1:負け犬の本懐

 ……大昔、隕石が墜ちた。

 それは既存の秩序を破壊し、世界の人口を半分近くまで減少させた。

 原因は隕石に含まれていた特異な粒子。通称『アセンション粒子』。

 意に添わぬ進化を強制/強引な進化によって巻き起こされる悲劇を省みない無慈悲な粒子により――人類は望んでもいない新しいステージへと立たされた。

 新しい粒子=もたらされる恩恵――独占するもの/それを奪わんとするもの。

 戦争の原因は宇宙由来のものでも、戦争の動機は歴史書を紐解けばすぐに見つけるありふた愚かさゆえ=資源戦争。


 戦争が残したものはおおむね三つ。

 新時代のエネルギー装置。

 自己複製を作り続ける暴走したフォン・ノイマンマシンである殺戮機構『バグ』。


 そして『アセンション粒子』に適合し、特異な能力に目覚め。

 拡張骨格オーグメントフレームを操るための特異なナノマシンに高い親和性を持つ『パイロット』たちだ。




 リザはアリーナの観客席――中心に映し出された大パノラマの3Dビジョンを見上げていた。

 AGE:17/元は黒色だった地毛を金色に染めたプリンみたいな色の髪は背中まで伸びている/刃物みたいな鋭い瞳/整った顔立ち=親しみに欠けた眼光が、天性の麗質がもたらすはずの人気を相殺している/この世のすべてに不平不満をため込んだように、への字に結ばれた唇=まるで人に懐かない麗しい狼のよう/拡張現実AR表示用のゴーグル/腰に下げているのはハンドガン――の、安物のレプリカ=油断が許されない場所で生まれてきた頃、威嚇という加護を与えてくれたお守り。


 リザ=パイロットネーム『賢い猪スマートボア』と呼ばれる彼女は周囲の大盛り上がりとは裏腹に白けた顔。

 そんな彼女の耳を、横の席に座っていた男性が耳を掴んで引っ張った。


「い、いて、いてぇよマッチメイカー!」

「ちゃんと見ておきなさいっていったでしょう。彼が、あなたが戦う次の対戦相手……キングブッカーです」

「……そこはあっちのカッコいい狙撃手相手じゃねぇのかよ……やだよあんなダセェ奴の相手とか」


 マッチメイカーと呼ばれた肥満男性/カラーグラスの下の知的な眼差しを彼女に向ける=大きなため息。


「いいですか、『スマートボア』……どんぐりの背比べみたいな初級パイロットから上がって、ようやく初心者マークが取れて。

 ……それで、ようやく巡り巡ったビッグチャンスなんですがね」

「あれが?」


 リザ=嘆息混じりに戦闘の光景に視線を向ける。

 目元にゴーグルをかぶれば……アリーナの観客席の姿は消え去り、鳥瞰から戦場を見落とすような視線へと切り替わる。

 頭上からの視座を持てば状況は良く見える=狙撃型の拡張骨格オーグメントフレームは劣勢。


 これが、正々堂々たる勝負の果ての結果であるなら文句はない。

 だが実際は違う。


 キングブッカー=連戦連敗でありながら中堅どころのランクを堅守している。

 実力ではない。彼は賭けも公認されたアリーナにおける一流の八百長やらせの専門家なのだ。


『さぁ、試合は徐々にキングブッカーの優勢に傾きつつあるぅ〜! もっとも廃棄された都市の防衛システムをハックし、狙撃型に不利な地形に誘い込んでなおも仕留めきれないあたりかなり恥ずかしいぞぉ〜!』

『解説はだまってろぉい! 勝ちゃいいんだよ勝ちゃぁ〜!』

『とはいえ、キングブッカー選手はそう言い続けてすでに138連敗中。果たして今回はどうなるのかぁ!』


 この試合は試合を組むアリーナ公認の不正試合。

 リザ=『どうよ、それ』と思う――が……理由はわかる。

 最上位ランカー同士の戦いであれば視聴者や観客も大勢いる/固定のファンだってつく。大金が動けばパイロットに流れる金も増える

 それでも不満げな空気を読んだのか、マッチメイカーが口を開く。


「リザさん、いいえ。『スマートボア』。ブッカーの語源はご存知ですか?」

「……本屋?」

「正確には試合の流れを決める『台本屋ブッカー』です。隕石が落ちる前、四方をロープで張り巡らせたリングで、プロレスという格闘競技があり、そこでは鍛えぬいたレスラーがしのぎを削っていました。もちろん八百長やらせなしの真剣勝負シュートだってあったでしょうが。

 八百長やらせってのは別に恥ずかしいことでもなかった。……みんなが劇的な試合展開に、心踊らせている」


 マッチメイカーは、その瞳に熱情を漲らせた。

 台本屋ブッカー=レスリングなどで試合展開などの大まかなあらすじを決める専門家/台本のみを専門とするものもいたが、実際にはレスラーでありながら台本屋ブッカーであるものも大勢いた。

 最後の末裔=キングブッカ――ー戦闘は徐々に『サジ』とその乗機<アウトレンジ>の劣勢になりつつある――まぁ当然の帰結だが。


「<スマートボア>。あなたはある日にいきなり『浮遊型フロート』型に乗れと言われて実行できますか?」

「はぁ? できるわけねぇだろ」


 リザ=パイロットネーム『スマートボア』の愛機、<スクラップフライ>は機動性能を重視した接近戦仕様/対し、浮遊型フロートは足そのものをスカートのような巨大な推進ユニットでまかなう=機体特性を決定づける脚部パーツの中でも最高位の推進力を有する/しかし脚部が地面と設置しないため、被弾時には反動の影響を受けやすく、また制動ブレーキもかかりにくい――良くも悪くも慣性の影響が強く出過ぎる=扱いが難しい。

 

「キングブッカーはそれをやります」

「……は?」

「観客は『機体を一つに絞らず、アンチアセンばかりにこだわるから負けばっかりする』と酷評されてますがね。試合の数週間前から調整を初めて、モノにする操縦技術は並じゃありません」

「……数週間で、あれだっての?」


 リザ=試合映像を俯瞰視点へと切り替える=ビルの壁面を三角蹴りで飛び上がり、縦横無尽に飛翔/ビルの隙間を高速で走り抜ける四脚機を冷静に追い詰めている=これほどの操縦を、慣熟運転を初めて数週間で? 自然と喉奥から突き出る称賛と畏敬の言葉。


「超一流のパイロットであり……超一流のエンターテイナー。

 彼こそは超一流の負け犬ルーザー、キングブッカーですよ」





 四脚型の拡張骨格=一本の足につき四器の小型推力ユニット×四脚=計十六器の推進ユニット――水平移動に長けた狙撃型、最後の勝負に出る。

 背部/脚部より吹き上がる推進炎の色が変わった――戦闘機が燃料を推進炎に吹き付けて加速力を増すアフターバーナーのように/規定以上のエネルギーを叩き込み、多少の非効率を無視した可能な限りの加速。


『おっ〜っと、<アウトレイジ>がここで切り札のV−MAXスイッチを起動したぁ!!

 これによりGリミッタは解除され、元の推進力の1.3倍の加速力を獲得します! しかしアリーナでの仮想戦闘空間では9Gを超える猛加速の中ではパイロットが持たないと判定されます、限界稼働時間は実に……10秒!』

『げ〜へっへっへ、最後の悪あがきかぁ!』


 解説の声にかぶせるような『キングブッカー』の叫び=いけー/まけるなー/逆転が近づいていると予感した観客が口々に応援の声をあげる。

 ミサイルは速い=いくらV-MAXスイッチを起動させようと簡単には振り切れない――だが、パイロット『サジ』は眼前に迫るミサイルの弾雨を前に後退しながら引きつけて構え、引き金をひいた。


 強烈なマズルフラッシュ――放たれる弾丸は狙いを過たずに<デッドロール139世>……ではなく、ミサイルの一つの真芯を捉えた。


 爆発――高熱と破片を撒き散らす=そのミサイルの破片は他のミサイルを巻き込み爆発/開放された炸薬の爆発エネルギーは更に伝播する/爆発/爆発/爆発/爆発――兄弟殺し《ブラザーキル》と呼ばれる、同じ発射母機から放たれたミサイルが連鎖的に誘爆を引き起こす現象=旧時代にも存在したアクシデント。


『こ、これはすごい! まるで先の狙撃はドミノ倒しの最初の一手のように、ただ一発の弾丸ですべてのミサイルを破壊したぁ!』

『ぐええ、まだだぁ!』


 自機周辺で解き放たれた爆発/衝撃――その勢いに抗うのではなく、むしろ乗るように<デッドロール139世>が後背の推進炎を解き放つ/先程より遥かに強烈な加速。


『ここでキングブッカー選手もV-MAXスイッチを起動! この距離、狙いは蹴りだぁ!』

『ぐへへ、一発お見舞いしてやるぜぇ……ほへ?』


 だがここで<アウトレンジ>は狙撃銃を再装填――大盾に身を隠す敵機を照準する。

 この距離でも堅牢な盾の守りは健在=回避行動ではなく迎撃を選んだパイロット『サジ』に皆が驚愕の声を上げ……狙撃銃が火を吹いた。

 一瞬の出来事――<デッドロール>の頭部が突然の消失=四方にはじけ飛ぶパーツは致命的な損壊を受け、砕け散ったことを意味する=だが大半の観衆は突然の破壊を飲み込めない。


『め……メインカメラがやられただとぉ?!』

 

 キングブッカーの驚愕の絶叫が、誰にもわかりやすく状況を伝えている。

<デッドロール>の全身をほぼ覆い隠すような大盾――その僅かな弱点/視界確保用の銃眼=針の穴のような、弱みにさえならない隙間。


 その隙間を射抜かれた=本来弱点らしい弱点でさえない場所へと放たれた精密射撃。


 神業=そう呼ぶしかない――観客の歓声が爆発的に膨れ上がる。


『す、すっげええぇぇぇぇ!! すごすぎるぅ! パイロットの『サジ』そして拡張骨格オーグメントフレームの<アウトレンジ>がやってのけたああぁぁ!!』


 この時ばかりは解説者も心のそこからの驚愕と称賛を込めて叫び。


『ぶぎゃああぁぁぁぁぁぁ!!』


 汚い悲鳴が響き渡る/屠殺寸前の豚のような聞き苦しい悲鳴――頭部メインカメラを神業じみた狙撃で射抜かれ、視覚情報を消失/サブカメラに切り替わるまでのほんの数秒で地面の瓦礫に足を取られる/さらにV-MAXスイッチを起動させていたため、強烈な加速力はそのまま姿勢を崩した機体を地面に激突させる破壊力となって牙を剥いた。


『ぐへぇ……ひどい目にあった。あ、あのちょっとタンマタンマ! 待って! お待ちになってほんとにマジでぇ!!』


 キングブッカー=ここに至って命乞い――大ダメージを受けた機体を起こそうとしても間に合わない。

<アウトレンジ>が前二脚を振り上げのしかかるような姿勢=四脚にそれぞれ装備された姿勢固定用のパイルが圧縮ガス音とともに<デッドロール>の脚部関節を貫通。


 狙撃銃を構え……ようとして、その場でいざという時の白兵戦用ダガーナイフを振り上げて狙撃銃の長大な銃身を荒っぽく切り詰める――即席のソードオフ=狙撃精度を切り捨てる/だがゼロ距離射撃ならば精度は無用。

 

 発射機構のみを残した狙撃銃の先端を突きつける/密着状態での発砲/くぐもった轟音が響き渡った。


 密着状態で放たれた弾丸は<デッドロール>の胴体を貫通=爆発。


『お、覚えてろぉぉぉぉおお〜〜〜!!』


 爆発とともに尻に火の吐いたキングブッカーが空中へと吹っ飛び、そのまま逃げ出していく。卑怯卑劣なヤラレ役のいつもの最後――さすがにこれはフルCG。


<アウトレンジ>に『WINNER』と投影される。

 勝ち名乗りのように切り詰めた狙撃銃を掲げる機体へと歓声と拍手が送られていく。


『勝者パイロットは『サジ』、その乗機<アウトレンジ>はキングブッカー選手を下しました! さらなる上位リーグでの活躍を期待しております!!』


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る