第32話:初めての遺跡探索へ
「やあやあキミたちぃ、待ちきれずに来てしまったよ」
とガラリアが勝手に[石と苗木]の扉を開けたのは、僕がまだ寝間着で朝食を食べている時だった。
彼女は食卓に並べられたシチューとパンとサラダとオムレツに気づくと、目をぱーっと輝かせる。
「うわー! おいしそーだー! へいガラン、ボクにも何か出すんだ!」
とてとてと駆けてきて僕の正面にちょこんと座る。
「へいへいガラン。やれだせそれだせー」
思わず、僕は低く呻いた。
「早すぎないですか」
大迷惑だ。
ていうかたぶん彼女めちゃくちゃ年上だよね?
礼儀というか、常識というか……辞書に無いのか?
僕の中でこの人の評価は今どん底なんだけども。
「善は急げだよリゼル氏。物事は早いに越したことは無いのだ」
「僕まだ食べてるんですけど」
「その点は大丈夫だとも。何も問題は無い」
あるだろうが……。
「何せこのお宿[石と苗木]は朝食も営業しているのだからね」
ああ、くそう。
確かに店的には何も問題無かった。
「……そもそも、何のようなんですか」
「んんー、そりゃあれだよキミぃ。ちょっと行きたいところがあるのでね」
「行きたいとこ、ですか?」
「うん」
「どこです?」
「最近発見された新しい遺跡。ボクぁ冒険の誘いに来たんだ」
※
無理やり押し切られた結果、僕は今獣車に揺られている。
せっかくゆっくりできると思ったのに……。
不幸中の幸いだったのは、ルグリアも一緒に来てくれたことだ。
流石に今回は御者を[冒険者ギルド]で雇ったので、エメリアも中で一緒だ。
ちなみにグインは仕事で手が離せないそうだ。
つまり今僕は、付呪師、付呪師、魔導師、弓使いのパーティにいるということになる。
……不安だ。
一応[硬化]の付呪はしてあるけども、常時発動するとたぶん倒れるので瞬間発動型だ。
これだととっさの罠に対応できない。
「ガラリア先生が冒険なんて、珍しいですね」
と、エメリア。
「まあねー。でも遺跡が新しく発見されるなんて滅多に無いことなのだよ」
[禁断の地]のように世界の果ての果てならまだしも、[魔法都市]付近にある山脈の麓となれば、何故今まで見つからなかったのかという疑問のほうが大きい。
「おそらく、別のどこかで何かがあった結果、強固な[隠蔽]が壊れたのだとボクは見ている」
「危険ってこと?」
ルグリアが口を挟むと、ガラリアは呆れて言った。
「おいおい、世の中は既に危険だらけさぁ」
「……そういう意味じゃないんだけど」
「危険の定義にもよるのだよルグリア氏。魔獣の巣窟、というパターンでは無いらしいんだ」
元来、遺跡にはかつて使われていた[付呪]や[魔道具]がそのまま残っているため、魔力を好む魔獣たちの巣になりやすい傾向がある。
ルグリアは呆れて言う。
「じゃあ何も無いってことじゃん……」
「はてそうかな。――リゼル氏、キミはどう見るのだ?」
考えられることはいくつもあるが――。
「魔獣すらも寄せ付けないほど強固な障壁が施されていた、とかですか?」
「んん、そうだ。ボクはそう見ている。キミもそう見ている。どうやらボクたちは似たもの同士らしい。仲良くやっていこう」
「そう言うんでしたら、エメリアさんの髪を引っ張ったことを謝ってください」
正直、彼女へのわだかまりは払拭されない。
女性の髪を、あんな乱暴に引くか普通。
許せるものでは無い。
「おお……キミほどの男が言うのなら、ボクも折れよう」
と、ガラリアはエメリアに向き直ると、ペコリと頭を下げる。
「昨日のことは謝ろうエメリア氏。愚かなボクを許してくれ」
……素直過ぎて怖い。
いや、読めてきたぞ。
似たような人を[魔法学校]で見てきたからわかる。
ガラリアにとって何よりも優先されるのが研究なのだ。
そのためならば、意地もプライドも軽く捨てられるのだ。
だからおそらく、彼女は――。
「そ、そんなガラリア先生、頭を上げてください」
「おお、ではボクを許してくれるのかね?」
「許しますから……というより、怒ってませんので」
いやそこは怒ろうエメリア。
そして案の定、ガラリアはぱあっと表情を明るくし、ぐっと拳を握りしめた。
「いよおーっし! 許された! さあこれでいいだろうリゼル氏。ボクたちはこれから仲間だ! よろしくな!」
ああ、やっぱりこの手の人は全然反省しない……。
「もうしないでくださいね……」
エメリアは良くこの人の弟子をやっていられるな……。
いやほんと、凄い人だ。
※
数刻ほど獣車を走らせ、僕達は山の麓にある野営地へとたどり着く。
既に冒険者のパーティがいくつも来ているようだ。
「ここから先は彼らとの競争だぞリゼル氏」
「本業の人相手にですか……」
「なぁに心配するな。このボクがいるのだ。大船だよキミぃ」
「それに遺跡って言ったってどこです?」
「来ればわかるとも」
と僕らはガラリアに連れられ、山の麓の登山道近くまで進む。
すると――。
「止まってください」
妙な違和感に襲われ、僕は皆に声をかけた。
「何か、おかしいです。周りの……ええと、すいません、上手く説明が――」
「そう? アタシなんも感じないけど……」
「私も、です。……ガラリア先生は?」
と、ガラリアは立ち止まり僕のお腹の辺りをペチペチ叩いた。
「キミいいぞぉ。このレベルの結界を見破れる魔導師はそうそういまい」
――結界?
この違和感がそうなのか?
「まーとは言っても、既に壊れた後だから多少雑にはなっているようだが。ちなみにボクでもギリわかる」
そして僕達は結界を抜ける。
すると、目の前に突然巨大な遺跡が姿を現す。
山をまるごと削り取ったようなその造りは、まるで何かを祀っていたかのような荘厳さを思わせる。
こ、これが、遺跡――。
歴史の授業で習ったものよりも、ずっと大きいぞこれ。
一体何が眠っているのか……。
「本当に、危険は無いんですか」
思わず問う。
こんな四人で来るべきところでは無い気がする。
だがガラリアは言う。
「心配するなリゼル氏よ。ボクらは既に後続組だ。マジヤバーな罠とかは[黄金級]が片付けた後さ」
「じゃ、じゃあ僕たちは何を?」
「キミぃ。超一流の付呪師が遺跡でやることなど一つさ」
そ、それは……?
「古代文字の解読と、付呪の解明さ」
そうして、僕の初めての遺跡探索が始まった。
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