほど相手がなぜトドメをさせなかったか、だが。

 簡単だ。ジェネレーターの供給エネルギーより相手のビームの消耗が激しかった』


 意外なまで単純な回答=リザは首をひねる。相手のパイロット『パーフェクション』の戦闘機動は的確/エネルギー残量のチェックを怠って射撃できなくなる――そんなマヌケとは思えなかったのだ。だが、キングの考えは違っている。


『今確認した。相手の使っている四連装カルテットキャノンは、通常のビームと、高威力の光弾を連射するパルスマシンガンモードがある。二種類のビームを打ち分ける機能を備えた、やはり最新兵器なんだがな』

「撃ちすぎてジェネレータ出力を空にするへたくそには見えなかったぜ」


 キング=苦笑する。


『そこのあたりは実弾兵器一点張りのお前さんにはなじみのない感覚だろう。ジェネレーター直結式のビーム兵器は破壊力も絶大だが、下手すれば推進力を得るために必要なエネルギーさえ食うんだよ。……ましてや四連装から発射されるんだ。消耗もまた絶大になろうさ』


 そこまで言ってから……キングは言葉を切った。あと少しでこっちを撃破できるまで追い込んでおきながら撤退した理由には心当たりがある。だがそれはリザのような独立傭兵と違い、企業の紐付きを選んだがゆえのデメリットだ。ただの推論だし言う必要もないだろう。

 

「……それは分かった。けど、なんで相手は虎の子の大砲を捨てて逃げたんだ?」


 リザの質問に、キングは先ほどの戦闘映像を表示する――敵がこちらに四連装ビームキャノンの砲塔を向ける場面。だが注目すべきはそこではないと別の場所をズームアップ――<パーフェクション>の片足、関節部から吹き上がる火の粉が強調される。


「……故障? でもなんでだ、相手は最新鋭機なんだろ?」

『いいか、『スマートボア』。相手の機体構成アセンブリをよく考えろ。高機動力、高火力、中距離射撃戦を想定した手堅い構成だ。わかるな? ……相手はこういう『蹴り合いなんかまったく想定していない』んだ』


 キング――映像を表示=現在交戦中の二機を並べる/<スクラップフライⅡ>/<パーフェクション>――二機の脚部関節部分がハイライトされる。

 リザの<スクラップフライⅡ>には膝関節を保護するための分厚い装甲板が追加されており/<パーフェクション>に、装甲板は搭載されていなかった。


『理由は簡単さ、リザ。お前の機体は接近戦でのドンパチ仕様、必然的に蹴り技をぶち込んだほうが早い状況が想定されるから、関節保護のために追加装甲がある。

 それに対して<パーフェクション>は中距離射撃戦を想定した高機動タイプだ。

 推力重量比は知ってるな?』

「いや。全然」

『……機動性能の指針となる数値だが、めんどくさいから『重ければ遅く、軽ければ早い』を小難しく説明した言葉と思っとけ。

 相手は接近戦を想定していない。つまり蹴り技をぶち込む状況に備えて装甲を分厚くするより、重量を少しでも軽くして早く動けるほうを優先した機体構造アセンブリなんだ。

 だからさ。『ブルーローズ』はフラッシュミサイルの閃光を受けてロックオン機能がマヒした状態で、あの時最善の行動をとった。リザ、お前の蹴りに蹴りで対抗して凌いで見せたが……わかるだろ。

 あの瞬間、相手は膝関節に爆弾を抱え込んだ』


 リザ――『キングブッカー』の説明を受け、相手の意図/動揺が少しずつ理解できるようになっていく/一度はひび割れた自信の背骨が治っていく感覚=さきほどまで心臓をわしづかみにされたような焦燥感に苛まれていた=しかし同様に相手も苦しかったのだと理解する。

 だが、まだわからない点がある。


「なら……四連装カルテットビームキャノンを捨てたのは?」

『相手の武装の中で最も重量があるのはあの背中の大砲だ。戦闘機動を行えば負荷も増大する。戦ってる最中に膝がへし折れるのを嫌って大砲を捨てたんだろう。

 わかるな、リザ。あの距離ならばお前のほうが上回っていた』


 なるほど、とリザは頷いた。

 機体のステータスをチェック/右腕部は完全に使用不能だ――半端にぶら下がる腕を引きちぎって捨て、予備武装として握っていたショットガンを回収し、腰のハードポイントに回収/低速高機動ミサイル、フラッシュミサイルは残弾は十分/脚部関節に不備はない=相手と違って全力でぶん回しても足がへし折れる心配はないだろう。


「つまり……あたしが優勢ってことでいいんだな?」

『……どーだろなぁ』


 リザ――『キングブッカー』の悩ましげな返答に心の底からいやそうな顔になった。


「ンだよ……! さんざん持ち上げといてなんで急に落とすんだよ!! 相手は四連装カルテットビームキャノンを捨てて火力も減った、足に爆弾だって抱えてる! どうしてそこで不安にさせるんだよ!」

 

 その意見ももっともだが、キングは冷静な顔を崩さない。


『……性能諸元を再確認したが、相手は大砲を捨てたおかげで機動性能の向上、ジェネレーター出力に大幅な余裕が生まれた。

 もともと空中に浮遊しながら高速戦闘さえできるハイスペックなんだ。一撃必殺の威力は確かに失われたが、ビームバズーカが脅威であることは変わりない』


 一拍、間を置く。


『なにより、多大な損害を受けて『ブルーローズ』はお前に対する侮り、慢心の気持ちなど完全に消え失せたはずだ。

 覚えておけ。……どんな戦場でも、手負いが一番怖いぞ』

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