第37話:ガラリアの夢 前編

 [帝]の名を関する伝説の付呪師ガラリア。

 彼女が運営する工房で、僕の仕事は始まった。


 とりあえず最初の仕事は、お風呂の湯を張り、ガラリアがお風呂に入っている間に夕食の準備を整えることだった。


 お風呂上がりのガラリアが火照った顔を手で仰ぎながら食卓の椅子に座る。


「ふいー、リゼル氏ご飯はまだかね」


「……これ本当に仕事ですか?」


「何を言うかね、きちんと給金は出すぞ。これは立派な仕事だ」


「では言い方を変えます。これが付呪師の仕事ですか?」


「仕事だとも。付呪師も人だ。飯を食わねば付呪はできぬ」


 …………。

 食事と風呂が用意されている[石と苗木]の方が良かった気がする。

 まあ、ガラリアの護衛という意味もあるのだから流石に戻ることはできないが。


 食卓に食事が並ぶと、ガラリアはにまぁーっと笑みを浮かべた。


「さあさあリゼル氏、遠慮せずに座りたまえ。共に今日の冒険の成功を称え合おうでは無いか」


「……まあ、いいですけど」


 何か釈然としないが、僕は空腹に負けた。


 流石は最高位の付呪師ガラリアのキッチンは食材が豊富だった。

 付呪を利用した冷蔵庫、冷凍庫に製氷機まである。


 新鮮な肉と野菜を使って調理することができたのは嬉しい。


「リゼル氏やるね、なかなか美味しいぞ」


 とガラリアは僕のシチューを口いっぱいに頬張る。


「ああそうだ。とりあえず明日キミを[商人ギルド]に紹介する」


「え、いいんですか?」


 いきなりちゃんとした仕事らしい話題を投げかけられ、僕は驚いた。


「当たり前だ。キミの実力を遊ばせておく方が損失だ」


「一応[冒険者ギルド]からも推薦してくれるっていう話でしたけど」


「それでキミはただ待っているだけのつもりだったのか? 連中の腰は重いぞ」


 ……ただ待っているだけのつもりだった。

 だって、皆あれだけ意気込んでくれていたのだし。


「ボクが行けばその日のうちに手続きは終わり許可証が出る。任せたまえよ」


「それって職権乱用ですよね」


「おーそうかわかった。ではやめよう。キミはいつ来るかもわからない報告を待ち続けるが良い」


 うっ……。


 ガラリアはにやぁと笑って僕を見ている。

 僕は敗北を認め、ガラリアに頭を下げた。


「……すみません、登録お願いします」


「おーおーキミがそこまで頼むのなら仕方あるまい。これでボクたちは共犯だ」


「きょ、共犯……」


「うむ、共犯だ。ワクワクする響きだな」


 ちなみに僕の寝室は用意されていなかった。

 抗議はしたが、一人しかいない護衛が別の部屋で寝てどうすると理屈をこねられ僕は負けた。


 流石に一緒のベッドで眠るのは断固として拒否した結果、床で寝袋を敷いて寝ることとなった。

 ……フカフカのベッドが恋しい。



 ※



 朝食を終え、[商人ギルド]に向かう準備が完了した僕はガラリアと共に工房の扉を開ける。


 目元だけ笑っていないエメリアがそこにいた。


「うわっびっくりした……」


「お、おおー我が弟子ではないか、心臓止まるかと思ったぞ」


「…………どこに行くんですか?」


 ……怖い。

 だが、悪いのは僕だ。

 しっかりと言葉を伝えなかった結果、こうなってしまった。

 彼女の心を、弄んでしまったのだ。


 と、僕が喋ろうとするとガラリアはかかとで僕の膝を蹴る。


「痛った……」


「おおー我が弟子よ、ちょうど今から迎えに行こうと思っていたのだよ」


「……どうしてリゼルさんが先生の工房から出てくるんですか?」


「うむ、最もだ。歩きながら話そう」


「今話してください」


「おお、そうか、そうだな。まあ端的に言えばだ、彼はボクの護衛として雇ったのだ」


「護衛、ですか……?」


 流石はガラリアだ。

 一時危なかった気がしたが話の主導権を握り始めた。


「昨日の襲撃。あれはボクを狙っていたのはキミも把握しているな?」


「はい。なのでリゼルさんと話し合ってからガラリア先生の工房に向かう予定でした。……それなのに――」


「うむ弟子よ。行動が遅いぞ。話し合っている間にボクが殺されたらどうするつもりかね」


「それは――」


「状況を判断してから行動すべき時もある。だが今回はまず先に行動すべき時なのだ。ボクの言っていることはわかるね?」


「わ、わかります」


「ん、よろしい。さてボクたちはこれから[商人ギルド]へと向かう。キミには工房の留守を任せたい」


「え、留守をですか?」


「うむ。ボクのいない間に潜まれるのは怖い。キミがいてくれれば安心だ」


 すると、エメリアは救いを求めるように僕を見た。

 な、何とかしたほうがいいのだろうか。

 いやなんとかするってなんだ。

 僕に何ができるというのだ。

 しかし、このまま捨て置くというのはあまりにも……。


「あの、エメリアさんは――うっ」


 ガラリアの拳が僕の下腹部にお見舞いされた。


 予想していなかった痛みで僕は膝を付きうずくまる。


「い、痛ったぁ……」


「リ、リゼルさん大丈夫ですか!?……ガラリア先生! さっきからリゼルさんに何してるんですか!」


「これはボクを守るための訓練だ。リゼル氏の同意は得ている」


 ……得てない。

 そんな訓練しらない。

 だが、僕は言うしか無かった。


「そ、そうなんです、エメリアさん……。だ、だから、大丈夫……」


「うむ。鍛錬は時として辛く厳しいのだ。ここで手を差し伸べてはいけない」


「で、でも……」


「リゼル氏を更に強くするためだ。ボクが嘘を教えたことがあるかね?」


「……無いです」


「うむ。ではエメリア氏、工房を任せた。ここはボクの帰る場所だ」


「……はい」


「ようし。行くぞ立てリゼル氏」


 かくして、僕は腹部をさすりながら[商人ギルド]へ向かった。



 ※



「これはこれはガラリア様! よくいらしてくださいました!」


「うむ、くるしゅうないぞ。さあもてなせ」


 [商人ギルド]に到着すると、早速ギルド長が出迎えてくれた。

 そしてあっという間にギルド長室まで案内される。

 権力の力を思い知り、僕はごくりとつばを飲み込んだ。


 ここへ来てようやく、このちんちくりんで我儘なガラリアが、あの世界最高峰[帝級]の付呪師ガラリアなのだと再認識させられたのだ。


 高そうなカップに注がれた高そうなお茶がガラリアと僕に出される。

 また僕はごくりとつばを飲み込んだ。


 手を付けて良いのだろうか。


「ミルクと砂糖たくさんいれてくれたか?」


「はいもちろん。ガラリア先生の好みはちゃんと把握しております」


「うむ。さすがだくるしゅうないぞ」


「ぜひ今後ともご贔屓に……」


「もちろんだとも。赤子の頃から知ってるキミをボクが蔑ろにすると思うかね?」


 ギルド長は苦笑すると、ガラリアは得意げな顔になる。


「まあ、そういうことだ」


 ふと、ギルド長と目が合う。


 ここは、僕から挨拶すべきだろう。


 僕はソファーから立ち上がり、深々と頭を下げた。


「名乗るのが遅れてしまい申し訳ありません、僕は――」


「待て名乗るな馬鹿者」


「え、何で……」


 と、ガラリアはギルド長に挑発的な笑みを向ける。


「さあ、当ててみたまえ」


 ギルド長は少しばかり考え、僕の足元から頭の先までを舐めるように見る。

 ちょっと恥ずかしい。


 だが、理屈はわかった。

 ギルド長もまた、ガラリアにとっては可愛い可愛い教え子の一人なのだ。

 こうしてガラリアは、常日頃から彼らをテストしているのだろう。


「……リゼル・ブラウン氏、でよろしいですかな?」


 凄い、当てられてしまった。

 僕がこの街に来てから、まだ一日しか経っていないというのに……。


 ガラリアはいつものように、にまぁーっと笑みを浮かべる。


「よおーし流石だ。撫でてやろう」


「も、もうそのような年ではございません……」


「遠慮するな、年の差は変わってないぞ」


「い、いえ、自分は商談に……ああ、ちょっと先生やめて!」


「うははははーういやつよー」


 僕はいい年をしたギルド長が外見幼子のガラリアに撫で回されるのをしばらく眺めている羽目になった。



 ややあって、ギルド長はこほんと咳払いをしながら身だしなみを整える。


「[冒険者ギルド]からリゼル・ブラウンなる付呪師の魔道具を買わせろと催促が来ておりましてな」


 どうやら、彼らは本当にすぐ動いてくれたらしい。


「ですが[商人ギルド]と致しましては、荒唐無稽な噂話を根拠に氏を承認するわけにはいきませんので……」


「どんな噂かね?」


 ガラリアが問う。


「やれ八体のキングベヒーモスを一撃で葬ったとか、やれ空を舞い千の魔獣を蹴散らしたとか、果には死者まで蘇らせたとか……」


 こっちにまで尾ひれのついた噂が来ているのか……。

 微妙に当たっているだけにたちが悪い。


 僕は、間違いを訂正しながら〈サウスラン〉と道中での出来事を説明した。


「……キングベヒーモスの素材は、確かに一体分でありましたな」


 ギルド長が考え込む。


 ふと、ガラリアが僕に言った。


「そういえばリゼル氏、キミの素材選択は決めたかね?」


 冒険者は同じパーティで報酬を山分けにするのがルールだ。

 だが僕は特別に、キングベヒーモスの素材を多めに貰えるらしい。


 もう何を選ぶのかは、決めていた。


「皮を、もらうつもりです」


「ほう、その心は」


「[飛行]と[浮遊]の付呪を完成させたいんです」


 この街に来る道中で作ったものは、改良を重ねた結果空を飛ぶというよりも短距離の[跳躍]に近いものとなってしまった。

 遺跡の内部での戦いでは[身体強化]の補助として大いに役立ってくれたが……。


「この二つの付呪が確立できれば、大昔のように空を飛ぶ船だってできると思うんです」


 そうすれば、人の交流はもっと活発になる。

 姉さんがいる僕の故郷だって、きっと賑わってくれるはずだ。


 ギルド長は真面目な顔で僕を見る。


「何か……付呪をしていただけますかな?」


 僕の力量を実際の目で判断したい、ということなのだろうか。

 ならば受けて立とう。


「わかりました。何にしましょう?」


「……瞬間火力が得意とのことですので、やはり杖が良いでしょう。確か――」


「おーそうだキミ、確か[世界樹の杖]があったな?」


 なんと、あの素晴らしい杖が……。

 エメリアからもらったものは本当に惜しい事をした。

 だが、もう一度あれと同じものに付呪をできるのならば光栄だ。


 だがギルド長の顔は青ざめている。


「せ、先生それは……」


「よーし、けってーい。さあ今すぐ持ってきたまえ」


「いえいえ先生。あの杖はガラリア先生への依頼ですので……」


「ではボクからリゼル氏に依頼しよう。任せたぞリゼル氏」


「いいいやいやガラリア先生! [共和国]正規軍からの直接の依頼ですぞ!?」


「それがどうしたというのだ。ボクはボクの信じたものを信じる」


「いや先生! あの[世界樹の杖]は他のものより大変貴重な一品でして……」


「おおー良かったなリゼル氏、キミの力量をフルに活用できるぞ」


「先生! 先生! 万が一があれば[商人ギルド]は信用を失ってしまいます!」


「ボクだって失敗する時はするのだ。そうなったらキミたちがボクを切り離せば良い」


「くっ……ガラリア先生は、いつも私に試練をお与えになる……!」


「突破できぬ試練を与えたことは無い。さあ持ってきたまえ」


 ギルド長は観念し、深い溜め息をついてから一度部屋の外へと出ていった。

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