第33話:冒険者たち

「げぇーー!? ガラリア先生!?」


 遺跡内部に、冒険者たちの悲鳴が轟いた。


「やべえよ、やべえよ……」


「ま、また何かされんのか俺たち……」


「う、うそだろ、なんでガラリア先生が来てんだよ……」


「ガラリア先生ー! 俺ら何もしてないっすよぉ!」


 と、ガラリアが無表情で彼らに向けていう。


「なんだキミたちぶっ飛ばすぞ」


 ……日頃の行いというやつなのだろうか。

 なんというか、やはり彼女は色々なとこでやらかしているらしい。


 そして今度は別の声が響いた。


「おお! リゼル君か!」


 その声を忘れるはずもない。

 僕に[魔法ペン]を託してくれた板鎧の冒険者だ。

 彼も来ていたとなれば、心強い。


 と、数名の見知った冒険者も駆け寄ってくる。


「おおー! やっぱ先生も来たのか!」


「先生が一緒なら頼もしいぜ! ウハハハハ!」


「おう先生! よろしく頼むな!」


 少し奥から女性魔導師たちが僕に、


「リゼルせんせー!」

と手をふる。


 冒険者たちの歓迎と華やかな嬌声に晒され、僕は気恥ずかしくなる。


「ど、どうも。今日は宜しくおねがいします」


 と手を振り返す。


 ふと気づくと、ガラリアがしかめっ面で僕を見ている。


 何かわからないが、勝ったぞ。

 これが日頃の行いの成果なのだ。


 突然、ルグリアがガチンと僕の膝の脛を蹴る。


「いぃっ!?」


 変な悲鳴が出た。


 ルグリアがしかめっ面で僕を見ている。

 エメリアが僕の腕をギチギチと握り、目元が笑ってない笑みで言った。


「遺跡は危ないですので、注意して進みましょうね?」


「は、はいすいません……」


 ふとガラリアを見ると、彼女はどこか勝ち誇ったような顔で僕を見ている。


「これが日頃の行いというやつだよキミぃ」


 くっ……。


 ともあれ、探索は始まった。



 ※



 既に、ある程度の探索は[黄金級]の冒険者の手で終わっているようだ。

 そして次の段階として、[白銀級]や[銀級]が罠などの最終確認をする。

 僕はまだ[青銅級]なので参加できないが、ガラリアが[冒険者ギルド]でゴリ押した。


 割と罪悪感が大きい。

 乗ってしまった僕も同罪なのだ。


 僕は冒険者たちと共に、奥へ奥へと進んで行く。


 ふと、最初にガラリアに対して悲鳴を上げた冒険者がこそこそと僕に寄ってきて、耳打ちする。


「な、なああんた一体先生の何なんだ?」


 どうやら彼らは、幼少時からガラリアと遊んだり遊ばれたりからかわれたりパシリに使われていた者の内の一人だそうだ。


「何って言われましても……」


 正直困る。

 好きか嫌いどっち? と聞かれても本気で数時間は悩むだろう。

 印象は良くない。

 性格的にもたぶん全然合わない。

 だが、付呪師として、魔導に携わるものとしては非常に親近感を持っている。


「あの先生に気に入られるってあんた相当だぞ……? な、何か酷いことされなかったか? 大丈夫か? 逃げたくなったらいつでも言えよ?」


 この人めっちゃ苦労してる……。

 ふと気づけば、他のガラリア苦手組の冒険者たちも皆僕を心配げな顔で見つめている。


 ガラリアが歩きながら振り返る。


「おーおー全部聞こえとるぞーぶっ飛ばしちゃうぞー」


「い、いやぁ先生、勘弁してください……」


「リゼル氏のことなら心配はいらない。何故なら彼は僕と互角の戦いを繰り広げたのだからな」


 すると、ガラリア苦手組の冒険者たちは一斉に身を引いた。


「げぇ!? 嘘だろ!? じゃ、じゃああんたもそっち側?」


 そっちってどっちよ……。


「リゼル氏はボクが長年待ち望んだ同志だ。宿命のライバルだ。キミたちの心配など無用だよ」


「ガラリア先生の同志? ってことは、俺たちはもう――」


「うん。残念だけどこれからはあまり遊んであげられなくな――」


「いやったあ! た、助かったぁー!」


 と、ガラリア苦手組の冒険者たちは皆駆け寄り、肩を抱き合う。


「よ、良かった、解放された!」


「私たち頑張ったよね! ね!」


「きつかったぜぇ……」


 ガラリアは彼らをじとりと睨み、言った。


「おいキミたち失礼だぞ」


 ともあれ、もうじき最奥地だ。



 ※



 最後の区画は、開けた場所だった。

 天井は高く、周囲は一面の壁画で埋め尽くされている。


 すぐ後ろにいたルグリアが、退屈そうに言う。


「なんか、拍子抜けって感じー」


 それは僕も感じているところだ。

 せめてもう少し罠があると思ったのだが。


 と、板鎧の冒険者が言う。


「ルグリア殿は、遺跡探索の経験が少ないようだな」


 ……あれ?

 こ、この人今ちょっと嫌味言った?


 ルグリアがふんと鼻を鳴らす。


「アタシ、弓使いだから」


「弓使いなら我がパーティにもいる」


 あわわわわ……。

 何とかしなくては。


「ぼ、僕も遺跡の探索ってよくわからなくて! 実際ここってどうなんでしょう?」


 慌てて間に割って入ると、板鎧の冒険者は少しばかり考え込んでから答える。


「用途にもよるのだ。何かを隠す場所。戦の為の要塞、砦――」


「あ、ああ! なるほど! 確かにそうですね! そうかぁ、じゃあここは戦いとかそういうのとは無縁だったのかもしれませんね! 教えてくれてありがとうございました!」


 と早口でまくし立て、大慌てでお辞儀をし、僕はすぐにルグリアに向き直る。


「だそうですので!」


 ルグリアは唇を尖らせ不満げな顔をしていたが、しばらくすると、


「ン、わかった」


 と言って機嫌を直してくれた。


 正直、肝が冷えた。

 この二人仲悪すぎだろ……。


 僕はエメリアに小声で耳打ちする。


「あの二人、何かあったんですか?」


「いえ。ルグリア姉さんって結構最初は辛辣に当たることが多くて……」


「あ、ああ、そういうこと……」


 [魔法学校]でも、似たようなことがあった。

 あれは確か――。

 いややめよう、レイヴンが出てきそうだ。


「姉さんは一度仲良くなっちゃえば平気なんですけど……男性の方はずっと駄目ですね」


 そうか。

 冒険者の誰それと仲が悪いのではなく、男そのものが苦手なのか。

 あれ、なんか意外。

 すっごいスキンシップ取る人に感じたのだけれど。


「リゼルさんくらいですよ。姉さんがあんな気軽に接し――」


 と、エメリアは何かに勘付いた様子で言葉を止める。


「エメリアさん?」


 エメリアは、ゆっくりとルグリアに視界を向け、まさか、と言った表情になる。


「……エメリアさん?」


 ど、どうしたのだろう。

 いやこれ全然わかんないな。

 想像も付かない……。


 ふと、少し遠くで壁画などをまじまじと眺めていたガラリアが僕に向け手を振る。


「おいーリゼル氏ー、ちょっと来たまえー!」


「は、はい、わかりました!」


 いや反射的に答えちゃったけどエメリアが気になる……。


 よし、と覚悟を決め僕はエメリアの手をぎゅっと握る。


「え、えっ!?」


 言葉を伝えなければ、色々なものを失う。

 僕の[魔法学校]時代の苦い経験だ。


「気付いたことがあったら、すぐに教えて下さい。僕はエメリアさんの味方ですので」


 すると、エメリアは少し落ち着いたのか穏やかな表情になって言った。


「――うん、ありがとうリゼル」


 ……呼び捨てにされた。


 少し遠くからガラリアの声が聞こえる。


「おいリゼル氏何やっとんだこのクソボケカスー」


「は、はい! すいません!」


 僕は大慌てでガラリアの元に向かった。

 彼女は僕を見て言う。


「はーキレそう。キミあとで話があるからボクの工房に来なさい。一人で」


「はい……」


 めっちゃ怒られた……。


「で、見たまえリゼル氏」


 と巨大な壁画を指差す。

 僕はこれに見覚えがあった。


「有名な壁画ですよね」


 かつて船が空を飛ぶ時代に、世界を平定した八人の騎士を称える壁画だ。

 というか知らないものはいないレベルだ。

 大体の遺跡には、この壁画があるらしいが――。


「ん、そうだ。〈帝国〉の建国に関わる、あの有名なヤツだ。だが下の方を良く見よリゼル氏」


「下の方ですか?」


 だが、よく見ればそこには[古代文字]で何かが書かれている。


「ボクの知る限り、壁画に文字が書いてあるのは初めてのことだ」


「……僕もです。初めて見ました」


「リゼル氏、何と書いてあるか読めるかね? ちなみにボクは三割くらい読めた」


「ええ、と……」


 僕は[翻訳の魔導書]を使い、文字を読んでいく。

 しかし――。


「うーん、〈帝国〉を称えてるだけです。特に新しいこととかは何も……」


 ちょっと拍子抜けだ。

 恥ずかしいくらい〈帝国〉を褒めちぎっているだけの内容なのだ。


 だが、ガラリアは真面目な様子で言った。


「文字をなぞって見たまえ」


「え、なぞるですか?」


「キミの[魔法ペン]はあるな? 付呪として、上から同じものを書いてみるのだ」


「意味あるんですか……?」


「馬鹿者。未知に挑む時に意味を見出そうとするな。キミさてはガリ勉だな?」


「うっ……」


「言葉が分かれば[古代文字]には魔力が乗る。付呪師の基本だろキミぃ」


 おそらくガラリアが正しい。

 仮にこれが無駄だったとしても、挑戦とはそういうものなのだ。

 でも僕は、ひたすら意味を理解しようとして[翻訳の魔導書]を作った人間なのだからも少し理解して欲しい。


 そして、僕は[魔法ペン]を使い、壁画にかかれている〈帝国〉への美辞麗句をなぞった。


 やがて、文字が光を放つと巨大な壁画が中央から割れ、更に奥へと続く道が現れた。

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