第5話:決着
夜空の獄炎鳥が僕に向けて巨大な火球魔法を撃ち放つ。
すぐさま僕は[稲妻の付呪を施した杖]の魔法をがむしゃらに撃ちまくった。
杖から放たれた稲妻が灼熱の炎を切り裂き、混ざり合い、爆発する。
獄炎鳥は爆風に乗り空へと舞い戻ると、旋回し再び僕に狙いを定めた。
「僕は対話の相手ではなく、ただの食料、か――!」
ならばそれで良い。
僕にとってお前も、実験体その一だ。
ふと、気づく。
「遠くに灯りが見える。……人がいるのか?」
ここからでは薄っすらとしかわからない。
街、というよりも小さな砦のように見えるが。
「派手に戦えば、気づいてくれるかもしれない……」
僕は淡い期待を持ちながら、とにかく上空の敵目掛け稲妻の魔法を杖から放ち、駆け出した。
というか魔法なんてそう簡単に当たるものでは無い。
本来、魔導師は魔法の力を、敵への誘導も含めて魔力でコントロールする。
だが僕にはそれができない。
魔法を撃つとこまでは付呪の力でできるが、そこまでだ。
「だから試射したかったんだけど……!」
とぼやいても仕方ない。
恩人(?)が嫌だと言ったのだから。
上空を旋回する獄炎鳥から、巨大な火球が再び僕目掛け放たれる。
「やっばい――!」
僕は杖の付呪の力を強め、巨大な稲妻を火球目掛け撃ち放つ。
稲妻が夜の闇を切り裂き、火球を撃ち貫くとそのまま獄炎鳥の胴を両断した。
「や、やった!」
勝った。
初めての、実戦で勝てたのだ。
と、その時だった。
杖に込められた付呪の魔力が暴走を初め、赤く膨れ膨れ上がっていく。
これは、まずい。
とっさに僕は杖を空に向けて放り投げた。
杖は赤く変色し、周囲に無属性の魔力を撒き散らしながら爆発する。
「う、くう……! 失敗してたのか!?」
それとも、付呪の魔力に杖が耐えきれなかったか。
遅れて、空中で両断された火球が爆発すると、漆黒の空を明るく照らした。
獄炎鳥が自らを焼き焦がしながら流星のように墜落していく。
そして僕は遅れて気づく。
周囲から、いくつもの獰猛な気配がする。
漆黒の狼のような外見の魔獣。
黒い闇の狩人の異名を持つ、獅子よりも大きく巨大な体躯と黒い体毛特徴的な、ダークハウンドの一種だ。
暗闇に適応しているのか、特徴的な四つの目が赤くぎらついている。
僕はすでに、魔獣たちに取り囲まれていた。
まずい。
本当にまずい。
背中の人を、守りながらこれだけの数と……。
「ま、待ってください! 僕は、戦うつもりはありません! あなた方の縄張りに入ってしまったのでしたら、すぐに出て行きます!」
言いながらも、周囲の状況を確認する。
魔獣の数は、八。
残っている武器は[付呪された杖]が一本と数本の[付呪された投げナイフ]だ。
迂闊だった。もっと、ローブやブーツに戦闘に特化した付呪を施すべきだった。
そして一本目の杖もすぐに壊れたとなれば、恐らく最後の一本も同じ失敗をしている。
いいや、弱気になるな。
ついさっき、助けると決めたばかりでは無いか。
それを投げ出してどうする。
もう逃げるのはたくさんだ。
後ろ指さされたって、馬鹿にされたって、僕は僕の信じた道を行く。
僕は、意を決し、ローブの内側の最後の杖に指を触れた。
ダークハウンドの一匹が、低い声で言った。
『言葉を、話す、肉』
対話をするつもりは、あるのか……?
「すぐに出ていきます! 僕の、差し出せるもので良ければ……保存食もあります!」
僕は注意深く様子を見る。
ダークハウンドたちは、じりじりと周囲をゆっくりと行ったり来たりするだけだ。
やがて、先程のダークハウンドが言う。
『強い、肉。お前とは戦いたくない』
だが、周囲の仲間たちは口元からよだれをたらし僕から目を離そうとしない。
安心は、できない。
油断するつもりも無い。
「あ、ありがとうございます。……すぐにここを去ります」
僕はそう言って、背を向けずにゆっくりと移動しようとした。
もちろん、ローブの中の杖からは手を離さない。
僕はもう、彼らが何を見てよだれを堪えきれずにいるのかを理解しつつあった。
恐らく、魔獣たちは――。
そして思っていた通り、ダークハウンドは言った。
『背中のそれは、置いていけ。肉は、柔らかいものが美味い』
「そうかい――!」
僕は即座に最後の杖の魔法を解き放つ。
込めた付呪は、[氷の破裂]。
とにかく一撃の威力を高めた一本目と違い、足止めを優先させた杖だ。
まずは先制攻撃、とばかりにリーダー格らしい先程僕と会話をしていたダークハウンドに向け、[氷の破裂]を撃ち放つ。
小さな杖の先から、同じく小さな氷塊が現れ、扇状に爆発しダークハウンドに襲いかかった。
これは散弾型、と呼ばれる魔法だ。
いくつかの砕けた氷のつぶてがダークハウンドに命中する。
そして着弾し肉にえぐりこまれた氷のつぶてが爆裂すると、ダークハウンドは皮膚の内部から氷の刃によって切り刻まれ絶命した。
行ける。
ちゃんと、通用する。
「一つ――」
僕が小さくつぶやくのと同時に、牙を向き飛びかかってきた三匹のダークハンドに向け、杖の魔法を連射した。
言葉が通じるのは、僕の力だ。
こいつらの知能が上がったわけでは無い。
「ならば、所詮は獣――!」
戦術などありはしない。
魔獣はただ本能で襲いかかってくるだけだ。
「これで四つ、か――!」
残り、半分。
いける、いけるぞ。
そう確信した瞬間だった。
闇の中から風の刃が僕に向けて放たれる。
僕はとっさに反応し、杖を向けた。
風の刃の魔法を相殺すべく、飛び退きながらも[氷の破裂]を撃つ。
敵の数が合わない。
暗闇に、九匹目のダークハウンドが潜んでいたのだ。
僕は、それに気づけなかった。
たかが獣と侮り、狩りのベテランだということを完全に失念していた僕のミスだ。
ふいに、体が軽くなる。
「しまっ――」
背中の女性を固定していた帯が風の刃で裂かれていた。
女性がそのままどさりと乾燥した大地に転がる。
四匹のダークハウンドが女性に飛びかかるのと、隠れていた最後のダークハウンドが僕に飛びかかるのは同時だった。
ど、どうする。
自分の身を守るか、彼女を、守るか――。
間に合わない。
脳裏に過ぎったのは、亡き両親の微かな記憶と、気高く優しい姉の後ろ姿。
[魔法学校]での様々な思い出が駆け巡り、最後に女性の『不出来な妹』という言葉を思い出した。
なんで、それが最後の言葉なんだ。
なんだか無性に腹が立ってきた。
僕は、不出来な弟のままで、終わる気は無いぞ……!
そうして僕は、覚悟を決めた。
僕に飛びかかるダークハウンドに背を向け、女性に飛びかかる魔獣目掛けて四本の[付呪を施した投げナイフ]を抜き去り、投げつけた。
「――〝当たれ〟!」
魔力を乗せそう言い放つと、まず[追尾]の付呪が発動した。
ナイフは弧を描くような軌道でダークハウンドの目や喉元に突き刺さる。
そして同時に施してあった[爆発]の付呪が発動し、四匹のダークハウンドの体を破裂させた。
「次は――! うっ……」
背中に、焼けるような激痛が走る。
だけどまだ、生きている。
まだ戦える。
僕は振り返り、杖の[付呪]を発動させるも、既にダークハウンドは僕の腕に食らいつこうとしていた。
――間に合わない。
僕は咄嗟の判断で、ダークハウンドの巨大な口の中に、腕ごと杖を突っ込んだ。
巨大な牙が僕の右腕を噛み砕いていく。
腕に、激痛が走る。
ダークハウンドの牙は僕の腕の筋肉をずたずたにし、もはや魔力の操作は不可能だ。
だが、既に付呪の発動は完了していた。
僕の手から離れた杖から、氷塊が炸裂し、ダークハウンドの喉の奥から後頭部にかけてを氷の刃が貫いた。
そうして最後のダークハウンドが、ゆっくりと崩れ落ちていく。
「や、やった――」
僕は肩でぜえぜえと息をする。
右腕が、めちゃくちゃ痛い。
そして痛いくせに感覚が無い。
なんだこれは。
で、でもそうか。腕がぐっちゃぐちゃになるとこんな感じになるのか。
お、覚えておこう……。
「うっ……くっそぉ……」
でも、倒せた。
一応周囲を警戒するが、もう僕以外動いているものは無い。
女性も、無事だ。
僕は少しずつ落ち着きを取り戻していく。
全身の筋肉が悲鳴をあげている。
背中が汗でびちゃびちゃだ。
すぐにでもベッドに倒れ込みたい。
……でも安心しきるのはまだはやい。
彼女を、人の元へ連れて行かなければならない。
怪我を負っているのだ。
街の灯りは見えている、あと、少し――。
僕は再び彼女を背負うべく、一歩踏み出そうとする。
しかし――。
「あ、あれ……?」
がくんと膝から崩れ落ちる。
見れば、足にえぐられたような切り傷が見え、足元が真っ赤に染まっていた。
いったい、いつやられた……?
頭がうまく回らない。
「さ、最後の、一体は、風の魔法を使った、魔獣――」
背中が奇妙なほど濡れている。
汗かと思っていたが、何かがおかしい。
足元に流れ出ている血の量が、多すぎる。
足と腕の怪我だけで?
ようやく僕は、背中に大きな傷を負っているのだと理解した。
「ま、まだ、行けるはずだ。僕は……」
僕はどさりと倒れ込む。
意識が遠のいていく。
ここで、倒れては駄目だ。
せめて……知らせなければ。
ここに、いると……。
でも、どうやって――。
ふと、遠くから駆け寄ってくる人影が見える。
数はわからない。
周囲を照らす〝灯火〟の魔法を使っているように見える。
男の声が聞こえる。
「ほ、本当にいた……! いたぞー! こっちだ! いたぞー!」
人影の一団が近づいてくる。
助かった、のか?
ああ、でももう意識が――。
男が慌てて言う。
「――ルグリア、待て!」
……ルグリア?
どこかで、聞いたような――。
確か、女性、の、姉の……。
一団から、一人の女性が駆け出した。
やや短い髪から、エルフ特有の長い耳が覗き見える。
ルグリアと呼ばれたエルフの女性が倒れてる女性に駆け寄りながら、叫んだ。
「――エメリア!!」
目の前が暗くなる。
ルグリア・ベリル――。
妹の名は……。
「……エメリア・ベリル――」
僕は小さくそう呻き、意識を失った。
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