18:first&last shoot



『さぁ……始まりましたランカーバトル。今回は『スマートボア』とその乗機<スクラップフライⅡ>は突然の棄権。

 代わりに『キングブッカー』と相対するのは新人最速で『ルーキースレイヤー』を下しランキング急上昇中のパイロット『ブルーローズ』!

 最新鋭兵器で身を固めたスーパーエリートを前に、『キングブッカー』とその乗機<デッドロール140世>はどのような負け姿をさらすのか!』


 司会進行のアナウンスを操縦席の中で聞く――いつもなら『うっせぇ!! いつもいつも負ける前提で話しやがってよぉ~~?! 今日こそ俺様の新たな快進撃が始まるんだぜぇ!』と叫び返すところだが――今回ばかりはキング=『キングブッカー』も言葉に力が入らない。

 丹念な準備を重ね、演出を考えてきた……そのすべてが徒労に終わる失望は言葉にはしがたい。

 機体構成アセンブリも適当の極み=以前リザとの練習で設計した重火力のタンク型をそのまま持ってきている。

 さっさと片付けてさっさと終わらせよう……そう考えていた時だった。


『それでは、今回の戦闘フィールド決定ですが……おや? ……こ、これは』


 仮想戦闘空間はランダムな抽選で決定される――ただし八百長の専門家『キングブッカー』だけは事前に設定していた場所が選ばれるように仕組まれていた。

 だが、今回はそうではない。適当な場所で適当に戦う、そう判断していたが……司会の困惑した声にキングは首を傾げて確認した。

 敵の拡張骨格オーグメントフレームがアサルトライフルを脚部に固定して手を開け。



 

 その指で拳銃の形を作り、こちらへと向けている。





『な……なんとこれは意外、これは掟破り!! 

 真剣勝負シュートを申し込まれているぅぅ!!』


 これまで『キングブッカー』の試合は八百長と誰もが知ってはいたが、口にはしなかった。

 なぜなら真剣勝負シュートを挑まれるということは、これが台本ブックのある八百長試合であるという暴露でもあるからだ。

 これまでのキングブッカーの戦歴が、真剣なものでなかったと白日に晒す最悪の違反行為だ。


 だが、もう取り消せない。

 大衆の面前で真剣勝負を挑まれ、これを拒んでしまってはパイロットの面目を失う。キング=通信を入れてきたマッチメイカーに視線を向けた。


「おう、マッチメイカー。……その顔色を見ればあんたの仕込みではなさそうだな」

『誰が真剣勝負などさせますか!! ……ギリー宣伝部長の独断でしょう、ソルミナス・アームズテック社の上に問いただしたいところですが……』

「抜かせ。……もう手遅れだ。受けるしかない」


 キングは冷ややかなため息を吐きながら、スイッチを入れる。

 自分の動作や言動をリアルタイムで加工し、『キングブッカー』という一流のやられ役を演出するシステムをすべてカット。同時に機体構成アセンブリを八百長試合用に設定されたものではなく――自分が生死のかかった真剣勝負に用いる本来の愛機を呼び出す。

 冷ややかな怒り=長年積み上げてきたキングブッカーというキャラクターを破棄しなければならない残念な気持ち/同時にアリーナ運営委員会と手を切る好機が訪れたことへの安堵。


「わりぃな『マスター』。どうやらキングブッカーの命は、ここまでのようだ」


 相反する感情の中でキングは声を発した。


「馬鹿が」


 吐き捨てるとともに、キングは本来の愛機を呼び出す。



  









『馬鹿が』




<パーフェクション>の中に響き渡る敵パイロットの音声/セレン=『ブルーローズ』は胃袋がすくみ上るような感覚を覚えた。

 以前出会った時とは違う/相手から発されるむき出しの冷酷と冷ややかな軽侮が全身を突き刺す。

 

『おい、『ブルーローズ』! バイタルに動揺が見られるぞ、あんな八百長男に何をブルっている!』


 セレン=命令するだけの男は気楽なものだ、と内心嘆息していたが、おくびにも出さない。

 目の前でデータ変換の光に呑まれ、違う機体構成アセンブリを呼び出している<デッドロール140世>から目が離せないでいた。


「重ねて問いますけど……本当によろしかったのですわね?」

『はっ、あたりまえだ! 奴は八百長の専門家だが、現在のアリーナランキング上位のかなりの数を苦戦させたという実績もある!

 今はランキングの上にいる怪物たちを、雛鳥の頃とはいえ苦戦させたのだ、そんなやつを真剣勝負で軽く一蹴すればいい!

 それに何より……メディアに触れる機会の多い『キングブッカー』を真剣勝負シュートで敗ればバッシングや炎上もあるだろう! だがそれがどうした、大勢の目に触れるという点では変わりないわっ!』


 ギリー宣伝部長の言葉に感心できないものは覚えつつも、セレンは彼の命令を拒絶することはなかった。

 彼に対して逆恨みを抱いている自覚はある/リザとの会話の中で幾度か『キングブッカー』の実力を賞賛する言葉は何度か聞いた/その都度、親友の関心を占める男に、向けるべきではない理不尽な嫉妬を抱いた。

 今回の一件でリザが試合を放棄し、自分とのかかわりを断ち切った原因が『キングブッカー』ではないかという身勝手な推論もまだ消えていない。

 あまり褒められたものではない。

 何もなければセレンは相手との八百長試合をなんら問題もなく片付けただろう。

 だが、ギリー宣伝部長からけしかけられたならためらう理由はなかった。キングブッカーを真剣勝負で倒す=子供じみた八つ当たりに上司が正当性を与えてくれただけだ。

 ふいに響くコール音/相手からの通信要請=ONにする――目の前にはキングブッカーの偽装を取りやめた青年が、物騒な眼差しを向けてくる。


『理由を聞こうか、『ブルーローズ』。……いや、ギリー宣伝部長』

「おや? ……どうして私だとお分かりに?」


 にやついた表情を浮かべるギリーに対して、キングは静かな……導火線を思わせる表情で言葉を続ける。


『長年ソルミナス・アームズテックのお人形として育てられた娘に、ここで真剣勝負シュートをやるような自主性があるとも思えん。となれば、彼女の近くにいて影響を及ぼしそうなのは、あんたぐらいだ。……一度、『スマートボア』との勝負に割り込もうとした悪い実績もあるしな。

 ……なぜ、こんなバカな真似をした?』

「もちろん、宣伝のためですとも」


 ほぅ、とキングの眼差しがなおも冷ややかさを増す。


『俺との試合で勝つ。それだけでは飽き足らないと?』

「あなたの経歴は調べていますとも、キングブッカー。ある日、アリーナが特例として招集した八百長専門のパイロット。

 私からすれば、どうしてあなたを真剣勝負という形で誰も倒さなかったのか」

『……所詮パイロットをやったことのない人間の戯言か。俺と立ち会えば一目でわかるだろうに』

「はっ」


 ギリー宣伝部長は笑った――聞いている人間すべてが理解できるような=明確な、あざけりの笑いだった。

 

「馬鹿を抜かせ、八百長の専門家風情が! 決まり切った手順でなければ戦うことさえできない男め!」


 二人の会話を横で聞いていたセレンは口を挟みはしない――だがギリー宣伝部長が『パイロットをやったことのない人間』という意見には賛成だった。

 今も、セレンは現在進行形で……自分が虎の尾を踏んだかのような危機感を抱え込んでいる。


『本来の予定通りにしていれば、見せ場を作って花を持たせたうえで勝たせてやれたものを』


 セレンは今自分の中で不安がどうしようもなくこみあげてくるのを自覚した。

 目の前の相手=軽侮すべき八百長試合の専門家――であるにもかかわらず、全力でこの場から逃げ出したいような激しい危機感を感じている。

 敵機<デッドロール140世>の全身は光に包まれ、アリーナの戦闘シミュレーターの中で、まったく別の機体が組み立てられていく。

 キングの目が、セレンを見据えた――そこには真剣勝負を挑んでくるぶしつけな対戦相手に対する怒りではなく、いたわり/罪悪感が渦巻いている。


『すまんな』

「え?」

『お前さんは腕のいいパイロットであると思っている。いずれアリーナの上位ランカーにも食い込めるだろう実力と才能だ。

 だからこそ……惜しい。アリーナの運営委員会は、今回のお前たちの掟破りを決して許しはしないだろう。……いつか俺に挑んだかもしれないあんたの可能性が失われることが……返す返すも、残念だ』

「なにを……わけのわからんことを言ってる! 貴様のような三流の八百長屋が、<パーフェクション>に勝てると思ってるのか?」

『吐いた唾は飲み込めんぞ』



 再構成の光が消失――中から深い闇のような塗装の機体が姿を現した=中量級二脚/触れえるすべてを斬殺するような鋭角的なシルエット/中央に突き立つブレードアンテナと複眼を備えた頭部ユニット/すべてが各企業の最新鋭パーツで形成された拡張骨格オーグメントフレームの完成形。

 右腕武装=インプットされたすべての実弾銃に変形可能な可変銃ヴァリアブルライフル/大出力の光剣を形成し、あらゆる装甲を溶断するレーザーブレード/両肩部に搭載された多弾頭ミサイルユニット/後背部に背負うのは――円環状の正体不明な光輪ニンバスユニット。

 見覚えのある機体……アリーナに在籍するパイロットであるならばいつか挑む事を夢見る相手/全戦全勝の前人未踏の記録を打ち立てた真正の怪物/バグより回収された再現不能のパーツで構成されたワンオフ機。


 そして何より肩に刻まれたエンブレムは『王冠を被った道化師』。

 

真剣勝負シュートか。お前が俺の前に立つには早すぎるが、望まれたならば仕方ない』


 ひっ、と冷ややかな憎悪の言葉に、通信を聞いていたギリー宣伝部長の息をのむ音がする。


『……ば、馬鹿な……そんな馬鹿な……ありえない! その機体構成アセンブリは――ランク1! 王冠を被った道化師のエンブレム……<クラウンズ>!! ど、どうやって盗んだ?!』

『はは、はははははは』


 キングは笑った――相手の不出来な理解力を嘲る静かな哄笑が響き渡る。


『事此処に至って、まだ俺の正体に気づかんのか?

 パイロットの名刺代わりでもあるエンブレムの偽装は絶対に許されない。

 俺が、そうだ。

 ここにいるのはランク1、『キングスレイヤー』だ』


 ギリー宣伝部長の顔色は青色を通り越し、土気色となっている。

 自分たちソルミナス・アームズテック社にとって最大の宣伝材料となるはずだった『キングブッカー』との戦いは……自分たちの破滅を告げる災いの始まりと化した。


『さぁ、始めようか。キングブッカーの最初で最後の真剣勝負first&last shootを』



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