第35話:襲撃者
石の棺の中に、葬られている灰色の鎧の中は空洞だ。
つまり鎧だけが、まるで聖人の遺体のように埋葬されていたのだ。
信仰の対象か何かだったのだろうか。
ふと、先程まで無言だった周囲の草花たちがざわめいた。
『おはよう』
『目覚めた』
『また、起きた』
『おはよう』
『最初の遺物』
『招かれざるもの』
『おはよう』
『始まりの[ロード]』
「あの、それってどういう――」
僕はそっと屈み込み、草花たちに問うて見るも返事は無い。
ガラリアが言う。
「草花たちが魔力を放っている。――リゼル氏や、キミの[翻訳の魔導書]とやらで彼らの声は聞こえたりしないか?」
「あ、はい。聞こえます」
「うっそ本当に? うわー……このボクに敗北感を与えるとは」
僕は、今聞いたことを皆に伝える。
ガラリアはふむと考えてから言う。
「現在確認されている最高位[帝]を冠する異物は三つだったな?」
無論、それは[魔法学校]でもきちんと学んだことだし、満点も取った。
「はい。[雷帝メビウス]を〈帝国〉が、[風帝ディアス]を〈連邦〉、後は今僕らがいる〈バストール共和国〉が[地帝グランディーネ]を所持しているはずです」
「うむ。だがこれで〈共和国〉は二体目の[帝]を手に入れてしまったことになるが……」
「パワーバランス、ですか……」
「それに、先程の地図に見えた光も気になる」
各地に点在した九つの光。
やがて〈帝国〉に集った、四つの光――。
ふと、ルグリアが言った。
「でもこの場所光ってなくない?」
「まさしくだ、ルグリア氏。そこがボクの立てた仮設を否定してしまっている。さて、どうしたものか――。おやっ?」
と、灰色の鎧に触れたガラリアが何かに気づく。
「どうしました?」
僕が問うと、ガラリアはうむうむとうなずいた。
「おおー……なるほどぉ。これ壊れとるぞ」
「ええ!? 嘘だろ先生!?」
と、冒険者たちが、一斉に集まる。
「おいこら押すな」
「うわあもったいねえ! [帝級]の遺物なんて初めて見たと思ったのに……」
だが、これで合点がいった。
あの光は――。
[現在も動いている[帝級]の、在り処」
「リゼル氏」
そう読んだガラリアの声には、咎めるような色があった。
「まだ仮設に過ぎない。もしも事実だったら、これは大変な問題であり、火種となる」
うっ……。
少々、迂闊だった。
だが漠然とした不安は拭えない。
じわりじわりと、足元から嫌なものが這い上がってくるような錯覚を覚える。
「ともあれ、これは持ち帰ろう。鑑定する必要もある」
と、ガラリアが皆に宣言したその時だった。
草花たちがざわめく。
『いやなものが来るよ』
ぞくりと背筋に震えが走る。
『おにいさん』
『気をつけて』
嫌なもの。
それを意味するところは、何だ――?
僕は周囲を見渡す。
ガラリアたちは棺の前でどうやってこれを運び出すか話し合っている。
「ええー!? 俺っすかぁ!?」
「力仕事はキミらの管轄だろうが」
「これめっちゃ重そうっすよ!」
「協力して頑張りたまえ。後で飴ちゃんをあげよう」
「子供じゃないんすから……」
ルグリアは何かに気づき、きょろきょろと周りを見回している。
エメリアは先程から巨大な壁の地図の一点をじっと見ている。
板鎧の冒険者は入り口を見、右手は剣の柄に触れていた。
彼と同じように〈サウスラン〉から一緒だった冒険者たちは、皆既に警戒態勢に移っている。
『――来たよ』
瞬間、入り口の暗がりから数本の矢が放たれた。
板鎧の冒険者が剣を鞘走らせ、二本の矢を切り払う。
だが影に隠れて放たれた三本目の矢が、ガラリアに迫る。
僕は[瞬間的身体強化の付呪]と[硬化]の付呪を同時に発動させると一気に加速し、三本目の矢を拳の甲で撃ち払った。
板鎧の冒険者が叫ぶ、
「敵襲! 密集体制!!」
即座に彼のパーティは反応するも、ガラリアの側にいた者たちの反応は鈍い。
「お、おい、なんで……」
すると板鎧の冒険者は彼らに向けて怒鳴る。
「矢はガラリア氏を狙った! キミたちが守れ!」
彼らの冒険者としての階級は同じだったはず。
改めて僕は、〈サウスラン〉で出会った者たちの質の高さを思い知る。
平和な街の[白銀]と、最前線の街の[白銀]ではこうも違うのだ。
暗がりから、黒衣の男たちがなだれ込んでくる。
その統率された動きは、野盗の類では無い。
板鎧の冒険者が盾を構え言う。
「噂の[暗殺者ギルド]と見た!」
確か、最近勢力を拡大しつつあるなんて噂は耳にしたが……。
え、こんなにたくさん……?
それが、ガラリアを狙ったのか……?
エメリアをはじめとする魔導師部隊が、黒衣の男たちに向けて一斉に魔法を撃ち放つ。
しかし黒衣の男が透明な石を砕くと、エメリアたちの魔法は全てかき消されてしまった。
「えっ? 魔法が……」
魔導師部隊は困惑し始める。
「魔導師部隊! 援護はどうした!」
「エメリア援護! 早く!」
ルグリアは立ち位置を変えながら弓で応戦する。
……あれっ?
これ、知ってるぞ……。
僕が昔、[魔法学校]で作って、学長に潰されたやつだ。
……何で、〈帝国〉で作ったものを、[暗殺者ギルド]が持っているんだ?
……もしも、もしもこれが本当に僕の考えたものなのだとしたら――。
「[アンチマジックフィールド]には上限があります!」
完璧なものなど無い。
僕の理論では、これは周囲の魔力をかき乱し、詠唱を妨害するだけのもの。
「唱え続けてください! 上限を超えれば、魔法は発動します!」
一瞬、黒衣の男の一人が狼狽えた素振りを見せる。
ああ、ならば本当にこの技術は――。
僕は二人の黒衣の男を[瞬間強化]と[硬化]の力出殴り飛ばす。
「ルグリアさん! エメリアさんを頼みます!」
「あ、ちょっとリゼル君!」
僕は正面へと駆け出し、最前線の防衛に参加する。
板鎧の冒険者を取り囲んでいた黒衣の男を殴り飛ばし、蹴り飛ばす。
ふと、板鎧の冒険者と視線が交差する。
彼はにっと笑って言った。
「――信じた! 魔導師部隊は詠唱を続けろ! それまで持ちこたえる!」
ガラリアの周囲にいる冒険者たちは、おそらく戦力にならない。
ならば僕ら〈サウスラン〉組で応戦しなくては。
残っている暗殺者の数は八。
このままならおそらく押し切れる。
だが、僕が書いた[対魔導師用戦術]では、この後――。
黒衣の男が、筒状の物体を取り出す。
先んじて僕は叫んだ。
「魔獣が来ます! おそらくはオーガやトロール!」
案の定、巨大な体躯を誇るオーガと、それよりはやや小柄なトロールの群れが姿を現し、僕たちに襲いかかる。
そうして、皆が応戦を余儀なくされた後は――。
別の黒衣の男が跳躍し、僕らの頭上でまた別の石を砕く。
「上方からゴーレム!!」
石の巨人が姿を現すよりも前に叫ぶと、即座に板鎧の冒険者が反応する。
「後退!」
やや遅れて岩の巨人ゴーレムが姿を現し、数匹のトロールたちを踏み潰した。
ゴーレムはぬらりとした動きで巨腕を振るう。
僕は[瞬間強化]と[硬化]を一時的に全開にして、飛んだ。
「試してみる、か――!」
全力でゴーレムの巨腕を殴り飛ばす。
バチン、と過剰な魔力が弾け、ゴーレムはぐらりと僅かに後退する。
だが、流石にここまでだ。
ゴーレムは殴り合いで勝てる相手では無い。
魔法が無くては――。
後方で、爆発的な魔力が溢れ出す。
魔導師部隊の魔力が、[アンチマジックフィールド]の上限を越えたのだ。
見れば、他の魔導師たちは息を荒く片膝をついている。
その中心で、苦しげな顔をしたエメリアが巨大な水の塊を作り上げた。
板鎧の冒険者が指示を出す。
「散開! 巻き込まれるぞ!」
僕は慌てて跳躍すると、エメリアたちが作り出した巨大な水の塊が弾け、洪水のように敵を一気に押し流していく。
黒衣の男たちも、オーガも、トロールも――。
だが、ゴーレムだけが抗った。
既に魔導師部隊は、ずっと魔法を詠唱し続けている。
エメリアですら、もう魔力はわずかしか残っていないだろう。
どうする。
殴り合いでは勝てない。
だが、今やらねば――。
「……リゼル君」
ふと、板鎧の冒険者が言った。
「使わせてもらう」
板鎧の冒険者は、一本の小さな杖を取り出す。
この杖は――。
「――撃つ!」
小さな杖から、灼熱と爆炎を孕んだ稲妻が解き放たれた。
魔法は容易くゴーレムを貫く。
内側から爆発を巻き起こしたゴーレムはバラバラになり、エメリアたちの洪水の魔法で押し流されていった。
やがて全てが終わると板鎧の冒険者はがくりと片膝を付き、笑った。
「ふ、くくく……はははは!」
え、え、何、どうしたの突然。
戦いでハイになる人なの?
と僕は不安になって顔を覗き込む。
「肩が、外れるかと思ったぞリゼル君」
「えっ!? なんですそれ……」
その杖は、あの後も改良を続け可能な限り継続使用をできるようにしたものだったはずだが……。
「見ろリゼル君。握力が戻らない。途方も無い威力と、反動だ」
反動……。
そ、そうなったのか……。
というか僕はなんてものを渡してしまったのだ。
てっきり少し完成度の上がった杖だと思っていたのに……。
「……すいません、試射すらできていなくて」
「いや、良い。まさしく切り札というわけだ」
ふと、ガラリアが取り巻きの冒険者たちを連れてやって来る。
「リゼル氏の杖かね?」
板鎧の冒険者が頷くと、ガラリアの取り巻きがざわつく。
「すっげ……」
「あ、あれが、杖?」
「だって戦士だろ?」
「誰でも使えるってことか?」
ルグリアが言う。
「あいつら、追わなくて良いの?」
「無駄だよルグリア氏。既に反応は消えた」
「反応?」
「ボクがただ後ろで見ているだけだと思っていたのかね? 奴らにはボク特性[探知の付呪]を施した札を貼らせてもらってある」
「い、いつのまに……」
「上に[透明化]もかぶせてある。だが、逃げられたらしい」
あれだけの数をどうやって……。
いや、あの方法ならば行けるか?
僕の[対魔導師用戦術]が実用化されていたのだとすれば、別の……[対魔導師用封印術]の応用で――。
ガラリアは少しばかり考えてから、僕に言う。
「さてリゼル氏、ボクはキミに言わなければならぬことが増えたようだ」
「……僕も、ガラリアさんに話さなければならないことができました」
もう疑いようがない。
この戦術と魔道具は、僕が[魔法学校]時代に研究していたものだ。
そしてそれを、〈暗殺者ギルド〉が使っている。
「んむ、ここで話すかね?」
「いえ。……工房で」
「賢明な判断だ。では戻ろう。――壊れた[ロード]を忘れずにな」
そうして、僕たちは遺跡を後にした。
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