エンディング



『スマートボア』/『ブルーローズ』の二人はアリーナ運営委員会に目の敵にされている。

『キングブッカー』との直前の試合放棄/八百長試合にいきなり真剣勝負シュートを挑んで、そのあとで本性をあらわにした『キングスレイヤー』に敗北――どちらもアリーナの興行に損害を与える内容である。

 安全な場所で安全に稼げるアリーナでの戦いの道は絶たれた――ならば壁の外、命の危険があるバグとの戦場が彼女たちが対価を得る唯一の道であった。



『……バグの先遣部隊を目視で確認』


 味方からの通信を受信――ジャミング装置による電子的索敵に完璧な信頼がおけない状況では、高台で狙撃銃を構える狙撃手の肉眼こそもっとも確実で絶対的に信頼できる索敵となる……リザ/セレンの二人は手慣れた口調で答えた。


『へいへい……んじゃ手順はどーする?』

『長い獲物持ちは『サジ』の<アウトレンジ>にご一任。あとはわたくしとリザの二人で突進、かく乱。それでよいのではなくて?』


 もちろん……規模が縮小したといえバグとの戦争はなおも継続している。

 セレン=『ブルーローズ』はソルミナス・アームズテック社もかばいきれず、社のフラッグ機である<パーフェクション>を駆り、実戦に従事していた。

 

 今回の騒動は兄であるギリー宣伝部長の独断であり、彼女はその煽りを受けた形となる。

 さすがにまるでおとがめなしとはいかず、点数稼ぎのために壁の外での仕事だ。


 カメラアイが収縮――遠方にはバグによって暴走した無人機が幽鬼のようなたたずまいで徘徊している。

 他の都市との物資の流通経路をふさいだり、あるいは数が増えて暴走し、被害が出る前に破壊する戦闘任務――三人はすでに何度もミッションを繰り返し、息がそろいつつある。


『じゃ、あたしは横合いから殴る方向かな。……早いとこ稼いで、セレンへの借金返さねーと』

『あら、気にしてませんのよ? わたくし』


 リザ=『スマートボア』も、また『キングブッカー』との興行で穴を開けて、アリーナの運営委員会に損害を与えた咎で壁の外での間引き任務にあたっている。

 セレンと仲直りをしたそのあと……自ら申し出て、あのクラウドファンディングでセレンが募金に放り込んだ金額の半分を、彼女への負債/借金として少しずつ返す道を選んだ。

 リザがセレンと対等の友人関係でいたいとそう思うなら、貸しは一つも残しておきたくはない。

 

『ん、ぼくは狙撃位置に待機。機会があれば狙っていく』


 そして……女子二人のメンバーに新たに狙撃屋、後衛として参加したのは『サジ』とその乗機<アウトレンジ>となる。

 相手の射程外から敵を撃墜し、また高脅威目標を迅速に沈黙させる手腕は、リザとセレンの二人の目から見ても相当のものであった。

 

『……キングスレイヤーのおっさんも、いい紹介してくれるぜ、たく』


 リザは一人呟いた。

『サジ』は彼女たち二人と違い、アリーナ運営委員会に睨まれている訳ではない。

 しかしリザ『スマートボア』の<スクラップフライⅡ>典型的な突撃屋/セレン『ブルーローズ』の<パーフェクション>高機動を生かした中距離での撃ち合い/そこに新しく入った『サジ』は二人の弱点を見事に補う優れた相棒だ。

 今では彼(彼女?=仲間になってそれなりだがいまだに性別に関しては不詳のまま)抜きでのミッションなど考えられない/背中を見張ってくれる狙撃手の存在は欠かせなかった。

 そこにセレンからの通信が聞こえる。ディスプレイに表示される彼女の顔はどこかムッとしたふくれっ面だった。


『ん、んん。そうは仰いますけど。『サジ』さんが腕前を発揮できるのは、わたくしが背負ってる前線運用のレーダーシステムのおかげでは?!』


<パーフェクション>は現在、高速地対地ミサイルを取り外し、重量不可の低い、仲間と位置情報を共有できる新型のレーダーを積載している。

 高速地対地ミサイルHVGGは戦闘シミュレーションならばともかく実戦で用いれば赤字を垂れ流すバカげた代物で、ソルミナス・アームズテック社から半ば見放された『ブルーローズ』が運用すれば、たちまち赤貧に落ちぶれるだろう。

 企業のフラッグモデルというくびきから放たれ、機動性能を生かしつつ、仲間との連携を取る――実際、パイロットの意向を完璧に反映できる今のほうが戦い易かった。


『へ? ……ああ、まぁそりゃな。レーダー更新速度が速いほうが助かるけど、よ?』


 リザの不可解そうなつぶやきは、なんだか妙に勢い込んで話しかけてくるセレンに、いったい何事? と疑問を抱いただけなのだが。

 そんな疑問に答えを与えるように『サジ』が答える。


『ああ、今のは『スマートボア』がぼくを褒めたから嫉妬の炎をメラメラさせた『ブルーローズ』が拗ねて怒ってるだけ』

『は、はああぁ?! なに、なんですの? いきなりなにを仰ってますのよ??!!』


 相手の発言にセレンがいつものお上品で物腰柔らかな口調を捨てて、全力で慌てふためいた様子の声をあげてくる――『サジ』の言葉が見事に図星だったと証明しているようなもの。


『もちろん二人の仲を裂く気はない』

『つ、つか、あたしとせせ、セレンが付き合ってるとかナイナイ!! いいか、そ、そこんとこ勘違いすんなよ?!』

『う、ううっ……そ、そうです……わよね……わ、わたくしたち、ただの知人ですわよね……』

『そこで元気なくすからあたしらの関係に妙な噂が立つんだよぉーーー?!』


 リザとセレンがぎゃいぎゃいと通信機越しにあわただしい会話を続ける中、『サジ』一人は冷静に答える。


『ぼくはあいにくと二人の関係に興味はないし、百合の間に挟まる気もない』

『ききき、決めつけんなし!!』


 リザの慌てた言葉に、『サジ』は、ふ、と笑った。


『それに……音声データを直接録画するのはマナー違反だけど、『ふたりはこれこれこういう会話をしていたよ』と話すとマッチメイカーのおっさんはその店で一番高いメニューを奢ってくれるんだ』

『わ、わたくしたちのプライバシーで飲み食いするのやめてくださいませんこと?!』


 そんな風に慌てる二人の声に、笑いを抑えていた『サジ』だったが……ふいに重要な言伝を思い出す。


『それから……キングスレイヤーのことなのだけど』


 


 ……今回の一件で、正直一番迷惑をこうむったのは彼だろう。

 アリーナのランク1ともなれば、運営委員会との契約金だけで一財産となる――だが、不動のトップが他のパイロットと戦う機会は意外と少ない。

 かつてのトップランカーであり、現在はランク2となった『マスター』や、ランク3『ミストシャドウ』、ランク4『21アルイー』の戦闘力はそれ以下のパイロットとは隔絶しており、頂点に挑むパイロットはここ数年激減している。

 八百長の専門家だったキングブッカーは、実力はあれども経済的な理由で伸び悩んでいたパイロットの救済でもあり、また実力が花開くきっかけともなっていた。


 だが、真剣勝負シュートを挑まれ、そこでなおも負けたならば、パイロットの決して譲れない部分、己の実力へのプライドを捨てる羽目になる。  


 彼は今、公の場から姿を消している。

 アリーナが受けた一番の痛手は彼が八百長試合をやめたことだろう。ワンマッチで動いていた経済的な効果を思うと……正直セレンが募金箱に放り込んだ金などかわいらしいものだ。


『以前、マスコミに彼が返信していた』

『へぇ。なぁ『サジ』。キングはなんて言ってたんだよ』

『曰く――安心しな、俺が八百長をやらなくなって困るのは全人類であって、俺じゃない――だって。ハハハ』

『それ笑うとこですの?!』


 セレン、キングの発言にどうしたものかと首をひねる。

 彼が有望な若手を上にあげるための指導役を、キングブッカーの立場で行っていたことは知っている。

 暴走機械であるバグとの戦争はいまだ続いており、少しでも腕のいいパイロットはいたほうがいいに決まっているから、彼が八百長試合をやめたのは人類の生存にかかわる問題である。案外冗談と笑えないのであった。

 

『あるいは、あたしらに当てた私信なのかもな。……キングブッカーは最初で最後の真剣勝負を演じて消えたけど、俺は困ってない、気にしてないって』

『かもしれない。……キングスレイヤーから伝言を預かってる』


 え、と思わず聞き返す二人に、『サジ』は告げた。


『――――上がってこい。頂点で待っている――――だってさ』


 そうか、とリザはかすれるような囁きをこぼし、セレンは静かにうなずいた。

 

『……では、始めましょう。わたくしは正面から』

『あたしは背中を見せずに背後から』

『ぼくは君らを狙うやつを狙う』


 ランク1。

 化け物揃いの上位ランカーの頂に君臨する真正の怪物。

 リザは一度『キングブッカー』と戦い、ただ一度の劇的な勝利を掴むために幾度も敗北し、その強さは骨身にしみている。

 セレンは本性を現した『キングスレイヤー』と乗機<クラウンズ>と戦い、つけ入る隙の無い完璧な強さに圧倒された。


 いったいどれだけの研鑽を積めばあそこに届くだろうか。

 ただ、リザはキングスレイヤーに恩がある。彼が背を押してくれなければ、セレンとの関係はいまだ冷え切っていたままで、友情を回復するための一歩は踏み出せなかっただろう。

 セレンもキングスレイヤーが、あの真剣勝負シュートでひそやかに手心を加えていたことを理解していた。通常兵器を用いたままでも<パーフェクション>を完封して倒せるはずだったのに、<クラウンズ>に搭載されていた実験兵器『ニンバスキャノン』を用いたため、『あのランク1に奥の手を使わせた』という評価を得ている。

 どうすれば報恩できるだろうか、と考える心は……戦闘時刻が近づくことを知らせるアラームによって掻き消えた。


 今はただ、戦って勝ち残るのみ。


『システム、戦闘モード起動します』


 戦闘AIの無機質な起動音を聞きながら操縦グリップを握りしめる。視線を動かし、ロックオンシステムが瞳孔の動きに追従している――今日も愛機は自分の操縦に完璧に答えてくれるだろう。

 この戦いの行きつく果てに、あの男との再戦がある。


 三人はブーストペダルを全力で踏み込んだ。


 戦闘開始。

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キングブッカーのシュート 八針来夏 @hatti-8

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