19:ランク1

 背中に氷柱を差し込まれたような恐怖感の中で、しかしセレン=『ブルーローズ』はかろうじて正気を保っていた。

 

「ギリー宣伝部長……何を呆けたままでいらっしゃるの、早く戦闘の準備を!」


 今まで下だと見做していた妹の怒りのこもった叱責/命令に、反射的に腹立ちの声があがる。


『何を……か、勝てるものか?! 相手はランク1、『キングスレイヤー』とその乗機<クラウンズ>だぞ?! この世の王とも言うべき企業体の一つをほぼ独力で滅ぼし30年アリーナのトップランカーだった『マスター』を倒した真正の怪物だぞ……!』

「それでも、負け方というものがあるでしょうに!!

 自分たちから挑んだ真剣勝負シュートで負けるなど、もうただの恥さらしでしょう! 腹を決めなさいな、お兄様!」


 それに――とセレンにはわずかな勝ち筋が残されている。

 相手はランク1『キングスレイヤー』と乗機<クラウンズ>――パイロットの能力/機体の性能差>そのすべては確実に自分より上だろう。

 しかし、<パーフェクション>には多大な重量不可と引き換えに、必殺の威力を備えた高速地対地ミサイルHVGGを搭載している。


「……前回のリザとの戦いでははずれを引きましたわ……なら、今度は良い引きが来るに違いありません!」


 今回の暴挙をごまかすには勝つしかない――セレンが自分の持つ手札の中で一番勝利の公算が高いのは、戦闘開始とともにミサイルの一斉発射を用いて撃破し、相手をそもそも勝負の土俵に上げさせないことだ。

 その条件が整うには、ランダムに設定される戦闘フィールドで、射線の開けた場所が引き当てられる必要がある。

 その祈りが届いたのか……選択された戦闘フィールドは――『砂漠に呑まれた廃棄都市』だった。




「リザもお前も引きがよくないか、なぁ? 『ブルーローズ』」


『キングスレイヤー』は選択された戦闘フィールドを前に感心したような声をあげた。

 リザの試合のアドバイザーとして前の賭け試合に参加したため、相手の性能諸元は頭に入っている――相手がこちらに勝とうとするならば、高速地対地ミサイルHVGGによる先制発見、先制撃破ファストルック・ファストキルしかないということに。

 ……いや、<パーフェクション>は良い機体だ。スペックを限界まで引き出せることができたなら、この<クラウンズ>を撃墜できるかもしれないが……やはり先にも言った通り、まだ『早すぎる』。


『砂漠に呑まれた廃棄都市』は、相手にとって最善、とは言わずとも次善ぐらいにはいい地形だ。

 眼前には砂丘が広がっており、時折砂にのまれ損ねたビルが見え隠れしている。大きな遮蔽物は存在せず、空中へと飛翔すれば簡単に射線を取れるだろう。


 なんてことを考えたそばからロックオン警告。


「さて。……どの程度持つ?」


 基本性能が企業産の拡張骨格オーぐメントフレームとは一線を画すかつての愛機<クラウンズ>――『強すぎてつまんね』と長年放置し続けてきたせいか、中量級機体であるにも関わらず軽量級以上の高速度を感じると、違和感を覚えてしまう。

 右腕に構えるアサルトライフル=敵機から照射される攻撃照準波へと向け、精密射用のスコープを覗いた。

<パーフェクション>が後背から膨大な推進炎を吐き出し、空中を飛翔している。

 キングは己の霊感に導かれるままに、引き金を引いた。




「頭上を取った……!」


 勝利を得るには薄氷を踏むしかない――セレンはほんのわずかな勝利の可能性を物にするために、持ちうる戦闘リソースのすべてを初撃に賭け=見事に勝利に指を届かせる。

 重量のある高速地対地ミサイルHVGGを抱えたまま空戦機動を行うために初手からV=MAXスイッチを起動。

 設計限界速度を引き出した愛機は強烈な加速Gでセレンの肉体を操縦席に押し付ける――全身を綿のように重くする疲労感と引き換えに、絶好の射撃位置をとった。


 ロックオン完了――発射可能を意味するアイコンを確認するが早いか、セレンはガントリガーを幾度も引き絞る。

 同時発射可能数四発=その上限いっぱいまで連続発射。

 一撃でも拡張骨格オーグメントフレームを撃墜しうる超高性能ミサイル×4は後方より推進炎を引きながら一直線に伸び――る、前に。


「なんで……すって?!」


 発射のため開放されるミサイルカバー/超高速ロケットモーター点火イグニッション/弾頭が空中へと吐き出されようとした瞬間、至近距離で引き起こされる大爆発――セレンの脳髄に意味が染み渡る前に、返礼とばかりにミサイルのロックオン警告が鳴り響く。

<クラウンズ>の両肩より発射される二発のミサイル――パイロットのセレンは呆然としながらも、肉体に染み付いた回避機動を開始。

 敵ミサイルは彼女の回避に追従するような追尾機動を開始=同時にミサイルカバーが開放され、内蔵された小型ミサイル×8発×2

計16発の小型飛翔体が殺到する。



 回避しきれない――そう考えた瞬間、セレンは自分の意識が三秒ほど前に巻き戻っていることに気づいた。



「なら……!」


 謎の爆発によって砕けたミサイルの残存パーツはただの死重量デッドウェイト/ミサイルを即座に破棄。

 加速していた機体を強引に急制動――未来位置予測に従って誘導されていた小型ミサイルは相手の予想外の切り返しに位置を消失=そのまま地面へと爆炎の花を咲かせ、空中に砂を撒く。

 セレンは以前のリザとの闘いで、自分がアセンション能力に覚醒したという自覚があった。

 窮地に陥った際、自分の数秒前の未来を垣間見る能力。その力があったからこそ今の一撃を回避できた。


『で、ここからどうする?』


 オープン回線で響いてくる敵パイロットの声に……セレンは何も言い返すことはない。レーダーの精度をあげながら……背筋を這いあがる敗北の予感に焦りが募るばかりだった。


 状況の推測はできる。

 ミサイル発射の瞬間、飛び込んできた敵の弾丸がHVGGの弾頭部を貫通=連鎖的誘爆を引き起こした。

 もしこれが、運動エネルギーで敵を破壊するタイプではなく、炸薬による爆発の衝撃/破片効果で対象を破壊するタイプであれば、もう一巻の終わりだったはずだ。


 先ほどの、あのミサイル迎撃能力はいったい何なのだろう?

 高速地対地ミサイルの速度はレールガンに迫る超高速。目で見て反応できるような代物ではない。いくらパイロットがアセンション粒子に適合し、超人的な身体能力や感覚を有しているとはいえ、あの超高速を狙って撃ち落とせるはずがない。


 何かトリックがあるはずだ。


『今考え込んでるようだから言っておくが、俺のアセンション能力はコピーだ。正式な名称は教導機アグレッサーという』

「は?」


 セレン――今まさに欲しくて仕方のない情報をあっさりと開示する敵。

 

『俺とリザ……『スマートボア』の興行をやる前に戦っていたパイロットは知っているな。『サジ』……狙撃型の拡張骨格オーグメントフレーム、『アウトレンジ』を操る彼……あ、いや、彼女だったか? いまいちどっちかわからんかったんだが。

 あの時の神業じみた狙撃、知ってるだろ?』


 周りの観客たちは、シールドからわずかに除く隙間を射抜いて頭部を吹っ飛ばした神業を見て大喜びだった。

 だが……パイロットたちは違う。

 いくら事前に試合の台本ブックを組んでいても、高速度で戦闘を繰り返しながら銃撃し合う拡張骨格オーグメントフレームの脳天を正確に射抜くなどという神業は不可能だ。

 あれは純粋に、『サジ』の射撃のセンスが神がかっているからだ――だが。


「あの狙撃は、アセンション能力の発露だったと?」

『察しがいいな。……正確には『スコープに収まる狙った場所をぶち抜く』能力だよ』

「それをコピーしたとでも……? 馬鹿な……そんな強大な能力は」


 で、あれば説明はつく。

 高速で飛行する拡張骨格オーグメントフレームの、芥子粒ほどにも小さな弾頭部を狙って狙撃するなど、どれほど優れた射手であろうと不可能――だが、『必ず当てる』という能力ならば不可能ではない。


『ああ、もちろん理由はあるんだが……』


 なに? といぶかしんだセレンは、レーダー上に出現する反応に気づいた。

 拡張骨格オーグメントフレームではない=ミサイル弾頭×4/垂直上昇を始めたそれらは、<パーフェクション>の頭上まで飛び上がる/即座に地上へと落下しながら、分解×4=計32発の内蔵されたマイクロミサイルが降り注ぐ。


「こんな無誘導弾に!」


 セレン――判断は的確=先ほどの会話はミサイルの弾道コースを手動入力する際の時間を稼ぐため/こちらをロックオンしていない、乱射乱撃の爆撃などただの闇雲なだけの攻撃だ。

 それらのミサイル弾頭は砂漠へと弾着し、周囲に砂塵をまき散らすだけの結果となる。

 敵はどこだ――敵はすでにミサイルの発射位置から移動を終えているだろう=<パーフェクション>の高度な索敵機能は敵影を探し始める=だが、見つからない。

 どこに隠れた? アリーナの戦いではあまりに積極性に欠ける戦いをしたものはペナルティの対象となる=それが、ランク1『キングスレイヤー』ともなれば、消極的戦いで被る不名誉はセレンの比ではない。

 仕掛けてくるはず。


『こういうのは、忍法砂塵隠れってんだよ』


 ロックオン警告=今まで沈黙を続けていたレーダーシステムが突然の敵接近を訴えてくる――どうして反応がなかったのか、と怒鳴る暇もなく対応するため<パーフェクション>は旋回する。

 空中に巻き上げられた砂塵に含まれる砂鉄類がレーダージャミングとして作用したのだ=そう推論するもすでに手遅れ。

<クラウンズ>の左腕外側に装備されたレーザーブレードの発振器から光の大長剣が伸び、後退して回避行動をとる<パーフェクション>のアサルトライフル/ビームバズーカをもろともに両断してのける。


「……!」

『じゃあな』


 返す刃で振るわれたレーザーブレードが今度は胴体を貫通し……。




 また、時間がまき戻っている。




『こういうのは、』

「……!!」


 今、垣間見た未来を避けるべく機体の両腕を全力で上に持ち上げる。


『忍法砂塵隠れってんだよ……お?』

「こ、のっ!!」


 ズォン!! 空気を灼熱化させ、触れえるすべてを溶断する光の魔剣=一閃。

 敵の両腕を薙ぎ払うように振るわれた光の斬撃を間一髪で回避/返礼とばかりにアサルトライフルが火を噴く――<クラウンズ>の装甲に弾着=火花が散る。

 

『今お前、面白い避け方したな?』


 セレンは無言のままトリガーを引き絞る=必殺の威力を誇るビームバズーカが強烈なエネルギーの槍を解き放った。

 ソルミナス・アームズテック社謹製の大威力兵器の一撃――直撃コース。

 だが<クラウンズ>はレーザーブレードをまるでゆらめく炎のように変質させ、それを用いてこちらの一撃を受け止めて見せる。


「なん、ですのっ?!」


 強烈なエネルギー同士が干渉し合い、装甲を貫通するはずの強烈な熱エネルギーは矛先をそらされて四方に散らばるのみだ。


「レーザーブレードの集束率をあえて下げて、生成したエネルギーフィールドでこちらのビームバズーカを受け止めた?! そんな避け方……!!」

『俺からすればお前の妙な反応の良さのほうがよっぽど不思議なんだがな? 

 ……『ブルーローズ』。お前、俺が行動を起こすより先に、答えを知ってたかのような最善手を打ったな?

 俺の攻撃を読んだ? 殺意の射線が見えた? 未来予知? ……そういうアセンション能力か』

「そうと分かったところで、ここはわたくしの距離よ!」


 見抜かれている=相手は『未来予知』のアセンション能力に気づきつつある。

 だが、それが分かったところでなんだ。

 相手はこちらのビームバズーカに対して防御行動を取った/それはこちらの攻撃が危険で、的確に守る必要がある裏返し――当たれば、効くのだ!

 <パーフェクション>=横方向に回避行動を取りながら射撃戦を展開――<クラウンズ>は大推力に任せて回避行動を開始する。

 

「……いける!」


 単純な計算だ――敵機=右腕武装/可変銃ヴァリアブルライフル/左腕武装=レーザーブレード――中距離戦では可変銃ヴァリアブルライフルしか有効ではない。

 対してこちらは右腕武装=アサルトライフル/左腕武装=ビームバズーカ。

 ダメージレースではこちらのほうが上だ。


『……お前のアセンション能力が未来予知の系統だったとしても……そのわりには俺の回避行動を先読みするような射撃はなし。

 ……ああ、自分自身の危険や窮地でしか作動しないタイプか? あり得るな。覚醒したとすれば、『スマートボア』との勝負だろうし、まだ完全に使いこなせんのか』

「わたくしたちは戦いをしているのよ!! 悠長に論評するな!!」

『違う、これはただの……余裕だ』


 セレンは相手が散発的な射撃をくりかえしてばかりで、本腰を入れて反撃をしてこない相手に対し苛立ちをぶつけた。

 わかっている――優勢に見えてはいる/しかし、相手の両肩に内蔵されたミサイルは火を噴かず/機体後背に背負う光輪ニンバスユニットは不気味な沈黙を続けている=あのランク1『キングスレイヤー』がそこで無駄な装備を載せているなどあり得ない。


『中距離戦での距離を保った撃ち合いか。教科書のお手本通りの戦術だが……まぁ、いい。

 リクエスト通り、シンプルな撃ち合いをしよう』


<クラウンズ>の構える可変銃ヴァリアブルライフルが変形を開始――暴走した無人兵器バグの工場で押収され、いまだに人類が複製しきれていないワンオフの武装が、質量保存の法則に真っ向から逆らうような膨張と精密な変形を開始する。

 平均的なアサルトライフルの銃身が、先端にいくつも銃口を並べた異形の巨大銃へと変貌を遂げていく。


「オ……オート……キャノン! そんな、馬鹿な……?! タンクでもなけば扱えないはず……!」

『ところがどっこい……試してみようか』

 

<クラウンズ>は両腕で巨銃を構える。

 このクラスの巨大銃器の激烈な反動を制御する手段――二脚機ならば膝をつき、姿勢を安定させる狙撃姿勢のみ。

 だが……どういうトリックを用いているのか、<クラウンズ>は滑らかな移動を行いながら、機関砲弾をばらまいてくる。


「く……?! どういう?!」


 雨あられの機関砲弾を懸命に回避しながら反撃を繰り出す――しかし、アサルトライフルの弾丸は<クラウンズ>の正面位置に接近するにつれ、運動キネティックエネルギーの減衰現象に合い……目に見えぬ盾に食い止められたように地面へと落ちていく。

 正面からの撃ち合いを想定して、銃身にバリアシステムを搭載したタイプの銃だ。


『敵は機体正面位置に強力な電磁装甲ヴォルテックスシールドを形成。側面からの攻撃を推奨』


 戦闘支援AIの無機質な声が響く――セレンは罵声を飲み込んだ。そんな教科書通りの対処法が通じる相手ならば苦労はしない。

 戦いが始まる前は遮蔽物の少ないだだっ広い戦場であればあるほどにいい/しかしいざ蓋を開けてみれば、砂漠に埋もれた廃棄都市の遮蔽物の存在がひたすらにありがたかった。


 呼吸を整える――ギリー宣伝部長の誘いにのって馬鹿な勝負を挑んだ/勝ち目はあるのだろうか。

 

「どうすればいい、どうすれば」


 高速地対地ミサイルは凌がれた=一番頼みにしていた最新鋭兵器は無力化。

 未来予知を行うアセンション能力も通じない=それどころか、こちらの手の内を洞察しつつある。

 最も得意であるはずの中距離射撃戦も撃ち負ける――すべての面で上を行かれている/勝ち筋が見いだせない。



『お前の戦闘ログは確認させてもらった。……<ルーキースレイヤー>を完封するところといい、もう少しやれると思っていたが。

 あまりいいコンデションじゃないようだな』

「……そういうあなたは獲物を前に舌なめずり? 三流のやることをっ!」


 通信を受け、皮肉気な気分で刺々しく答える――『キングスレイヤー』がその気になれば、すぐさまこちらに追いすがり、トドメをさせるはずだ。セレンの舌鋒を受け、しかし気分を悪くもせずに相手は答える。


『募金箱にいくらぶっこんだ?』

「え?」

『リザとの仲違いの事情を話してやろうってんだ。その前に確認しなきゃならん。……いくらぶっこんだ?』


 セレンは言葉の意味が分からず首を傾げる。

 募金したのは本当/それなりにまとまった額を入金したのも本当――だが、それが今必要な話なのだろうか?

 とはいえ隠すほどの話でもない。セレンは困惑しながらも、正確な金額を答えた。


 それを聞くと……キングはしばしの沈黙の後、呆れと困惑の入り混じった嘆息をこぼした。


『お前は、悪くない』

「え?」

『しいて言うなら、時代が悪かったんだ』

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