第36話:リゼルの相談と就職先

 僕は冒険者たちと分かれ、ガラリアの工房に案内された。

 ルグリアとエメリアは、先に宿に帰ってもらった。


「[探知]の魔道具は憲兵隊の通常装備だ。しばらくは彼らに任せて良いだろう」


 [暗殺者ギルド]は憲兵隊も追っている。

 今回の戦いが、解決の一助となれば良いが……。



「さてリゼル氏、何から話そうか」


 と、彼女は椅子に腰掛ける。

 僕の椅子は無い。


 ……何で?


「どうした座りたまえ、床だけど」


 …………よし。

 この人にはちゃんと言おう。

 遠慮しない。


「あなたが呼んだんですから椅子くらい用意するのが礼儀ですよね?」


「でもキミその後自分から来たいと言ったぞ」


 う、く……。


「まあ遠慮するなリゼル氏。ボクとキミの仲だ、さあ座りたまえ床に」


 僕は渋々床に座る。

 ……あ、何か暖かくて柔らかい。


「ボクの付呪だ。良いだろう。褒めたまえよ」


 …………。


「まず僕の方から話を聞いてもらっても良いですか?」


「お、意外と意地を張るね。だが良いぞ、それでこそだ。うむ、聞こう」


 と、僕は[魔法学校]で書いた論文の内容とほぼ同じ戦術を[暗殺者ギルド]が使ったことを語る。

 そしてそれを学長に潰されていたことも――。


 ガラリアが途中で口を挟む。


「名は?」


「……[対魔導師用戦術]、[対魔導師用封印術]、[魔法と鋼の融合]です」


「おおおー! 何だねそのときめく名前は!」


「今真面目な話しをしてますよね?」


「すまない。そうだった」


 この人大丈夫かな……。


 そうして、全てを語り終えた後、僕はあの学長が関わっているのでは、と疑問を投げかけてみた。


 ガラリアは首を振った。


「リゼル氏。彼は既に逮捕されている」


「逮捕!? 何したんですか!?」


「キミが一番思い当たる節あるだろうに」


 あ……。


「それだけでは無いぞリゼル氏。今[帝国]は危うい。[魔法学校]の権力が強すぎるのだ」


「け、権力って……。ただの学校ですよ?」


「想像力を働かせたませリゼル氏」


「ガラリアさんのそれは空想とか、妄想って呼べるものの類に思えます」


「では事実だけ述べよう。[魔法学校]とは、数多くの宮廷魔導師を選出し、卒業生のほぼ全てが[帝国]の重要な役職につく学校だ」


「それは……そうですけど……」


「リゼル氏、これは昨日今日始まったことでは無い。既に[帝国]の中枢は[魔法学校]の卒業生で埋め尽くされているのだよ。上も下もな」


 事実、としては……反論の余地は無い。

 その通りだ。

 だけど僕は知っている。


「前の学長は、素晴らしい方でした」


 直接的な師と呼べるほど近い関係では無かった。

 だが、魔導とは世界を豊かにするためのものだという思想は、前学長からのものだ。

 あの人までがそうだとは、決して思えない。


 だが、ガラリアは言った。


「ではリゼル氏よ、問おう。その素晴らしい前学長は、何故いなくなったのだ?」


「何故――」


 僕は、返答につまらせた。

 理由は聞かされていない。

 ただ移動した、とだけ……。


「リゼル氏。彼は負けたのだ。[魔法学校]を昔の良いものに戻そうとした者たちの最後の抵抗が彼だったのだ」


「ですが、今の学長は捕まりました。まだ抵抗勢力が生きているのでは……」


「ならばここからはボクの妄想だと思って聞きたまえ」


 ……ずるい言い方だ。

 だが、僕はもうここまで来てしまった。


「言ってください」


「ん。おそらく、[魔法学校]は次の段階に移っていた。それは、次に生まれる新しい[魔導]の独占だ」


 ガラリアは真面目な声で語る。


「だが、中には新しい[魔導]に対応できない者もいる。魔導とは、魔法を使うものだと考えるような連中だね」


 その思想は、学長のものと同じだ。

 僕とは、真逆の……。


「彼は[魔法学校]では無く、自分の地位のためだけに動いていたのだ。だから新しい[魔導]の担い手となり得るキミを潰そうとした」


 と、語り終えたガラリアは僕を見る。


「さあ、リゼル氏の反論があるのなら聞こう。所詮これも仮設だ」


 僕は、何も言い返せなかった。


「……まあ良い。ああそうだ、ちなみにキミの破門は取り消されている」


 不思議と、喜びは無い。

 ただ漠然と、ああそうかと思っただけだ。


「戻りたいか? ボクなら送り届けてやることは簡単にできる」


 [魔法学校]での日々を思い出す。

 最初は楽しかった。

 希望に満ち溢れていた。

 でもその後はずっと嫌なことばかりだった。


 腐敗していた、憧れの場所。


「戻りません。……戻りたく、ありません」


「ん、そうか。まあ賢明だろう」


「――あれは、本当に[暗殺者ギルド]だったんでしょうか」


「さてな。だがボクとしては同じことだ。彼らがかの有名な[暗殺者ギルド]だろうと、それに扮したどこぞの[暗殺部隊]だろうとね」


 事実として、ガラリアの命が狙われた。

 それは揺るがない。

 この目で見たのだから。


 そして、そこに僕の論文が漏れている――。


 一度ガラリアは息をつき、天を仰いだ。


「……なあ、リゼル氏よ」


 ガラリアは、椅子からゆっくりと降り、僕のそばへと歩み寄る。


「キミは、彼らの王となる予定だったのかもしれぬな」


 買いかぶりすぎだ、と言いかけるも、冷静な部分が待ったをかける。

 ……その可能性は、決してゼロでは無いと今なら思える。


「ただし、腐敗の王だ。恐ろしいことだがね」


 ……嫌な響きだ。


「さて、リゼル氏よ。ボクはキミに謝らなければいけない」


「えっ?」


 唐突にガラリアは僕に頭を下げた。


「黙っていてすまなかった。今日の冒険は、奴らを誘い出すのが目的だった。まさか[帝級]の遺物を見つけるとは思わなかったが」


「それならそうと最初から言ってくれれば――」


「キミこそが、[暗殺者]かもしれないと考えてしまったのだ。愚かなボクを許して欲しい」


 突然外からやってきた、[魔法学校]出身の、魔導師。

 状況を鑑みれば、その可能性には行き当たるだろう。

 命を狙われれば、疑心暗鬼にもなる。


「……いえ、わかってくれたのでしたら」


「だからリゼル氏、改めてキミに頼みたい」


 ガラリアは、真っ直ぐに僕の目を見据える。


「ボクはねリゼル氏。この街が好きなんだ」


 彼女は僕から目を離さない。


「だのに、どこのものかもわからない[暗殺者]の影が潜んでいる。ボクは、それが許せない」


 僕だって、故郷に奴らが現れたら嫌だ。

 ましてやその影が、姉に伸びでもしたら――。


「リゼル氏、助けて欲しい。キミだけが、彼らの[魔導]の先を進んでいるのだ」


 ……ガラリアは、きっと良い人だ。

 冒険者たちとも、あれだけ楽しそうにしていたではないか。


 [魔法学校]は、腐敗している。

 それは破門された際に肌で感じた。

 だが、そこまで根深いものだとは、わからなかった。


 ……いいや、全ては仮説に過ぎない。

 腐敗の度合い、抵抗勢力を論じても、仕方のないことだ。

 結局は僕が納得するか否かでしかない。


 実際に、ガラリアは命を狙われた。

 それはこの目で見たばかりだ。

 そして彼らは僕の立てた戦術を使う――。

 ならば、僕がやるべきことは一つだ。


「ガラリアさん」


 と、僕は彼女の瞳を真っ直ぐに見る。


「僕はまだ、あなたの仮説を全て信じることはできません」


 すると、彼女は寂しげな顔になって俯いた。

 その様子がいたたまれなく、僕は彼女の手をとっさに握る。


「だけど、命を狙った者がいたのは事実です。僕はあなたを守るために、全力を尽くします」


 ガラリアは一度目をぱちくりさせてから、苦笑する。


「キミは色男だな」


「……僕は真面目な話をしています」


「ん、ボクも真面目に言ったつもりだ」


 いやどこがだ。

 僕は別にガラリアを口説きに来たわけでは無い。

 本当に時々全力でふざける人だ。

 というかここは怒って良いところなのでは?


 だが、僕よりも先にガラリアが口を開く。


「いや何、キミを信じると決めたのだから、ボクの中にあるキミへのわだかまりを解いておこうと思ってね」


 わだかまり?

 え、ガラリアが僕に?

 僕[暗殺者]説はもう解けたはずだが?


 他には……いやでも、僕別に髪引っ張ったりとかしてないし。


 ガラリアは僕を真っ直ぐに見て言った。


「エメリア氏はキミに惚れている」


 僕の呼吸は止まった。

 な、何を言うのだ突然。

 真面目な話の最中だというのに……。


 僕を見るガラリアは目に非難の色が宿る。


「……なるほど。リゼル氏は彼女の気持ちに気付いていながら、ああいう態度を取っていたと見て良いんだね?」


 ひょっとしたらそうかもしれないな程度には、思っていた。

 だけど僕は、女性との接し方の勉強なんてしたことが無い。

 本当に好意を寄せられているのかが、判別できないのだ。

 何せ、このやり方でレイヴンの取り巻きに嫌がらせをされたのだから……。


 いや、これは言い訳だ。

 僕はただ――。


「ではここではっきりとさせようでは無いか。エメリア氏はキミに恋している。愛しているのだ」


「僕に、ですか」


「そうだ。エメリア氏はつらい思いをいっぱいしている。キミがあのような態度を取り続けた結果、今やキミにぞっこんだ」


「で、でも、どうしたら……」


「抱いてやってくれ」


「抱っ――!? え!?」


 顔がカーっと熱くなる。

 何を突然言い出すのだ。

 あ、待てよ。

 これはきっと、家族のようにぎゅっと抱きしめてやれとかいう……。


「子を作れ。エメリア氏もきっと望んでいる」


 ああ全然違った。

 ド直球だった。

 いやいやいや。

 それは、困る。

 というか駄目だ。


「あ、あの、僕は……」


「リゼル氏。あそこまで思わせぶりな態度を取ってやっぱり違うなどと言ったらボクは怒る。キミは彼女の気持ちを弄んでいるのか?」


「で、でも、そういうわけには……」


 だって、僕は――。


 ガラリアが乱暴に僕の髪を掴んだ。

 瞳には、明確に怒りの色が宿っている。


「これが、ボクの中にあるキミへのわだかまりだ。これをはっきりさせない限り、ボクはキミを完全に信じ切ることはできない」


「そう、言われましても、僕は――」


「……本気で怒るぞお前。エメリア氏は、ボクの愛弟子だ。他の者同様我が子のように思っている、その気持ちを――」


「ルグリアさんが好きなんです……」


「蔑ろにし――お、おおおお?」


 い、言ってしまった。

 ガラリアは目に見えて狼狽えている。


「な、な、なにぃ、リゼル氏。ちょっとどういうことだねそれは……」


 もう何がなんだかわからず、僕はただ思ったことを語る。


「ルグリアさんは、その、エメリアさんを大切に思っていまして」


「う、うむ。知っているとも」


「だから、僕もエメリアさんを大切にしないとなって思って……」


「おおお、なるほど。好きな人の大切な人もまた大切、だな。う、うむ。わかるとも」


「だ、だけど、エメリアさんって意外と感情の起伏激しいとこあるというか……」


「お、おお、あるね。あるとも。大いに」


「そ、それでこう、何とか勇気づけようとしたり、僕が昔言われて嬉しかった言葉とかをかけてたら……」


「か、かけてたら?」


「後戻り、できなくなっちゃって……」


 いざ口にしてみて思う。

 僕は自分が情けない。

 結果的に、エメリアの心を弄んでしまっている。

 しかも目的はルグリアだというのに……。


「き、キミぃ……そのうち刺されて死ぬぞ……」


「……ガラリアさん、僕はどうしたら良いですか」


「むむむ……」


「僕はルグリアさんが好きなんです。だけど、エメリアさんを傷つけたらたぶん嫌われます」


「むむむむぅ……」


「助けてください。どうしたら良いですか。エメリアさんを傷つけずにルグリアさんと一緒になりたいんです」


 エメリアのことは好きだ。

 だがそれは恋では無い。

 友とか、仲間とか、ひょっとしたら義理の妹とかへ向ける愛だ。

 酷いことを言っている自覚はある。

 だけど、好きになってしまったのだ。


 と、ガラリアは手をぱちんと合わせ言った。


「いよぉーっし! この話はなかったことにしよう!」


「は!?」


「キミへのわだかまりは解けた。安心したまえ。ボクはキミを心から信じよう」


「僕真剣なんですけど!」


「うるさい馬鹿者黙れこのクソ色男め」


「く、クソって……! 好きになられただけでどうしてそんなこと言われなくちゃ行けないんですか! 優しくしただけですよ!?」


「それが恋というものなのだリゼル氏。キミは知らず知らずのうちにとんでもないことをしていたのだ」


「優しくしちゃいけないんですか!?」


「ああもう煩いぞ青少年。とりあえず今日からここに泊まりなさい」


「は!? なんでそうなるんですか!」


「守ると言ったろう? だからボクの護衛と、後はエメリア氏と少し距離を置こう。あの子には冷静になって貰う必要がある」


 あ、何かすっごい合理的ぽい方法提示してくれた……。


「良いかねリゼル氏。今日からだ」


「あ、じゃあ、はい……お願いします」


「ん、エメリア氏にはボクから連絡を入れておく」


「……エメリアさん、聞いてくれますかね?」


「わからん。無理かもしれない。まあなんでも挑戦だよリゼル氏。ボクたちの基礎だ」


「そ、そんな……」


「もちろんタダ飯ぐらいは許さんぞ。ちゃんと働いてもらう。ボクの店でな」


 そうして、僕はガラリア工房に住むことになった。

 すぐにでもエメリアが押しかけてきそうな予感はするが……。


 ふと気づく。

 ひょっとして、僕は今就職先が決まったのか?

 と。

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