4:パワーアップイベント
人類を望まぬ高みへと引き上げたのはアセンション粒子だが、人類の繁栄に大きな陰りをもたらしたのは暴走したフォンノイマンマシン=自己複製を作り上げ、人類に敵対するバグと呼ばれる無人機動兵器だった。
アセンション粒子によって
人類は余裕を失った――自ら天敵種を愚かさゆえに生み出した彼らは、かつては当たり前だった弱者の救済/自由と平等/博愛の心を捨てた。
現在人類は『壁』と呼ばれる物理的な障壁の中に安寧の地を求める。
だが――無傷だったわけではない=バグの脅威が日常的であった頃は、侵入してきたバグによって殺害される人々が多数だった。
資産家たちはこぞって安全な位置、『壁』の奥まった場所に避難した。
当然バグの侵入経路に近かった場所の土地の値段は下がる一方――結果として人類は階級社会へと退行する。
一級市民=大企業のCEOや重役クラスの住む安全な区画/セキュリティレベル=ブルー。
二級市民=中堅クラスの社員やパイロットたちの住む安全な区画/セキュリティレベル=グリーン。
三級市民=平社員や壁の維持に努める市民の住む区画/帯銃推奨/セキュリティレベル=イエロー。
四級市民=棄民とマフィアの生息地域/狼と狼が相食むような悪徳の巷/帯銃、武装=必須/または現地の犯罪組織からの庇護を得ることを強く推奨/セキュリティレベル=レッド。
だからこそ。
あの強さは、凄惨な環境/生死の境目が、日常であるがゆえに培われたものなのだろう。
「さて、まずは軽く実力の程を見せてもらおう。実際に立ち会ってみないと掴めないものもあるからな」
「おう」
キングブッカーVSスマートボアのマッチメイク確定――『サジ』との試合からおよそ一ヶ月半ほどの期間をおいての戦いとなる。
パイロットは、戦闘機の時代から変わることなく激務だ。
過酷な急加速、急旋回による加速G/狭い操縦席に押し込められる閉塞感/生死の瀬戸際をくぐる精神的重圧――アリーナでの試合が擬似戦闘空間での戦いとはいえ、上に行けるかどうかが人生に大きく関わるという点では変わりない。
リザは軽い緊張状態のまま戦闘シミュレーションを開始する。
『システム、疑似戦闘モード起動』
「
彼女の愛機――<スクラップフライ>は頭部の複眼を蠢かせて周囲を確認する。
今回の戦場――遮蔽物や地形など何も存在しない真っ平らな漂白された電脳空間/地面に敷き詰められたのは永遠に広がる六角形のタイルのみ。
有利な状況を作る余地のない完璧な力と力のぶつかり合い。
「へ、いいぜ」
リザ=笑う。元来の負けん気の強さが鎌首をもたげてくる。
もとより自分の腕前一つを頼みにして蟻地獄のような
そのままリザはキング=『キングブッカー』の操る今回の乗機を視認する。
外見の情報から機体内のCPUが敵の戦闘能力を推測――その結果を見て彼女は腹のそこから湧き上がってくる不快感を覚えた=反射的に足でブーストペダルを踏み込み、開始の合図も待たずに突進する。
『ん? ……怒ったか?』
キング=すこし面白がるような声。
これが怒らいでいられるか――敵の機体構造=接近戦を意識した複眼式カメラアイ/全体的に華奢=機体重量を軽減し、推力重量比を高めた軽量型二脚=高機動型。
機体後背=全体の推進力を高める追加のブースターユニット/右肩内蔵ミサイル=閃光弾を内蔵したミサイルを発射する眼くらまし/左肩内蔵ミサイル=低速、低威力と引き換えに高い飛翔時間と追尾性を獲得した
明らかにリザの『スクラップフライ』と同タイプの設計思想/接近してショットガンの火力で叩き潰すスタイルをさらに特化先鋭させた形だ。
接近戦ならば誰にも負けないという自負――それを侮られた感覚。
「吠え面かかせてやらぁ!」
お互い、今や絶滅危惧種であるインファイター。
両機とも得手は接近戦――相手の射撃をかいくぐり、懐に潜り込むことを仕事にしてきたリザにとっては拍子抜けするほどに相手の懐に潜り込むことに成功する。
撃ち合いであれば勝つ=勝算は十分。
機動性能と耐久値は稀な例外を除いて両立しない――相手は軽量級で、こっちは中量級/付け加えるならこっちにはシールドもある。
殴り合いで負けはない――そう思った瞬間だった=『キングブッカー』の駆る軽量級/初手から膨大な推進炎を発揮――V-MAXスイッチをもう入れた?! 驚愕するリザの前で敵機はこちらを飛び越え背後へと回り込んだ。
「なろぉ?!」
『V-MAX機動は10秒限定の超高速機動だが、小出しにすることで、機動力での幻惑もできる、こんな風に!』
こざかしいと旋回を開始し敵機を捕らえようとする――その時には至近距離へと敵のミサイルが接近している。
大丈夫、耐えられる/『スマートボア』はディフェンスモーション=ミサイルの爆発半径の大半から機体をシールドで隠した。
だが、次の瞬間には強烈な閃光がカメラアイを焼き尽す/視界のすべてがホワイトアウト/操縦席にいるパイロットの視覚を潰すほどではないが、直撃を受けた『カメラアイ』は焼き付いている。
照準システムは画像認識型――イカれたカメラでは目の前の相手さえロックオンできない。
『リザ、いや、『スマートボア』。君の強みは至近距離での射撃戦だ。軽めの中量級にシールドでの強引な突撃で接近戦になだれ込む。シールドを破棄した後は軽快な機動性能で相手の死角へと移動し続けて打ちまくる。いいスタイルだ』
まるで弟子に指導するかのような穏やかな口調/クソむかつく。
『ただなぁ』
ボッボッボッ……!! と連続で奏でられるフルオートショットガンの発射音。
至近距離では絶大な破壊力――リザにとってこの音は頼もしい力の象徴だった/だが今は、頼もしい破壊力のすべてが自分に向けられている=一瞬でシールドが半壊。耐久力がこそげ落ちていく。
「やろぉ!」
カメラアイが機能回復――ロックオン可能。
だが、敵機はタイミングを見計らっていたように銃撃を中止し、こちらの背後を取る行動。
なぜだ。なぜ狙えない――『スマートボア』の旋回性能が今回ばかりは遅く感じる。
横へとスライド移動しながら照準をねじりこもうとする/だが同時に耳朶を打つミサイルアラート――こっちの背後に回り込みながら放たれる
回避できない――冷や汗が背筋を伝う。緊張で全身を硬直させた次の瞬間には弾着による衝撃が操縦席を揺らした=思わず正面の操縦桿にぶつけそうになる顔面をエアバッグが保護。
『近距離特化の大火力、良好な運動性能がその機体、<スクラップフライ>の強みだ。
では――君の機体と同等の近距離特化の火力、君以上の運動性能を有する敵と戦った場合はどうするべきか? ……君さ。そこを考えずに戦ったな。火力は互角なら君の強みは装甲の厚さになる。どう勝ちにつなげるべきか、思考を絶やすな』
まるでこちらの浅はかさを指摘するような声。
再度のミサイルアラート=反射的な回避行動を始める。だが。それに対してキングは言葉を続ける――というか、シミュレーションとはいえ衝撃や加速Gもある。
それを――こっちに影さえ踏ませない、常に背後を取り続ける移動を行いながら平然と話してくる=奴の臓腑は鉄で出来ているのか?!
『
「うわあぁぁ?! け、蹴られ?!」
まるでバーテンダーのシェイカーに入れられたような衝撃/アセンション粒子に適合し、強化されている彼女の肉体でさえ耐えられるか否か/<スクラップフライ>の右腕が大破=これだけの破壊力を発揮できる手段は一つしかない。
全推進力を蹴りに乗せたブーストチャージだ――自分が『ルーキースレイヤー』にぶち込んだのとは訳が違う=あの時は相手の着地硬直のタイミングを見透かしていた/だがこれは、こっちの回避機動を読んでの蹴り。
上手い。
激しい衝撃/<スクラップフライ>の統合制御体が必死に水平を保とうとする=不可能だった。
そのまま背中から崩れ落ちる機体へと敵機がジャンプしてのしかかり踏みつける姿勢=銃口の黒い眼窩が突きつけられる。
詰み、だ。
反撃の動きをわずかでも見せれば、相手は引き金を引き操縦席付近を鉄と血肉のミンチにできる。通信で白旗をあげさせれば、機体操縦のすべてがロックされ、操縦席の視界がシステム画面に戻っていく。
『おおむね実力は見せてもらった――合格だ』
「へ?」
リザ=大変意外そうな声。
正直手も足も出なかった。キングの実力に対して、八百長専門家だったという認識は消え失せている。
劇的な勝利を演出するため、ただ勝つだけよりも遥かに難しい八百長の専門家が、勝つだけの動きをした場合、自分などあっさりと倒せると思い知った。
だからこそ。
まるで歯が立たなかったのに、合格を与えられて、不可解さにいぶかしんだ。
『不満ありありな顔だな。だが最初に言っただろう。君の実力を見るだけだと。……能力は要求ラインを超えている。あとは――使いこなしてもらうだけだ』
「……なにを」
キング――おや、と首をひねった。
『この機体、俺設計の
リザの視覚に投影される機体名称――まるで自分のために用意されたソレに、彼女は首をひねった。
それはすなわち……
「いらねぇ」
『だと思った』
キングは意外そうにもせずに答える。
『もちろん、金は取る。今回の試合では大金が動くし、君に支払われる報酬も大きい。そこから差っ引く形だ』
「勝手に決められるってのが気にくわねぇ」
『パワーアップのチャンスは逃さんほうがいいぜ。……まぁ、一度、だまされたと思って乗ってみるといい』
穏やかな声で相手は言う。
『何せシミュレーターだ。実弾でないなら、幾ら暴れても金はかからん。……シミュレーターの使用料ぐらいはまけてやる。君に、一番会うと判断した』
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