3:新人殺し返し



「で、どうでしたか……キングブッカー」

「そこんところはあんたの目利きを信じているよ、マッチメイカー」


 リザ=『スマートボア』が去ったあと、キングはマッチメイカーと、アリーナの専用個室で話を続けていた。

 内部施設――3D投影装置に加え、アリーナの高位ランカーでしかアクセスできない情報を閲覧できる権限が付与されたデスクトップ/軽い食事や飲み物等の入った冷蔵庫を開けてキングは勝手に酒盛りを始めつつ、口を開く。


「あんたが『キングブッカー』としての俺に紹介してきたパイロットは皆、若いながらも光るものを感じさせた。……『サジ』もいい腕だったがこっちの台本に完璧に答えられるパイロットはそうそう多くはない」


 キング=八百長ブッカーのプロとして戦闘にはある程度流れを作っておく=しかし、相手パイロットの技量が低かった場合は当初の流れ通りに行かないことも多い――そこはもちろんキングブッカーがうまいこと修正を合わせる……だが、当然神経を使う作業だ。


『キングブッカー』は拡張骨格の戦うこのアリーナにおいて、特異な存在だ。

 アリーナランクこそ中堅の少し下あたり――だが毎回劇的な試合展開/劣勢に追い込まれた側が逆転劇を繰り返すことから素人からは大人気/同時に自称玄人からは『やらせなどありえない』『戦いを冒涜している』と不評の嵐=しかしこの世の大半は戦いの素人である以上、詳しくなくても楽しめる展開のほうが大金が動くのだ。


 だからこそ……彼の収入は下手な上位ランカーよりも上/発言力も大きい。

 マッチメイカーという目利きが彼の専属めいているのもそれが理由だ。


 キングは椅子に腰掛けて投影されるアリーナでの戦闘映像を鑑賞する。

 事前に彼女、リザ=『スマートボア』の試合がどのようなものを確認するためだ。 

 二体の拡張骨格のスペック一覧が表示される/リザの乗機<スクラップフライ>は軽めの中量級二脚型――接近戦を想定した複眼式のカメラアイと被弾避始を意識した丸みのあるシルエット。

 右腕=接近距離での射撃戦で凄まじい威力を発揮するフルオートショットガン/左腕=正面からの被弾、損害を抑え込む物理シールド――腰部の予備武装=フルオートショットガン。

<賢い猪>という、猪突猛進の一字である猪を名前に入れているあたり戦法は単純=強引に突進/シールドで損害を抑えつつ踏み込むと共に両腕にショットガンを構えて力でねじりふせるスタイル。


 あまり、うまい設計とは思わない――キングブッカー/対戦相手のデータを確認して、お? と片眉を上げた。


「……驚いた。『ルーキースレイヤー』か」

「ええ。正直大番狂わせでしたよ」


 ……アリーナで戦うパイロットは、誰もがみな上を目指す。

 その行き着くはてはランク1『キングスレイヤー』/乗機<クラウンズ>を打倒し、トップに登ること――しかしその壁はあまりに巨大で10位圏内のランカーに行き着くことさえ才能と執念がなければ不可能だ。

 中には上を目指すことを諦め、自分より下位の新人を叩き潰すことに歪んだ愉悦を感じるパイロットもいる=その代表格が、パイロット『新人殺しルーキースレイヤー』と、その乗機<ベイビーハンター>だ。

 もちろんその性根からアリーナでの人気は低い/好きなこと=『弱いものいじめ』と公言――キングブッカーが負け犬を演出しているならば『ルーキースレイヤー』は実力こそなかなかなのに、下位ランカーにとどまっている嫌われものだ。

 

 もっとも――ランカー上位のパイロットは口を挟むことがない。

 パイロットは実力主義/『ルーキースレイヤー』を軽蔑しても……この程度の相手を倒せないようではトップなど夢のまた夢=結果として、新人の試金石としてアリーナ運営からは黙認されている。


 キングは映像を見る――『ルーキースレイヤー』の乗機、<ベイビーハンター>=中量級の逆関節機――装弾数は少ないが高威力の武装一体型マシンガン/背部積載武装=垂直上昇式のミサイル/弾速、威力に優れたリニアキャノン。

 常に相手の頭上へと移動し続け、高威力のマシンガンで蜂の巣にし、幾人ものルーキーに涙を飲ませ、若者を挫折させ続けてきた悪名高い機体だ。


「相性はよくなさそうに見えるな」

「ええ、ですが……」


 映像での戦闘が始まる――先ほどキングブッカーVSサジの戦いが行われた廃ビル群のバトルフィールドで二機が戦闘を開始/最初の展開=『ルーキースレイヤー』――常に頭上に位置取り機関砲弾のシャワーを浴びせてくる。

 マシンガンの有効射程ギリギリ=ショットガンの有効射程の外へとボルトで締め付けたように位置をキープしている/このあたりは、さすが熟達している――できるかどうかは別として、相手の間合いの外で戦うのは基本だ。


 勝敗は『ルーキースレイヤー』の優勢――だが、『スマートボア』/<スクラップフライ>の動きに、キングは薄ら寒いものを感じる。

 

「……撃ってないな」

「ええ」


 こちらの攻撃は相手に届かず/向こうの攻撃は有効――こういう場合、多少相手に与える損害が低くてもトリガーを引いてしまうものだ。


 それが、ない。


 操縦席の再現はリアルだ――被弾ごとに実戦と遜色のないアラート/衝撃で揺れるシート/まるで理性をシェイクされるような密室に狂乱し、意味のないトリガーを引き続けてもおかしくはない=にも関わらず、冷静だ。


 耐久値が限界に近づく<スクラップフライ>――機体各所から吹き上げる噴煙/火花=しかし片腕のシールドはパイロットのいる胴体付近への直撃は防いでいる。

 まるで獲物を狙う蛇のように油断なく/執念深く、好機を伺っている、相対する人間からすればたまったものではない、鬼気――それは当時相対していた『ルーキースレイヤー』も同様だったのだろう。

 熟練者が見せた隙……とも呼べぬ僅かな隙――着地前にスラスターを吹かすエネルギーを消費し尽くしていた=地面に着地、その勢いを膝を深く曲げて衝撃吸収。

 結果として『ルーキースレイヤー』は動きを止める。


 ここしかない=キングが映像を前にそう思った瞬間には、彼女は突撃敢行/すでにV-MAXスイッチを押し、限界推力を発揮し接近を始めている。

 そうはさせじと<ベイビーキラー>の背部リニアガンが発射形態に移行=知ったことか、と<スクラップフライ>が接近する。

 凄まじい轟音と共に放たれた徹甲弾――しかしシールドの丸みに弾丸を滑らせ弾く=それで限界を迎えたシールドを破棄/空いた掌に予備武装のショットガンを構える。


<スクラップフライ>=<ベイビーキラー>の脚部を、おのが足で蹴る。

 ……逆関節は高い跳躍力を持つが、その分機構は複雑/そこに速度の乗った鉄塊を思いっきり叩きつけられたのだ/へし折れる脚部=直立さえままならず崩れ落ちる。

 跳躍を封じられた敵機の至近距離で、二丁のショットガンが突きつけられる。


 フルオートショットガンが発射/ボッボッボッボッ……!! と、鋼を引き裂く独特の連射音が響き渡った。


 至近距離で吐き出される散弾の猛射/堅牢な装甲をあっさりと引き裂く/この豪雨に耐えられる拡張骨格オーグメントフレームはめったに存在しない。

 ほぼ一瞬で耐久値差が埋まる/逆転される――爆散。

『相手をゴミクズみたいにふっとばしてやる』=なるほど、これが<スクラップフライ>の名前の所以か、と思わせる劇的なふっとばし方だ。

 映像の中では割れんばかりの拍手/歓声――『ルーキースレイヤー』の勝ちに大金を賭けていた観客の罵声/大穴で一攫千金を手にした歓喜の絶叫=さまざまな人々の悲喜こもごもが圧縮されていた。


 キング=『キングブッカー』は軽く手を叩きながら『ルーキースレイヤー』を返り討ちにしたルーキー殺し返しの偉業に満足げな声をあげた。


「やるね」

「多少の被弾をものともせずに強引に接近する突進力、被弾しながらも冷静さを保つ胆力。『サジ』も腕が良かったが、彼女も格別です。磨けば光るダイヤの原石と思ったからこそ、あなたと戦わせてみたくなりました」


 パイロットネーム=賢いスマートボア

 洗練された猪突猛進/被弾を恐れぬ糞度胸――粗削りではある。

 しかしあの胆力ばかりは訓練で培えるようなものではない。キング=データを確認しているうちに、一つのことに行きあたった。


「……四級市民レッドか」

「ええ。だからこそ、勝ちたいんでしょう」


 マッチメイカー=深々としたため息/この世の、冷酷なしくみを嘆く声。


四級市民レッドが立身出世を目指すなら……パイロットか、マフィアにでもなるしかありませんからね」


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