5:なめんな
キング――シミュレーターから飛び降りる/口にドリンクのストローを銜えながら大写しになっている『スマートボア』の戦闘シミュレーション映像を見上げた。
「……生き生きしてまぁ」
<スクラップフライ改>は次の試合に備えてキングが設計を組んだ新機体だ。
頭部/
どのような性能へと尖らせるかはパイロット次第。
『マッチメイカー』が映像を見ているキングの横に腰かける――肥満体の相手に接近されて増す暑苦しさ=図太いのか、嫌そうな顔をしたキングを気にした様子もなく彼は言う。
「いい感じですね、動きにかみ合っています。さすがだ」
「……最初期型のパーツを未だ使い続けてたからな。性能のいい部品に変えりゃああもなるだろう」
キングは先ほどまで彼女の乗っていた<スクラップフライ>の性能を確認する。
構造パーツの何割かはアリーナの運営委員が支給した初期機体のまま――いつの時代も金の悩みは尽きない。
彼女が
初期機体のパーツを残しているのもそのあたりが理由だろう――大量生産/安価なパーツ=バグとの戦闘で損壊しても修理は実に容易。
「あんな機体でここまで来た。だが、ここまでだ。これ以上、上を目指すなら自己強化だって必要だとわかっているだろうに」
「……何度目でしたか、その手のプレゼントは」
キング=『マッチメイカー』の言葉に嫌そうに手を振る。
「よせやい。金は今回の試合の報酬から差っ引く。なんせ『キングブッカー』は人気のヒールだからな。今回の一戦で得た報酬で支払わせ……どうした」
『マッチメイカー』――通信機から聞こえる呼び出し音を確かめ、後でかけなおそうとしたが……相手の名前がよほど意外だったか眼を剥いた/『失礼』と会釈し場を離れて通話を続ける。
戻ってきた顔には苦渋が浮かんでいた。
「どしたよ」
「アリーナの運営委員会からです。その……次のイベント、『キングブッカー』の対戦相手を『スマートボア』ではなく別の選手に変えろ、と」
キング=あからさまに不機嫌そうな顔。『マッチメイカー』が見極め、テストを終え、頭の中ではどう劇的な試合運びにするべきか計算を続けている――試合に関わる各部署も自分と彼女の戦闘で調整を続けているのだ。
いまさら変更などできるか――そんな意志を込める。
「できるわけねぇだろ」
「運営は『最大限の配慮をせよ』と」
キング=さらに眉間に皺を寄せる。
「……では、運営にこう伝えろ。俺は契約だからこそ従っている」
彼の通信機の向こう側にいる、横槍を入れた相手に敵意を向けるように言い放った。
「文句があるなら。お前たちはランク1、『キングスレイヤー』を敵に回したいのだな?」
すべてが頭の中の理想像通りに動いている/『スマートボア』=リザはかつてない高揚のままブーストペダルを蹴りこむ勢いで踏み込んだ――再現された仮想の戦闘空間とはいえ、その推進Gもきしむ操縦席も本物と遜色ない。
目の前の仮想ターゲットを補足――相手の後方に移動しながら撃ちまくる。機動性と旋回性に富む軽量級は彼女の接近戦スタイルに、歯車が噛みあうように相応しかった。
攻撃目標は以前の強敵だった『ルーキースレイヤー』/乗機<ベイビーキラー>――閃光ミサイルをばらまき視界をかき消しながら突進=閃光が炸裂する刹那、<スクラップフライ改>は頭部カメラを保護するシャッターを自動閉鎖。
一瞬の後に解放すれば、こっちを正面に捕らえながらもロックオンできず、明後日の方向を銃撃する敵。
「くそ、しっくりくる、馴染む! あたしが強ぇ!」
実際に試運転した彼女はすでにこの機体を譲り受けない選択肢など頭から吹き飛んでいる――瞬時にくず鉄になるかつての強敵。己の戦闘スタイルをより特化先鋭させたこの
二戦三選と繰り返し、相手が戦闘AIとはいえ快勝する快感を堪能していた/だが、連戦でさすがに疲労が蓄積してくる。
「シミュレーター終了。ハッチ開けろ」
『メインシステム終了。お疲れ様でした』
無個性な機械音声――聞き流しながら解放される操縦席/流れ込む新鮮な空気。
操縦席から飛び降り、ん~~~! と背伸び/整理体操を行っていると――なにやら遠くのほうで揉めている様子だった。
近くの作業員に話を聞いてみる。
「どったの?」
「え? ああ。……何でもソルミナス・アームズテック社の広報部門が来てるらしいんだよ。アポもなく、なんか無茶を言ってるらしい」
ソルミナス・アームズテック? 聞き覚えのない単語に首を捻り、拡張した視界にネットワークの検索結果を表示させる。
ソルミナス・アームズテック社――壁内部の新興企業/兵器会社=アセンション粒子を利用したビーム兵器のリーディングカンパニー/М&Aを繰り返し、他企業を吸収合併/技術者の誘拐も含めた強引なヘッドハントで技術力を確保/昨今では
「……あたしらの試合にくちばしをはさみに来たのか?」
「その通りですよ、『スマートボア』」
マッチメイカーは福々しい巨体を揺すりながら横に並んだ/穏和な風貌に似つかわしくない厳しい視線を向ける/運営委員の人間に対して当たり散らしている身なりのいい男、そして自分と同年代と思しき麗しい娘がいる――アレがソルミナス・アームズテック社の人間か? と考えた。
「誰なんだ」
「ソルミナス・アームズテック社がスポンサーを務めるパイロットです。
パイロット名は『ブルーローズ』。乗機は<パーフェクション>。パイロットとしてデビューしたのはあなたより半年遅いですが、先日の試合では『ルーキースレイヤー』を短時間で撃墜した期待の新星ですよ。
……気にすることはありません」
自分と同じ程度の年齢/自分より半年遅いデビュー=にも関わらずほぼ同ランク。
負けん気が鎌首をもたげる/そんな彼女をなだめるマッチメイカー。
「けどよぉ」
「いえ、ほんとに気にする必要はありませんよ。彼女はソルミナス・アームズテック社の社長一族の娘で、恵まれた生活環境と莫大な資金援助を受けています。わたし個人としては、裸一貫でここまでのし上がったあなたのほうが凄いと思っていますよ、『スマートボア』」
「……お、おう」
真面目に褒められると調子が狂う/リザ=照れて頬を掻いた。
だが、運営委員との揉めごとは終わっていない、むしろ白熱の一途をたどっている。
「摘みだせねぇの、あれ」
「曲がりなりにも大企業の人間ですからね。簡単ではありません」
マッチメイカーは言う。
「ソルミナス・アームズテック社の出資する
……知っての通り『キングブッカー』は同ランクのパイロットの試合より世間の注目度は大きく、動く金の量も大きい。宣伝費に力を入れるより、あなたとの試合に割り込んだほうが効果があると踏んだのでしょう」
リザ=『スマートボア』は静かに頷いた。
『キングブッカー』はアリーナの試合の中でもでも別格の収益を上げている。世間の注目度も遥かに大きいだろう。ならばその試合に出れば、製品の宣伝として十分な効果が見込める――ただし、事前に試合をする取り決めだった『スマートボア』の予定を取り下げさせる必要がある。
「つまり、あいつらあたしをなめてるって理解でいいか」
マッチメイカー=無言のままで否定も肯定もしない。
気づくとリザは喧騒の中心へと大股で向かっていた。
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