第20話:一方その頃、魔法大学では3 レイヴン

 レイヴン・マクシミリアンは焦っていた。


 チーム戦は、惨敗だった。


 取り巻きの使えない無能たちが言う。


「あんたについていけば安泰だって思ったのに!」


「どうしてくれんだよレイヴン!」


「俺たち最後にケチがついちゃたじゃねえか!!」


「レイヴン、あんたには責任を取ってもらう!」


 無能が掴みかかろうとした瞬間、レイヴンは衝撃の魔法を撃ち放った。


 無能はろくに防御することもできず弾き飛ばされ、気を失う。


 これだけで、残りの三人は及び腰になった。


 チーム戦で負けたのは、こいつらが使えないからだ。


「オレとお前たちではなぁ! 住む世界が違うんだよ! 失せろ!」


 三人は気絶した一人を抱えると、すごすごと退散していく。


 この程度の者たちにかまっている暇は無い。


 今日は、個人戦があるのだ。


 足手まといのいない、一対一の名誉ある魔導師の決闘。

 決して、敗北は許されない。


 [転移]の魔法は強大だ。

 魔法障壁の内側に転移させれば、防御無視の攻撃となる。

 敵から放たれた魔法を敵の背後に転移させれば自滅を誘える。


 万能でありながら、頂点だ。

 レイヴンはそう確信している。


 今日勝ち続ければ、汚名を払拭できる。

 チーム戦は何かの間違いだったと、知らしめることができる。


 ……学長逮捕でかけられた疑いも、力でねじ伏せることができるはずだ。



 ※



 レイヴンは、闘技場へと足を運ぶ。


 待合室に入ると、レイヴンに気付いた参加予定の魔導師見習いたちは声を潜め、ひそひそとうわさ話を始める。


 所詮は手の上で踊らされるクズだ、とレイヴンは彼らを鼻で笑う。


 弱者を叩き、強者に媚びる連中なのだ。


 だからレイヴンが再び強者としての力を示せば、この不愉快な状況も終わる。

 全て元に戻るのだ。


 参加者は誰も彼も、見慣れた顔だ。

 そして勝てる相手だ。

 [転移]の魔導師たるレイヴンの前に、敵は無い。


 その時だった。


 待合室の扉が開かれると、見習いたちがざわついた。


「お、おい,、あいつって」


「え、参加するの?」


「出てくるの初めて見た……」


「次席から首席に上がるかもしれないんでしょ?」


「学長逮捕の功績がかなりあったっていう――」


 そうして、ミューディ・クロフォードはレイヴンの前にやってきた。


 レイヴンは内心で焦りを覚えながらも、虚勢を張る。


「オレの顔を見たくないんじゃあなかったのか?」


「気が変わった。あんたをぶっ潰したい理由ができた」


「おいおい酷いな。首席と次席だ、仲良くやろうぜ?」


「……学長は、あんたの名を呼んでたよ」


 ひやりとレイヴンの背中に嫌な汗が浮かぶ。


 周囲の見習いたちがまさか、といった表情になる。


 だがすぐにレイヴンは冷静さを取り戻す。


「ああ。オレも信頼していた学長に裏切られて悲しいよ」


「ああ?」


 ミューディは明らかに不愉快な顔になる。


「あんた、逃げられると思ってんの?」


「オレも被害者なんだよミューディ。いやね、まさか学長がさ、オレの名を出せば自分の悪事をもみ消せると思ったなんてね」


 まだ、レイヴンはここにいる。

 学長とは違う。

 証拠が無いのだ。


 そして、あるわけもない。

 全ての約束は口頭で行われたのだから。


 そう言う意味では、あの学長は本当に都合の良い無能だったということでもある。


「悲しいぜぇミューディ。どうやらオレは人を見る目がなかったらしい。まさか、あの学長がなぁ」


 そして最後に、レイヴンは挑発の意味も込めて言ってやった。


「はぁ……リゼル君もかわいそうになぁ。せめて彼のご冥福を祈ろう」


「…………あんたはウチが直々にぶっ飛ばす」


「ハッ! 卒業前の最後の試合だもんな? 楽しくに行こうぜ!」


 そうしてレイヴンとミューディは互いに順調に勝ち上がり、決勝で当たる事となった。



 ※



 レイヴンの巧みな魔力操作によって展開された〝魔法障壁〟が、ミューディの拳に砕かれた。


 そのまま顔面を殴り飛ばされたレイヴンは、状況すらも理解できず闘技場の床に転がった。


 一体、何が起こった。

 ミューディは[加速]を選考し、極めた魔導師だ。

 [転移]との相性が悪いのはわかっていた。


 だが問題はそこでは無い。

 魔力の量は、レイヴンが遥かに上だ。

 放つ魔法の威力、速度、共にミューディ如きでは足元にも及ばない。


 事実、ミューディの魔法は全てレイヴンの魔力の盾――魔法障壁で無効化できたのだ。


 とにかく、立たなければならない。

 こんな公衆の面前で、無様な真似を晒すことはできない。


 しかし――。


 膝が震えている。

 立ち上がることが、できない。


 こんな馬鹿なことがあるはずがない。

 魔法を使わねば。

 [身体強化]を使い、再び[転移]で魔法を――。


「何が起こったかわからないって顔してんなぁボンクラ」

 

 ミューディは、既に目の前にいる。

 今日のために用意したのか、今まで見たこともない鋼の手甲を身につけている。


 時間を稼がなければ。

 この至近距離ならば、[転移]の魔法を使うまでも無い。

 とにかく魔法を撃つ準備さえ整えば、勝てる。


「じ、次席の魔導師が……鋼を、使うのか」


 金属と魔法は相性が悪い。

 装備すれば自らの魔法発動を阻害し、しかし敵からの魔法はそのまま受けてしまう。


「ボンクラにはこれがただの鋼に見えんのか? だとしたら、あんた相当馬鹿だね」


 少しずつ、体力が回復してきた。

 あと、もう少しで――。


「み、皆の目にもそう見えてるぜぇミューディ。評価、下がるんじゃないか?」


「くだらない。ウチはただあんたを叩き潰しに来ただけだ」


 時間稼ぎは、十分だ。

 ――もう行ける。


「そうかい!!」


 レイヴンは魔法障壁を全開にしながら、稲妻の魔法を正面で爆裂させた。


 天に向けて放った稲妻が雷鳴と共に迸った。


 勝った。

 直撃だ。

 仮に致命傷でなくても、ミューディの魔法ではレイヴンの障壁を破れない。

 魔力の総量が、違いすぎるのだ。

 だから、先程はレイヴンが油断していただけだ。

 そうに違いない。


 しかし――。


「――な、に……」


 ミューディは無傷でそこにいた。


 バチン、とミューディの手甲の先端に閃光が瞬く。


 まただ。

 ミューディが攻撃に移る際、必ず手甲の先端に輝きが集まる。

 知らない、魔法か?


 いや、この輝きは――。


 ミューディが[加速]し、レイヴンの障壁目掛け手甲を振り抜く。


 完成されたはずの魔法障壁は、ガラスのように容易く砕けた。


「ば、馬鹿な――」


 偶然では、無い。

 だが理由がわからない。

 一体、どうして……。


 更にミューディは拳でレイヴンの腹部や肩、両腕を[加速]の乱打で打ち付けていく。

 最後の大ぶりの一撃を顔面に受けたレイヴンはふっとばされ、闘技場の壁に激突した。


「こ、ん、な……馬、馬鹿、な……」


 もうレイヴンは動けない。

 魔法すらも詠唱できない。


 息が苦しい。

 足は、どうなっているのだ。

 体が動かない。

 こんな、馬鹿なことがあっていいはずがない。


「オ、オレはぁ! レイヴン・マクシミリアンだぞ!! このオレに対して! 良くも! 下賤の女如きが!」


 レイヴンに吐けるのは、悪態だけだ。


 ミューディの視線に、哀れみの色が宿る。


「……この手甲は、あいつがウチの誕生日にくれた」


 レイヴンはごほ、と血を吐く。

 回復魔法を唱えることすらできない。


「いやね、女の子の誕生日に馬鹿かと思ったよ。何渡してんだって。だけど――」


 ミューディが鋼の手甲を見せつけ、言った。


「あいつは、本気だった。鋼一枚一枚に、途方も無い労力をかけて魔力を流し込んでいった。何日も、何日も……」


「そ、そんな、こと……できるはずが……」


「できないと思ったその先に答えはある。それが、あいつの理屈だ」


 レイヴンの意識が遠のいていく。

 リゼル・ブラウン。

 あいつさえ……あいつさえいなければ。


 最後に、ミューディは言った。


「[対魔導師用リゼル流格闘術]、強大な魔法障壁は、一点集中の僅かな魔法障壁で、ぶち壊せる。――覚えときな、ボンクラ」


 レイヴンの意識は、そこまでだった。

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