8:口蜜腹剣
<パーフェクション>のパイロット、『ブルーローズ』は秀麗な美貌と天才的な操縦センスを買われ、社長一族出身の広告塔として活動をしている。
ただし、彼女が望んだことではない。
むしろ自分の意志で選択できたものは、社長一族であるゆえに、逆に驚くほど少ない。
『わかっているな、負けは許さんぞ』
「承知しています。お兄様」
360全天周囲モニターのチェック、<パーフェクション>の機体アセンブリをシミュレーターが再現していく。
少しシートが固い。アリーナの運営委員会の支給品であるシミュレーターと、ソルミナス・アームズテック社の最新鋭機のコクピットシートではそれなりに差が出るだろう。
『この一戦で勝てば大きな金が動く。『キングブッカー』の試合周知度は上位ランカー同士の戦いに勝るほどだからな。
ここで勝って我が社の宣伝にする。……よし、行ってこい』
彼女は操縦席が意外にも嫌いではない。
物心ついたころから遊ぶ暇はなく、自分自身を磨き上げるためのスケジュールが待っていた。安らかな日々は記憶さえ定かではない赤子時代程度だろう。
最初の頃は淑女教育――学習/ダンス/ピアノ/パーティー/学習/ダンス/ピアノ/パーティー……etcetc
他企業との結束を結びつけるための婚約者との逢瀬。微笑む自分を、中身のないがらんどうなマネキンのように思う/まるで鋳型で鋳造された淑女。
それでも、自分の境遇を不幸と思ってはいない。それ以外を知らなかったからだ。
そんな自分にパイロットとしての才能が眠っていると聞いたときは驚いた。
アセンション粒子に適合し、
最初、『ブルーローズ』はその事実を特に重視していなかった。
これまで武器など握ったこともない/扱ったことのある刃物なんてテーブルの左右に配されたナイフとフォークぐらい。
彼女は自分がパイロットになるなんて考えたこともなかった。
学習/ダンス/ピアノ/パーティー/学習/ダンス/ピアノ/パーティー……etcetc。
自分の養育に用いられた時間と資金。相応に手間がかかっているし、ソルミナス・アームズテック社の社長一族である自分は特権階級といってもいい。バグとの戦争の最前線に赴かずに済ませるよう裏で手を回すぐらいなんでもないはずだ。
だから実の両親が、誇らしげに娘を戦地に送り込む決断をした時は耳を疑った。
もしかすると自分は橋の下で拾われた貰い子ではないのかと考えもした――ひそやかに入手した遺伝子検査セットで、自分が疑いようもなく両親の子であると知った時の、眼も眩む失望感は忘れられない。
一新されるスケジュール。
体力訓練/射撃訓練/緊急時のサバイバル/格闘訓練/操縦操縦操縦操縦……etcetc。
ナイフとフォークしか握ったことのないたおやかな指先は、いつしか射撃反動を受けて厚くふくらみ、戦うためのたくましい両腕へと変わっていく。
淑女そのもののしとやかな微笑み(――だが微笑みの下で怒りの情念がマグマのようにうねりつづけている)
長年、会社の政争の道具として積み重ねてきた――努力してきた/我慢してきた。それを、パイロットの才能があるという理由ですべて無駄と断ぜられ、捨て去られた気持ちなど、あの両親は考えていないのだろう。
『メインシステム、疑似戦闘モード起動します』
「あら……引きのいい方ですのね。レーダー、スキャナー起動、地形走査開始。」
『ブルーローズ』はランダムで選択された戦場の光景に面白そうな声を漏らした。
周囲の光景――廃棄された地上都市/いくつも天空目指して屹立するビル群れ/点滅する街灯に朽ちた高速道路。
遮蔽物が多く存在する戦闘マップ=以前『キングブッカー』と『サジ』が勝負を繰り広げた場所と同じだった。
ギリー宣伝部長の不快な声が響く。
『くそ、忌々しい。遮蔽のない場所であれば、さっさと片付いたものを』
「ご心配なく、わたくしの<パーフェクション>は無敵です」
確かに……遮蔽物の少ない戦場であったならもっと楽に勝てただろう。
彼女も大金のかかった試合で遊ぶ気はない。敵を補足して高速ミサイルを撃ち込んで終い……それでもいいと思っていた。
だが、彼女は操縦席が意外にも嫌いではない。
なぜなら、戦場だけは意志を持たないお人形ではなく、生殺与奪のすべてを与えられた上位者としてふるまうことが許されているからだ。どう戦うか、どう潰すか、そればかりは両親や上司に決定権はない。
「HVGG、接続ボルト爆破」
『パージします』
こうも遮蔽物が多い戦場では、重量のあるミサイルなど重りでしかない。
ソルミナス・アームズテック社が売り出している、先制補足、先制撃破に主眼を置いたミサイルだが彼女にとっては思い入れなどない。
……戦いに対する才能はいろいろとある。
『ブルーローズ』には明らかに戦いの才能があった。
だがそれは最初からあったわけではない――幼い頃から一族の政争の道具として淑女になるよう教育を受けてきた。
しかしパイロットの才能が見つかってから彼女はこれまでの淑女教育のすべてを捨てさせられた――彼女に教育を与えた、理不尽な両親は、思慮遠望など持ち合わせてはいない=彼らは子供の心を踏みにじることなど、なんとも思っていない人種だった。
だが、その理不尽な教育こそが『ブルーローズ』の中に訓練で後天的には獲得しえない、類稀な戦闘者としての素養を芽吹かせていた。
長年にわたる淑女教育を無意味と判断し捨てさせた両親や兄、親族に対する憎しみ/自分の人生を愚弄するものたちへの怒り――加害と殺傷に対する忌避感の欠如/他者の苦痛に対する想像力が欠けた心――攻撃性と残虐性の双子で、彼女の心は満たされていた。
推力ペダルを踏みこむ――中量級としては破格の大推力で<パーフェクション>が空中へと飛び上がる。
頭部、バイザー型カメラアイが、なめらかに光をすべらせ周囲を睥睨。
『ブルーローズ』は笑った――無意識に/楽し気に/酷薄に。
「あはっ」
会社も一族も名誉も関係ない。
戦場では、力こそがすべてだ。
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