第3話:可能性の目覚め
無駄かもしれないなんて考えるな。
今、とにかく全力を尽くして彼女を救え。
考えているだけでは駄目だ。迷っているだけでは駄目だ。
手を動かしながら、最善を探すのだ。
よく観察しろ。
彼女は一人なのか?
怪我を負わせた相手は?
あるいは彼女の仲間は?
こうなった原因は?
治療の手助けとなる何かもっと……決定的な――。
そして、僕は彼女の周囲に、割れた小瓶が転がっているのに気づく。
僕のものよりも少し質の悪い包帯と、薬を煎じるためのすり鉢がある。
「この人は、薬師……いや、錬金術師、なのか……?」
ならば、可能性はあるかもしれない。
僕は彼女の腰につけられた小さな革のポーチを弄った。
すると、ポーションに調合する前の薬草を幾つか見つける。
それから――。
「――[付呪の応用-番外編-]……?」
これは、付呪の教本か?
そこで僕はようやく、転がっていた羽ペンの存在に気づく。
……違う、これはただの羽ペンじゃない。
淡い輝きを放っている。
これは魔力の輝きだ。
「なら、これは[魔法ペン]――」
この人は、薬師でも錬金術師でも無い。
付呪師だ――。
彼らが生み出す魔道具には、ルーン文字と呼ばれる古代の言語が必要だ。
古代文字を魔力を宿した[魔法ペン]で描いたり、[魔法の金槌]で打ち込んだりして奇跡を起こす。
そして古代文字はまだ誰にも解明されていない、言語。
……僕は、虫の言葉なんて魔導書に書き込んだ覚えは無い。
だと言うのに、他の言語から魔導書が無理やり翻訳してしまった。
もしかしたらその力は古代文字にも――。
彼女の呼吸が少しずつ小さくなっていく。
迷っている暇は無い。
僕は彼女が持っていた教本をつかみ取り、ページを乱暴にめくっていく。
複雑な古代文字が、作例として記述されている。
そしてその全てを、僕は共通語として読み取ることができた。
――いける。
と、僕は大慌てで教本から癒やしだとか回復だとかの単語を探していく。
だがそこは流石の[付呪の応用-番外編-]だ。
この本は付呪の成り立ちや歴史、昨今の付呪事情諸々が主な内容らしい。
「ああもう、急いでるのに無駄な記述多い……!」
だがようやく、[癒やしの付呪]の作例を見つけた。
急がなければならないという焦りと、凄いどうでも良いことばかり書いてある本への苛立ちと、古代文字が読める興奮とでなんだか変なテンションになってきた。
な、なるほどお。
付呪に使われてる古代文字って翻訳するとこんな感じなのかあ。
確かに、これならば付呪師ごとに書き方がまるで違うというのも頷ける。
その都度その都度、用途に合わせてこの道具を頑丈にしたい、より良くしたい、などなどを詳細に書かなくてはならないのだ。
ちなみに作例として用意されていた[癒やしの付呪]は、翻訳した結果光の精霊への熱烈なラブレターとなっていた。
流石に恥ずかしいが、これで人の命が救われるのなら安いものだ。
だが途中で教本の作例にかかれていた最後の一文に気づく。
そこには、『尚、この作例をそのまま写しても付呪の効果は発動しない。本当の付呪はキミの手で作り出してくれ!』と書かれていた。
僕は教本を投げ捨てた。
「何だこの本! 馬鹿か!?」
人の命がかかっているのだぞ。
ふざけている場合では無いというのに……。
ああ、というか人の私物を投げ捨ててしまった。
拾いに行かねば……。
いやいやいや、人命救助。
最優先を見失うな。
何をやっているのだ僕は、さっきから!
だ、だがとにかく必要最低限の情報は手に入れた。
「[癒やしの付呪]は、光の精霊への祈りの言葉、か……!」
遊んでいる時間は無い。
急げ、とにかく急げ……!
でもどうする。
光の精霊に対して、どう、何を、書けば……。
あの役に立たなかった作例は、恋文だった。
それを僕の手で、作り出す――。
そして僕は、[魔法ペン]を走らせた。
【拝啓、光の精霊様。本日はお日柄もよく――】
よ、よし、良いぞ、たぶん順調だ。
なんだかよくわからないし本当に順調なのかもわからないけどきっと大丈夫だ。
つまり、付呪とは祈りなのだ。
お願いを聞いてもらうことなのだ。
たぶん。
ううん知らないけどきっとそうだ。
だから、とにかく丁寧に……手紙を、書くつもりで――。
【さて、この度は深い傷を負ってしまった女性の――】
と続き、長々と状況と要望を書き連ね、最後は敬具で〆た。
「あれぇ!? これ本当に合ってる!? 正しい?! どうしよう、もう書いちゃった……! と、とりあえず包帯を巻いて……ええと、あと、ええと、な、何だっけ……」
ふと、誰かが言った。
『お兄さん、これ使う?』
「ああ、ありがとう使います! うわぁなんて綺麗で新鮮な薬草本当にありがとう!」
素晴らしい、素晴らしいぞ。
摘みたてと見間違うほどのみずみずしさを保っている。
こんな薬草は初めてだ。
と、僕は大慌てですり鉢を使い、薬草の葉を必死に煎じ、手持ちのポーション薬を混ぜ合わせる。
そうして完成したペースト状の塗り薬を、大慌てで傷口に塗り込んでいく。
「い、痛かったら、ごめんなさい……!」
だが、反応は無い。
もう意識が無いのだ。
僕は慌てて[癒やしの付呪を施された包帯]で傷口をぐるぐる巻にしていく。
更に彼女の着ているローブにも、[魔法ペン]で[癒やしの付呪]を書き込む。
微かにローブが光を放つ。
少しだけど、彼女の呼吸が安定してきたように見える。
「あ、後は、僕に……で、できることは。何ができる、何が――」
『これは?』
「うわぁ新鮮なハーブ! ありがとうございます! 本当に何から何まで――いや誰!?」
僕は思わず顔を上げ、周囲を見渡した。
周囲の草花が風にそよぐ。
だが、それだけだ。
人影なんて……。
「あ、あれ? 本当に……だ、誰ですか……」
そして、足元の草たちが言った。
『ねえ、お兄さん。……見てたよ、私達の声が聞こえるんだろう?』
さーっと風が流れていく。
一帯の草花が一斉にざわめいた。
別の草花が続けて言う。
『面白い人』
『見てたよ、お兄さん』
『聞こえていたよ』
『私たちは、イシュタルの民』
『僕達は、ガイアの子』
『愛しき、アフロディーテ』
『我が主、天照大神』
『お前と共にある』
『お兄さん、一緒だよ』
上げられた名は、名だたる自然神――。
僕は、ごくりと息を飲む。
「なんだ、これ……。ぼ、僕の、[翻訳の魔導書]、は――」
――いったいどこまで、[翻訳]を……。
ふつふつと湧き上がる興奮で、ぶる、と背筋が震えた。
僕は思わず魔導書に手を伸ばし、表紙にそっと触れてみる。
[魔法学校]での、勉強の日々が脳裏に蘇った。
睡眠時間を削り、この魔導書を作るため[大書庫]に籠もりきりだったあの日々。
――無駄では、無かったのだ。
僕は周囲の草花に向け、言った。
「……ありがとうございました。本当に、助かりました」
そして、深々と頭を下げる。
草花が風でそよぐ。
『お兄さんの旅が、報われますよう――』
そして、草花たちは静かになった。
ふと、意識を失ったままの女性を見る。
どうやら容態は安定してきたようで、今は静かな寝息をたてている。
僕の施した[付呪された包帯]と[付呪されたローブ]が、淡く輝いて見える。
僕は思わず、天を見上げ、熱くなってきた息を吐く。
「――姉さん」
僕は、成し遂げたのだ。
思っていた結果とは、まるで違う形になったけど。
目指していたものとは、全然違ってしまったけれど。
それでも、僕はここにいる。
こんな気持は久しぶりだ。
初めて[魔法学校]の門をくぐった時以上に、僕は今ワクワクしている。
よし、決めた。
もう迷わない。
もう立ち止まらない。
もう、諦めたりはしない。
道が、はっきりと見えたんだ。
僕は、この[翻訳の魔導書]を使って、最高の付呪師になる。
僕はぐっと拳を天に掲げる。
可能性を、勝ち取ったんだ――!
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