第21話:改めて、弟子入り志願

「起っきろー!!」


 部屋の外から響く元気な声で、僕は目が覚める。

 この声は、ルグリアだ。

 朝から本当に元気な人だ。

 血圧高いんだろうか。


 ……あれ?

 僕昨日何してたっけ?

 と、状況を確認していく。


 ここは、宿屋の二階の一部屋。

 ありがたいことに個室。

 簡素なベッドの上。

 窓から朝日が差し込んでいる。

 確か、僕は昨日、朝日が登るまで戦い続けて――。


 あれぇ?

 朝日が登るまで戦い続けて、朝日が差し込んでいるってどういうこと?

 もしや、丸一日中寝ていたのか?

 何ということだ。

 これはいけない。

 魔獣の死骸の山を、片付けなければいけないのだ。

 それは冒険者にしてみれば、それは宝の山なのだ。

 本来なら剣も魔法も通らないほど強靭な魔獣の革、牙、骨、爪、諸々が文字通りいくらでも手に入るのだから。


 僕はのそのそとベッドから起きると、外からドタドタと乱暴かつ元気な足音が聞こえてくる。

 足音が僕の部屋の前で止まると、案の定ルグリアがノックもなしに扉を蹴破る勢いで開け入って来た。


「書き入れ時のー! 冒険者の朝はー! 早いぞーっ!」


「す、すいませんルグリアさん。僕寝すぎたみたいで……」


 その所為か頭が少しクラクラする。

 体中が痛い。


「ン! 感心! もう皆作業に移ってるからねっ! リゼル君も一緒に――」


 と、ズカズカと僕のそばに詰め寄った彼女と視線が交差する。

 僕、この人とキスしたんだよな……。

 改めて見ると、本当に綺麗な人だ。

 陽光に照らされて、髪とか色々輝いて見える。

 こ、こんな綺麗な人と、キスを――。

 ふいに、ルグリアはぷいっと顔を背けた。


「ア、アタシ! 呼びに来ただけだから! 冒険者のやることは多い! 泣き言は言わない! 腕を動かす! ンじゃ後頑張って!」


 そのまま彼女は僕には目もくれず、だっと駆け出し外へと向かう。


「エメリアの言うこと聞くんだかンねー!」


 ……行ってしまった。

 嵐のような人だ。

 そして僕の初めてのキスの相手だ。


 わ、わあ、もうまともに顔見れない。

 せめて恋とか愛とか段階分踏んでくれたらまだ何とかなったのに、いきなりこれは心が持たない。

 もう付呪とか未来とか全部吹き飛んで妙なドキドキに頭が支配されてしまう……。

 何ということだ。


 正直言って、僕は勉学よりも恋愛に励む連中が嫌いだった。

 華の[魔法学校]に入った癖して、愛だの恋だの愛だの恋だの……。

 でもこれは駄目だ。

 強い。

 ちょっと勝てない。


 デ、デートというやつに誘っても良いのだろうか。

 いやそんなのまだ早いから、お食事に誘ったり……。

 待てよ、そもそもデートってなんだ?

 一体何をするのデートなのだ?

 一緒に食事か?

 なら食事に誘ったらデートなのか?


 そういえば、エルフって魔力がたくさん含まれている食べ物が好きだって言ってたな……。

 いやいやいやいや、まずやるべきことは仕事だ。

 丸一日中寝ていた分は取り戻さなければ。


 ……それにしても、体が痛い。

 そして重い。

 やけに疲れている。

 寝すぎるってこんなに疲れるものだっけ……?


 顔を吹きながら割れた鏡で確認する。

 目に隈ができている。

 ……寝すぎると隈できたっけ?

 と、部屋の扉を開けると少しばかり具合が悪そうなエメリアと目があった。


「おはようございます、エメリアさん」


 危機は去った。

 そして次に待っているのは彼女を師とした付呪師見習いの道だ。

 礼儀正しく、嫌われないように行こう。

 エメリア先生って呼ぶべきだったろうか?

 それともエメリア師?

 マスターエメリア?


「リゼルさんは、もう休憩終わりですか?」


「いやいや、皆さんも頑張っているわけですし――」


 ん、休憩?

 それ表現としてあってる?

 …………休憩?

 ひょっとして嫌味言われた?

 おやまあ随分と長い休憩ですねえ的な?

 エメリアは、クスりと微笑んだ。


「たった一時間でそこまで回復できるなんて、リゼルさんは本当にお強いのですね」


 ……あ、なんか急にとてつもなく具合悪くなってきた。

 ええ、嘘でしょ。

 一時間しか休んで無いのにルグリアに無理やり起こされたの?

 いやだって僕、戦闘の前からずっと働きっぱなしよ?

 朝から付呪し続けて、夜になったらとんでもない化け物と戦って、その後も朝まで魔獣と戦い続けて休みそんだけしかくれないの?

 ルグリアは地獄のような人だ……。


「私も、リゼルさんに負けないよう頑張らないといけませんね」


 誤解です……。

 僕精神的にも肉体的にもたぶん今が限界です……。

 だってこんなに頭痛が酷くて体が痛いんですもの……。

 ふと、エメリアは気恥ずかしそうに言った。


「リゼル……せ、先生、と呼んだ方が、良いですか?」


「い、いやそんな、僕なんてまだまだ……」


 と言ってしまったが、実はその呼び方すっごい憧れる。

 だが、嘘ですやっぱり呼んでくださいとは言えない。


「僕からしてみれば、エメリアさんこそ……その、エメリア、先生ですので……」


「そう――ですね。リゼルさんの仰ること、少し納得しました」


 え、何が?

 何の話?

 良くわからないことを勝手に納得されると後が怖いのだけど。


「だってリゼルさんの付呪の後遺症、ふふっ――すっごい」


 なんで嬉しそうなの?

 なんでそんなに楽しそうに言うの?

 ちょっと怖い……。


 けど、後遺症が凄いのは事実だ。

 付呪とは、本来その道具と周囲に漂う魔力だけで完結するもの。

 だと言うのに、後遺症が残るようではいくら性能が良くても欠陥品だ。

 しかし、課題があるということは、やるべきことがあるということだ。

 武器は壊れないように、防具は後遺症が残らないように付呪をする。

 そのために、学ぶことは多い。

 そしてそれをきちんと見抜いて指摘してくれるエメリアは、良い師だ、と思う。


 僕の付呪は凄い。

 爆発力がある。

 ……いやまあいろんな意味で。

 とにかく僕の付呪は、性能自体は間違いなく一級品だ。

 頂点を狙える。

 でも、今の僕に必要なのは強固な土台だ。

 付呪の基礎こそが、今学ぶべき最重要課題なのだ。

 僕はエメリアに向き直り、深々と頭を下げた。


「いたらないところもあるかと思いますが、一生懸命頑張ります。これから宜しくおねがいします。――エメリア先生」


 ……いきなり仰々し過ぎただろうか?

 どうしよう、もう頭あげちゃって良い?

 まだ早い?


 僕はチラッと目だけでエメリアの様子を伺う。

 何故だか妙に嬉しそうな顔が見える。

 と、時々この人何考えてるのかわからないな……。

 承諾、ということで良いの?

 頭上げて良い?


「……こちらこそ、よろしくおねがいしますね。リゼル先生」


 僕も先生だ。

 すっごい気恥ずかしいけど生まれて初めて先生って呼ばれた。

 先生と呼ばれることがこんなにもむず痒く、嬉しいものだとは……。

 僕はエメリアとぎゅっと握手をしてから、宿屋を後にする。

 やるべきことは、山積みなのだ。

 ……一時間しか休んでいないけどなあ!

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