第30話:エメリアの家族
僕はエメリアと共に正座させられていた。
しかも床に直だ。
足が痛い。
さっき殴られた頭も痛い。
というか長旅の所為で全身が痛い。
あ、何か泣きそう。
お風呂入りたい……。
でも少し冷静になってきた。
確か、ガラリアの名は襲名制だったはずだ。
ならこんな女の子が継いでいても一応おかしくは無いのか……。
というかよく見れば[人種]じゃなくて[ハーフリング種]確定だ。
骨格がちゃんと大人ではないか。
ああよかった。
とりあえずエメリアの家は子供に酒を出すふざけた店では無いのだ。
……よし、ほんのちょっぴりだけど前向きになれたぞ。
ふと、厨房の奥から一人のドワーフがのっそりと顔を出す。
「何の騒ぎ――お? おおおお!? エメリア、無事だったかあ!」
エメリアがドワーフに気づくと、少しばかり表情を明るくさせた。
「あ、ガランおじさん、ただいま戻り――」
「おいガラン。少しばかしボクの馬鹿弟子を借りるぞ」
「お、おう? ああ、いや、だがな先生。エメリアは長旅で疲れている。俺としちゃあ早く休ましてやりたい」
おお、良いぞドワーフの人。
名はガランって言ったか。
頑張ってくれ。
エメリアが開放されるということは僕も開放されるということだ。
これは良い援軍だぞ。
「ボクはこやつに言ってやらねばならんことが山程あるのだ」
「う、ううむ。だがエメリアは家族だ。多めに見てやってほしい」
ガラン強いぞ、頼りになる。
家族の絆、家族の愛、家族の力だ。
これに勝るものなど存在しない。
「おいガラン。ボクがこの店に一体いくら酒代をつぎ込んでやったと思っている」
「むうう! わ、わかった。従おう」
やっぱ世の中金だわ……。
お金って強いなぁ。
ちょっと勝てない。
ガランが諦めてすごすごと退散しようとすると、奥から背の低い少女が元気よく姿を表した。
「父ちゃん! エメ姉が帰ってきたの!?」
どうやら娘さんらしい。
彼女がエメリアに気づくと、あふれんばかりの笑顔になった。
「エメ姉だー!!」
だがすぐに僕に気づくと、驚愕して絶叫した。
「うぎゃああ男だあー! エメ姉が男連れてきたあ! うわああ男連れだああー!!」
「お、おいバーバラ行くぞ!」
「と、父ちゃん! エメ姉が男連れてきた!!」
「良いから!」
「結婚したのかな!?」
「良いから!!」
酷い誤解を大声で振りまかれてしまった……。
男といる=結婚って何をどう考えたらそうなるのだ。
その理屈で言えば、たぶんルグリアはグインと一緒に来るだろうから二人は結婚していることになるぞ。
……は? キレそう。
流石の僕でも怒髪天だ。
なのでその理屈はやっぱりおかしい。
ちらとエメリアの顔色を横目で見る。
彼女は顔を真っ赤にして、ぷるぷると震えていた。
ガラリアが言う。
「え、うそ、結婚したの? それは気づかなかった。おめでとうエメリア氏」
「し、してません……」
「えっ?」
エメリアがぷるぷる震えながら言う。
「結婚……してません……」
するとガラリアは少しばかり考え込んでから、木の杖をエメリアの頭にごちんと振り下ろした。
「あうっ」
「なめとんのか馬鹿弟子」
ああ、これは痛い。
この人角で殴ったぞ。
「ぼ、暴力はやめましょう」
思わず割って入ると、ガラリアの杖は僕の頭に振り下ろされた。
「あ痛っ! な、なんで!?」
「今はボクが話している。キミは講義の最中に口を挟むような生徒なのかね?」
「そ、それとこれとは話が違――あ痛っ」
ごちん、と木の杖が僕に振り下ろされる。
はー、キレそう。
でも一応もう少しだけ我慢しよう。
結婚の件は僕が訂正すべきだった。
結果、エメリアに恥をかかせてしまったのだ。
ならば僕が殴られるのは甘んじて受け入れよう。
それに彼女は一応本物のガラリアだ。
とんでもない崇高な理由があるのかもしれない。
そうに違いない。
だから先程から頻繁にエメリアの頭をごちんごちんと木の杖で叩いてるのも受け入れよう。
でも理由無かったら許さないからな…………。
と、ガラリアはエメリアに向き直る。
「さて、可愛いボクの可愛い弟子よ」
「は、はい」
エメリアは怯えて緊張している。
あのお淑やかで冷静で時々短気なエメリアがこうもなるとは……。
「まず聞いておこう。今の今まで、ボクは間違いを言ったことがあったかな?」
「あ、ありません」
「ん、よろしい。つまり?」
「ガラリア先生は、いつも正しいです……」
「んんー、よろしぃー」
ガラリアはにまーと満面の笑みになる。
何この会話怖い。
洗脳してるの?
すぐにエメリアを助け出さなきゃ……。
思わず膝を浮かせると、ガラリアは僕をにらみつける。
「うっ……」
意外と、隙が無い。
……いや意外どころかまったくないぞこれ。
全力で戦かったとして、勝てるかな。
ちなみについさっきの戦いは全力では無い。
ちゃんと手加減をした。
……でもそれは相手も同じだろう。
「では馬鹿弟子よ、本題に移ろう」
エメリアは身構える。
僕も念の為いつでも動けるよう身構えておく。
ガラリアは、エメリアの長く綺麗な髪を乱暴につかみ上げた。
はっはーほらほら来ましたよぉこいつぶっ殺してやる!
たぶん、僕は今生まれて初めてブチギレた。
顔だろうとなんだろうととにかくボコボコにしてやる。
泣いて謝らせてやる。
僕は即座に全力の[付呪]を発動させ――。
エメリアは震える声で言った。
「大丈夫、ですから……」
う……。
本人に止められてしまった。
無視して行くべきか?
このままエメリアを担いで、ガラリアから引き剥がして……。
ガラリアは僕を見、にまぁーっとした笑みを浮かべた。
「んんんー、一万点やるぞぉ」
「……ふざけているのなら、このままエメリアさんを連れて帰ります」
「家ここだぞキミぃ」
「うっ……」
は、恥ずかしい……。
顔が熱くなる……。
いやこれそういう問題じゃないでしょ。
「あなたの元から、エメリアさんを遠ざけるって意味です」
ふふ、言ってやったぞ。
さあどうするガラリアよ。
と、ガラリアは髪を離し、エメリアに向き直ると真面目な顔になって言った。
「愛弟子よ、ボクを見なさい」
「……はい」
え、無視された?
酷い……。
でも何かこれ以上口を挟めない空気を作られてしまった。
エメリアは、真っ直ぐにガラリアの目を見据えている。
「まだ、死にたいかね?」
何だ、その問は。
意味がわからない。
だけど――。
僕は、少ないエメリアとの記憶の断片をかき集めていく。
エメリアと出会った場所。
傷だらけの、彼女。
確かエメリアは、ルグリアたちを逃がすため単身で魔獣の群れに向かったと聞いている。
そういえば、最後の言葉の時、やけにエメリアは安心していたような――。
何故、と浮かんだ問いの答えが、そこにあった気がした。
しかしそうなると、次の何故が出てくる。
死を望んだ理由が、わからない。
エメリアに、一体何があったというのだ。
僕は思わずエメリアを見た。
ふと、彼女と視線が交差する。
だが彼女は慌てて視線をガラリアに戻すと、力強い言葉で言った。
「いいえ。死にたくありません」
すると、ガラリアはにまぁーっとした笑みになり、エメリアの頬を小さな手でぺちぺちと触れる。
「んんー、千点やろうぅー」
そしてすぐに身を翻すと、彼女は厨房の奥に向けて声を上げる。
「おーい、ガラン坊ー。もう良いぞー」
……坊?
え、この人いくつ?
のそのそと奥からドワーフのガランが現れる。
ガラリアは言った。
「ようし、今日のところは解散だー。愛弟子も疲れていることだろうしね」
と、ガラリアはエメリアに向き直る。
「明日ボクの工房に来なさい」
「は、はい!」
「男連れでな?」
……その言い方誤解生みそう。
「返事」
「はい!」
エメリアが慌てて返す。
ガラリアは僕をじとりと見た。
「おいキミ、返事は」
「えっ!?」
「男連れだと言ったろう。返事は?」
「あ、はい! えっ!?」
思わず返事してしまったが、おかしいぞこれ。
何で勝手に話を進められてるんだ。
「……行っておきますけど、僕はあなたの言いなりにはなりませんよ」
ガラリアの工房には行きたいとは思っていた。
でもその気持は今日吹き飛んだ。
「おほー、キミ良いぞぉ」
「ふざけないでください」
「でもボクの愛弟子は来るぞ? 一人でも来るぞ?」
う、ううっ……。
それは――。
ああ、もうっ!
「ぼ、僕も行きます……」
「ようーし! 明日。明日な? んふっふー」
本当はゆっくりと骨を休めたかったのに。
手紙だって書きたいし、換金だってしたいし、生産職見つけて[商人ギルド]行って恋愛の本買ってルグリアをデートに誘って……。
参った。
予定が全部吹き飛んでしまった。
「ではボクは帰る。じゃぁねぇー諸君たちぃー」
なんだかどっと疲れが出てきた。
お風呂、入りたい……。
ガランがごそごそと厨房で支度をし始める。
どうやらご飯を作ってくれるらしい。
ありがたい。
ガランが料理を作りながら言った。
「エメリア」
「はい?」
「……おかえり。よく帰ってきたな」
「……はい。ただいま、ガランおじさん」
ともあれ、明日に備えなければ。
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