キングブッカーのシュート

八針来夏

オープニング

 子供の頃。

 サーカスの道化師クラウンがよくわからなかった


 みんなの前で芸をしても失敗ばかりで笑われて。おどけたしぐさで笑いを誘い、滑稽な動作を魅せるその姿。

 道化師クラウンはへたくそにはなれない。そのサーカスで実力のある人しかなれず。わざとみんなを笑わせるために失敗する振りをする。


 でもあの頃は本当に、彼らがそういう仕事だなんて知らなかったから。

 みんなの前で失敗して、笑われれて。


 かわいそうだと思ったのだ。



 そこは、仮想の戦場。

 ジャングルめいたビル群が立ち並び、うっそうとした雰囲気でおおわれていた。

 長年の風雪にさらされたのだろう=周囲のアスファルトはところどころ植物が蚕食/繁茂し、ひび割れている。

 暴走した無人兵器群によって荒廃した都市外世界――辺境エンダーはこのような場所なのだろうかと、その戦場を見るものは思うだろう。


 四本の脚部から膨大な推進炎を吹き、地面をスケートリンクでも滑るような滑らかさで、人型機動兵器、拡張骨格オーグメントフレームが疾駆する。

 電力供給が半端に行われ、点滅する信号機を跳ね飛ばしながら、それは逃げていた――空中より噴煙の尾を引く高速飛翔体=ミサイル。

 ジェネレーターより供給される電力と推進剤がプラズマの推進炎となり=18メートルに達する鋼鉄の巨体を疾駆させる。


『さぁ、追い込まれてきました期待の新星『サジ』、その乗機<アウトレンジ>、狙撃型の拡張骨格オーグメントフレームを駆り同ランクのパイロットを戦闘らしい戦闘も行わずに勝利してきたつわものですが……ここにきて連戦連勝の記録に陰りが差すのか?!』

 

 ミサイル×4/回避――目標を見失ロストしたミサイルはそのまま地面へと墜落キス墜落キス墜落キス……=次々に連続的に爆発を続ける。その噴煙のすき間を縫うように……敵、拡張骨格オーグメントフレームが空中を飛び上がった。軽快な敵の動きに、一瞬しか姿を追いきれない。

 

 両腕に掲げるのは高精度狙撃銃=拡張骨格オーグメントフレームの堅牢な装甲を正面から突破することを目的とした大物の巨銃/人間の上半身、その腰部から伸びる足×4=狙撃時の反動抑制と多数の推進器による高速の地上移動を目的とした、鉄蜘蛛を彷彿させる四脚型。

 後背部にはECM、ECCMを果たす電子装備/両肩にミサイルポットを備えた遠距離戦仕様。

<アウトレンジ>は頭部カメラアイを瞬かせるが敵影を補足しきれない=遠距離目標を捕らえるためのセンサーは、至近距離で動き回り高速で移動する相手を捕捉するには向いていない/重量のある狙撃銃は、取りまわしが悪い――ロックオン不可能。



 状況のすべてが、不利に働いている。


『ゲーッヘッヘッヘ……!!』


 敵の拡張骨格オーグメントフレームからの品のない哄笑――ビル群を飛び回るましらのような機体が、半ばからへし折れたビルから見下ろすような位置に着地し、動きを止める=実戦ではあり得ない愚行/だが、これがエンターテイメントであったならば悪党の前口上はお約束。


 投影装置によって、空中にでかでかと表示されるパイロットのリアルタイム画像。

 ごつくて品のない顔/世紀末を思わせる鋲の打たれた皮のジャケット/肩にぶら下げたのはショットガンの弾帯/そして鶏のトサカを思わせる真紅のモヒカン――誰がなんと言おうと悪役以外あり得ない姿。

 敵パイロット=白目を剥く/両腕で中指を立てる/ピアスの刺さった舌をうねらせる。


『この俺様の罠にようこそ、パイロット『サジ』、そして乗機<アウトレイジ>!

 だぁ~が、貴様は俺に勝てない――なぜならば。無人兵器バグの暴走によって破棄された都市の戦闘システムはハッキング済み。

 貴様は俺様の乗機<デッドロール139世>によって敗れ去るのだぁ~~!!』


 デッドロール139世/動物の肉体構造を参考にした逆関節型=跳躍力に優れ、特異な脚部構造のおかげで推進器を真下に向けられるため上昇力に優れた機体。

 機体後背に搭載されたレーザー照準ユニット=位置情報をリアルタイムで伝達し、都市のミサイル型セントリータレットの攻撃を誘導する/もう片方に搭載した垂直上昇式ミサイル/両腕に構えた大型シールド

 この都市での戦闘に最適化された武装設定アセンブリ


 狙撃型にとっての完璧な天敵アンチアセン


『そぅ! 俺様は天の理、地の理を味方につけたのだぁ! 卑怯と笑わば笑え、この際プライドは抜きだ!』


<デッドロール>=ビルの壁面を足場に跳躍――急上昇。

 ミサイル誘導を行うガイドレーザーが<アウトレイジ>を補足。

 ビルの各所に設けられた自動砲台からミサイルの誘導を開始――<アウトレイジ>は肩部ミサイルを無誘導で発射=砕かれたビルの壁面が煙幕のように広がり視界をふさぐ。

 視界を封じることが目的ではない――ミサイルの終末誘導を担当するガイドレーザーが阻まれ、猛禽のように襲い掛かろうとしたミサイルが敵を見失い、酔っぱらったように周囲に着弾する。


 だが<アウトレイジ>はその一瞬で<デッドロール>の吹きあがる推進炎の光を頼りに照準。

 大型の狙撃銃を構える――発砲。

 弾薬に封入された液化燃料を電磁着火させ、放たれる弾丸は旧時代の電磁加速砲レールガンに匹敵するほどの凄まじい運動キネティックエネルギーを生み出す。


『ゲ~ヘッヘッヘ! 俺様の保身は完璧だぁ!』


 だが、両腕に構えた盾は銃眼を除いて<デッドロール>の全身を覆い隠していた。

 セントリーガンを掌握し、圧倒的優勢を保って、なおかつ徹底して守りを固める。

 軽量機には不釣り合いな、姑息なまでの護り/攻撃を自動兵器に任せ、自分は安全な位置からなぶるように敵を追い詰める。



 もはや勝利は確実。

 状況は狙撃機<アウトレイジ>に不利。ここから勝利する目などどう考えてもあり得ない……そう。





 みんな、その『あり得ない』をこの目で見たくて彼らに注目していた。



 それこそが道化師クラウンの喜びなのだ。



 ここにあるのは真剣勝負ではない。

 八百長やらせ交じりのエンターテイメント/演出された苦戦、劣勢。

 卑怯卑劣な悪役ヒールが、善玉ベイビーフェイスをあわやと言うところまで追い詰め――華麗な逆転劇を、劇的な勝利を、約束された勝利をみんなが待ち侘びている。


『そう、今度こそ勝つのは俺様、このキングブッカー様よぉ!!!』


 外見/言動/姑息な戦法=すべてやられ役。

 観客のだれもが、彼の敗北を期待している。




 子供の頃。

 サーカスの道化師クラウンがよくわからなかった。


 大人になって少しだけわかる。

 

 あなたは、みんなの笑顔が好きなんだね。



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