21:夢をお恵みあそばす
『経済感覚が
……『ブルーローズ』。君が、募金箱にぶっこんだ金はどこから?』
「? ……わたくしがパイロットとして得た報酬と、家族から自由にしてよいと渡されたお金。それらを株式運用で増やしたものです。
何らあやしいお金ではありませんわよ」
セレンの言葉に、通信機から聞こえるキングの声は、はしばしの沈黙の後で答えた。
『確かに。何もあやしくはなかろうさ。……ただ一つだけ言っておこう。
その金額は四級市民が生涯働き詰めで得られる収入の数十倍もの大金だ』
「え?」
意味が分からない――セレンの不思議そうな声は、童女のようにあどけない/まるで世間知らずの小娘のような、無知の響きに彩られていた。
『パイロットにとってもなかなか得られる金額じゃない。トップや上位ランカーは下手な企業人より収入はあるが、中堅ランクではなかなか得られるもんでもないさ。
いいか、『ブルーローズ』。募金箱を満たすほどの大金は……『スマートボア』、リザが、生涯を賭けて成し遂げるつもりだった大難事なんだ。少なくとも彼女は……金持ちの友達が恵んでくれることを期待していたわけじゃない』
セレンは、ぶるりと震えた/知らず知らずのうちに犯した罪が、背筋を這いあがってくる。
『我が身に置き換えて考えてみろ、セレン。人生を賭けた目標の達成を他人に恵んでもらう……相手を乞食に貶めるような最悪の行為ではないのか』
良かれと思ってやった=その気持ちに間違いはない。
リザも自分の人生の目的を他人に叶えてもらおうなんて考えもしなかっただろう。彼女はセレンの対等の友人で、自分の夢を教えてくれただけだ。
セレンは彼女の夢を叶える手助けをしようとしただけだ……悪気は、なかった。
「わ……わたくしは……そんなつもりはッ!!」
『……なぁ、『ブルーローズ』。君、さ。しばらくリザと一緒に遊んでいた時期があったな。なんか感覚のずれを感じなかったか?』
それは一度、ある。
リザと一緒に彼女がよく扱うハンバーガーショップに足を運んで同じものを食べた――特に不満も漏らさず、うまいうまいとぺろりと平らげる彼女/それに対して自分は、ビーフのあまりの脂っこさや、みずみずしさに欠けた野菜の味わいに、ほんとは吐き出したくなったりした。
手を付けなかったセレンの分を食べるリザに対して、嫌いになることはなかった。
舌に関しては合わないと思いはした。
でも、友達だから、そんな感覚の差など乗り越えられると思っていた――なのに。
『君のやったことは、間違いではない。
いや、掛値なしに正しいことさ、ほんとにな。
おかげでリザの目的だった、子供が夜安全に生活できる環境は完成した。もうこれで
立派なことである。君が知らず知らず踏みにじった友人の心を除いて。……大勢の子供を救ってくれた感謝の気持ちと、夢を小遣い金で叶えられた憤りとの板挟みになって、リザは君に本心をぶつけることができなかった。
ああ。
前に、言ったろう?
……君は、だいたい6割ぐらいしか悪くないよ』
「ああっ?!」
次の瞬間だった――強烈な振動がセレンの操縦席を激しく揺さぶり……全天周囲モニターが一斉にブラックアウト。
機体が戦闘不可能なまでの損害を受けた時にしか発生しない『撃墜判定』の光景に、セレンは目を白黒させる。呆然としたまま起き上がれない彼女に声が響いた。
『お話に付き合ってくれてありがとう。おかげで楽に……君を始末できた。
俺の<クラウンズ>の後背に背負っていた
胴体に、加速粒子を発射する大砲を搭載していたんだよ。あとは遮蔽物に隠れて安心してるところを遮蔽物ごとズドン、と一発ってわけだ。簡単だろ?』
セレンにとっては、『キングスレイヤー』との会話は絶対に聞き逃せないものだった。
だが、それさえも撒き餌/会話に意識を割いている間に位置を補足し、遮蔽物に隠れているから安心だと思っていた自分を大砲で消し飛ばした――卑怯臭い/だが、負けは負けだ。
「ちが、う!」
時間がまき戻っている。
無意識のうちに発動しているアセンション能力によって、セレンの意識はまた数秒前に巻き戻っていた。
制止させていた機体をたたき起こすように乱雑に推力ペダルを踏みこむ――<パーフェクション>は跳ね飛ばされたような急加速で咄嗟に空中へと退避する――その軌道を追いかけるように、強大なビーム光が建物を貫通し、粉砕する。
わずかでも退避が遅れれば一撃で撃沈されただろう=実際に、今見たところだ。
『先ほどまでお昼寝しているかと疑うほどに無防備だったが、ガントリガーに指をかけた瞬間良い反応しやがるぜ』
<クラウンズ>の形状が大きく変化している。
背中に背負うだけだった
両腕で保持し、銃身周囲の
セレンは反射的に武装を切り替える――<パーフェクション>の持つ最大火力である、
回避機動を行う暇はない――無理やりな急加速でジェネレータの余剰出力の回復を待つ暇がない/攻撃で相手のチャージを阻止するしか手はなかった。
「それだけ銃身が大きいなら狙えますでしょ!!」
一列に並んだ四つの砲門から一斉に破壊的ビームの光槍が伸び、<クラウンズ>に直撃――する瞬間、まるで見えない壁にぶつかったかのようにねじれ、ゆがみ、あさっての方向へと弾き飛ばされる。
「ビームが……曲がるっ……?!」
『アセンション粒子加速器の周囲は強大なエネルギーの渦だ。生中な出力で突破できると思うな』
回避するすべはもう彼女にはない。
『逃げより撃つことを選んだな。それでいい、きさまは確かにパイロットだ』
粒子加速器内で充填された、激烈な破壊的エネルギーの本流が<パーフェクション>の全体を飲み込んで粉砕する。
操縦席を揺るがす振動/次々とレッドアウト/ブラックアウトしていくモニター群=最後に映し出される[you lost]のあまり見たくない不名誉な表示に、セレンは俯くと長々ため息を吐いた。
全身を虚脱感に苛まれながらセレンはシミュレーターの操縦席から身を起こし……周りが大変な喧騒にあると気づいた。
兄であり上司であるギリー宣伝部長はアリーナの運営委員の腕章をつけた警備員にねじ伏せられ、その前に佇むマッチメイカーに気づく。
「馬鹿なことをなさいましたな、宣伝部長どの」
「ど、どうして……どうしてパイロット同士の戦いに運営委員会が姿を現す?! ……お、おい、セレン! この役立たず、助けないか!!」
と、言われても。
アセンション粒子に適合し、常人とは次元の違う戦闘力を持つのがパイロットだが……アリーナの運営委員が持つ権力を個人の戦闘力で覆せるはずがない。銃を油断なく構える警備員たちにセレンはおとなしく両手をあげた。
ギリー宣伝部長=恨みがましげにマッチメイカーを睨む。
「なんで運営委員が出てくるのだ、確かに掟破りの真剣勝負を仕掛けはしたが……」
「……『キングブッカー』は、元トップランカーの『マスター』が提唱した、パイロットの援助システムなのですよ。
彼はパイロットの長所を見出し、相手の能力を引き出す『
八百長の専門家という仕事をしていたのも、いつか自分を打倒しうるパイロットを育てるためでした」
「な、なら……八百長を続ければよかったのだ!! おとなしく真剣勝負を挑まれたうえで負けていればよかろう!!」
無茶苦茶で返答になってない相手の言い分に、マッチメイカーは顔を顰める。
「過去のプロレスには観客を盛り上げるため、やらせの真剣勝負もありましたが。根回し無しではねぇ。
……それになにより、パイロットは生死のかかった戦いを潜り抜けた猛者です。そんな人間が、『真剣勝負で負ける』というのがどれだけ屈辱的かお分かりになりませんか?
「……やつらは戦うしか能のないクズだ!
「……それが本音ですか。パイロットの心に沿えなかったからこそ、あんな
……もういい、連れていけ」
彼が顎をしゃくれば、ギリー宣伝部長は警備員たちに引き立てられていく。
セレンは困り果てたような気分でその背を見送る/長年自分を支配していた一族の兄/彼のいう事を聞くようにとしつけられた相手が惨めな負け犬となって連れていかれる様に、セレンはなんとも言えない虚脱感を覚えた。
自分を政略結婚の駒にしようとした一族/パイロット適性があると知るや否や、手のひらを返した家族/自分の人生を愚弄した者たちにいつか報復したいという望みが……図らず叶った。
だがそれは自分の努力の結果として起こったことではなく、相手の自業自得で、復讐の快感など望むべくもない。
ひどく虚しく/ぽっかりと胸に穴が開いた気分=ああ、そうか――これが。
他人に勝手に夢をかなえられるというリザの苦しみか。
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