6:賭け試合


「だから……君たちでは話にならない。直接あのヒールに話をさせたまえ」

「……お兄様、少し静かになさったほうが」

「お前は黙っていろ、『ブルーローズ』!」


 ソルミナス・アームズテック社の広報部長/フラッグ機<パーフェクション>のパイロット『ブルーローズ』――拡張現実で表示される二人の姿を確認しながら、リザは腹に力を込める。

『キングブッカー』はここにはいない――関係者以外立ち入り禁止区画に入ってくるわがままな相手の要求を通せば、無法者に屈したということになるからだろう。


 リザはパイロットの方に視線を向ける/金髪碧眼/美男美女ばかり親族に迎え入れてきたせいか、女の眼から見ても非の打ち所のない美貌/優しげで荒事には不向きな印象――全身にフィットするボディスーツは耐G性能の他に対弾、対化学兵器、軽度のパワーアシスト性能を備えたボディスーツ=完璧な荒事のための装備/その上からジャケットを羽織っている。

 彼女は、おや? という視線でリザを見た。

 拡張現実が表示する情報で、リザが自分と同じパイロットであると気づいたのだろう。

 だが、その横の宣伝部長という男がリザに視線を向けた/一瞬だが浮かびかけた侮蔑の表情/四級市民レッドの自分に幾度も向けられた不愉快な視線だ。

 こっちを嫌悪していると隠しながら、にこやかに微笑みかけてくる。

 

「君は『キングブッカー』と戦う予定の『スマートボア』だね?

 いや、わたしは運がいい。君にはぜひお願いがあるんだ」


 リザ=『スマートボア』/反射的に『うるせぇバカ』と叫んで唾でも吐きかけてやろうかという気持ちを抑え込む――ここはスラム街ではないのだ。


「……あいにくあたしはやつとの戦いを楽しみにしてる」

「こちらも君に多大な損害を与えるとわかっているが、補填の準備は済ませているんだ。よく考えて返事をしてほしい」


 そう考えていると、リザの拡張現実へとアドレスが追加される――ソルミナス・アームズテック社の宣伝部長、ギリー=ソルミナスと書かれていた。

 名刺代わりか。勝手に送られてきたのは面白くないが、拡張現実を制御するシステムの性能に巨大な差があるのだろう。


「ソルミナス・アームズテックはでかい企業だろ。『キングブッカー』と戦うより宣伝に力入れたほうがいいんじゃねーの?」

「それは、ちと浅はかだよキミィ……。『キングブッカー』は中堅のランカーだが彼は気乗りしない相手との試合は絶対にしない。その相手に輝く才能の原石を見いださなければ、どれほどの大金を積んでも試合には応じないんだ。

 だが、逆に『キングブッカー』と戦ったパイロットは皆上位ランカーに食い込んでいる。今でこそランク4だが、当時の新人パイロット『21アルイー』は彼との試合を契機に一気に実力を伸ばしているのだよ」


 そういうことは、あるかもしれない。

 リザは心の中で頷いた。他のパイロットにも同様に、自分の戦闘スタイルに噛み合うアセンブリを行ったのなら、彼との戦いを契機に才能が開花する例もありえる。


「そうはいいますけど、お兄様。しょせん八百長屋ではありませんか」


 だが、そんな会話に割り込んできた『ブルーローズ』の言葉にギリー宣伝部長は顔を引き釣らせる。


「ば……バカ!」


 兄という男の叱責にも、『ブルーローズ』はたおやかに微笑んだままだった。


「粛々と力を見せ、粛々と勝利する。わが社の商品価値を高める一番の宣伝は、勝ち星、戦歴、それしかないでしょう」

「へぇ……」


 リザ――面白そうに微笑んだ。

 自分の実力に強い自負を持たねば発せられない言葉=嫌いではない。そもそもリザ自身も、『キングブッカー』VS『サジ』の試合を間近に鑑賞しなければ/『マッチメイカー』から話を聞かねば/実際に彼と戦わねば――『ブルーローズ』の言葉に深々と頷いていただろう。

 まるで少し前の自分を見ているような気分だった。


「あなたもそう思いませんこと?」


 たおやかに小首を傾げて訪ねてくる『ブルーローズ』――リザは、なんだか彼女のことを嫌いになれなかった。


「……へ、まぁ。あたしもそう思ってたさ。いくらか前まではな」

「そう」

 

 同意が得られず残念そうな彼女/かわってギリー宣伝部長が前に出てくる。


「なぁ、君。考えてくれないかね? 君に迷惑をかけるのは悪いと思っているが<パーフェクション>はわが社でも重要な商品だ。

 可能なかぎりの宣伝は打っておきたいのだよ」

「あたしは、パイロットだ」


 リザ――相手の言葉をぶった切るような強い口調/『ブルーローズ』の眼差しを見据えながら言葉を発する。


「パイロットなら勝負して決めようぜ。シミュレーターでの試合。その勝負であたしが負けたら試合の権利を譲る。詫び金もいらねぇ。

 ただしあたしが買ったら試合は譲らねぇし金もさっきの提示した分の倍額支払ってもらう。勝ったやつの総取りだ。どうだ、受けるか?」


 今まで、闘いで勝ってきた。だからこそ生き残ってきた。

 相手の戦力がどれほどのものかは知らない――情報といえば、先ほど『マッチメイカー』が言っていた言葉だけ/『自分を上回る速度で中堅ランカーに食い込んできた相手』/だからこそどっちが上か白黒つけたくもなる。

 頂点を目指すならば、どうせどこかで戦う必要がある――ならば今日ここで、だ。


 ギリー宣伝部長――思わぬ提案に口元で欲深そうな笑顔を浮かべた。

 それほどまでに、後ろに控える『ブルーローズ』と<パーフェクション>の実力に絶対の信頼を置いているのだろう。


「……言質は取りましたよ」


 男が指を鳴らせば、近くの通信機器より聞こえてくるのは、先ほどのリザの発言を再生する音声。

 

「記録してたのかよ」

「商売絡みだと、こういう用心が重要になるものでして。……『ブルーローズ』! 話は聞いたな。勝ってこい!」


 王が奴隷に命令するような強圧的な声/自分より弱きものを恫喝する意思に満ちた言葉――応援や声援ではなく、勝って当たり前だと言わんばかりの言葉を受けてもなお、『ブルーローズ』はたおやかな笑みを崩さない。


「かしこまりました。……リザさんですね。ありがとうございます」


 突然の感謝の言葉/目を白黒させるリザに、彼女はゆっくりと頭を下げた。


「正直、八百長の専門家相手と戦うより、わたくしと同年代、同時期のパイロットとの闘いのほうが……ずっと心が沸きます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る