第31話:ルグリアから見たリゼル2
「それで、聞きたいことってなーに?」
お風呂から上がったルグリアは、自室でエメリアから相談を受けていた。
平静を装ってはいるが、内心では少しドキドキしている。
バレたら困る件がたくさんあるからだ。
旅の間のリゼルは明らかに隙だらけだった。
冒険慣れしていない彼を手助けする、という理由でルグリアは少しばかりいたずらをしてしまったのだ。
勝手に服の匂いを嗅いでみたり、うたた寝している彼の手をこっそり握ってみたり、他にも色々と……。
エメリアが冷ややかな声で言う。
「旅の間のことなのですけど」
「ひゃいっ!?」
どきん、心臓が跳ね上がる。
まさか、本当に――。
「リゼルさん、随分と女性に人気がありましたね」
……そっちか、とルグリアはほっと胸をなでおろす。
「ン。まーねぇ。優しいし、強いし、頼りなさそうに見えていざって時助けてくれるし。付呪師になるなら稼ぎも良いだろうしねー」
それでいて貴族のように家柄が面倒なわけでもなく、礼儀作法でとやかく言われる心配もない。
女性冒険者から見れば、国の王子などよりも遥かに理想の男性なのだろう。
道中の彼の周りは、それはもうひどかった。
複数のパーティの女性冒険者、剣士やら魔導師やらが何かと理由をつけてリゼルに近寄ったのだ。
やれ一人だと危ないだとか、やれここは足場が悪くて危険だとか、暗闇には魔獣がいるだとか、私が守ってやるよだとか危ないから手をつなごうだとか……。
実際、一人だと危ないのは事実なのだからたちが悪い。
その時の様子を思い出したのか、エメリアはわなわなと震えだす。
「あの女どもは、私のリゼルさんにベタベタベタベタベタベタと……」
エメリアはぐりんと瞳をこちらに向け、低く言う。
「――気安いと思いませんか?」
「う、うん。……思う」
「リゼルさんは高潔な方なんです。あんな、汚い真似、嫌われるに決まってます」
「う、うん……」
ちなみにルグリアもその中の一人だったのは内緒だ。
……別に嘘ついたわけでは無いのだから、エメリアへの不義理では無いはずだ。
「姉さんは違いますよね? 私の味方ですよね?」
「も、もちろん! 当たり前じゃん!? アタシ、お姉ちゃんだし!」
今、妹は疑心暗鬼に陥っているのだ。
リゼルに寄ってくる女性の数が想像以上に多すぎて……。
「リゼルさんは、私が一番って言ってくれたのに……」
……おそらく、ニュアンスが違う。
あるいはそんなこと言っていないかもしれない。
エメリアは昔からこういうところがあるのだ。
良くも悪くも、思い込んだら一直線。
それは危うさだ、とルグリアは考えている。
だから、エメリアが復讐のために力を求めた時は凄かった。
生活の全てを力を得ることに注ぎ込んだのだから。
ルグリアはそれをどうにかしてあげたくて――。
エメリアが、低い声で言う。
「リゼルさんを、教育してあげなくてはいけません」
(こ、こうなったかぁ……)
今の妹は、復讐を忘れてくれた。
だがその熱意が全てリゼルに注がれてしまった。
それはきっと、家族、故郷の復讐と同じ重さの愛。
リゼルからしたらたまらないだろう。
「だから姉さん、明日は一緒に来てください」
「えっ? な、何で? ガラリア工房でしょ? アタシあの人苦手で……」
「ガラリア先生が得意な人なんていないので大丈夫です」
「余計駄目じゃん……」
「根は優しくて良い人です」
「根はそうでも上辺が駄目じゃん……」
「と、ともかく、外を出歩く時はリゼルさんにおかしな虫が付かないようにして欲しいんです」
……ルグリアにしてみれば、これはリゼルと一緒にいれる口実でもある。
だがルグリアは、女であると同時に姉でもあるのだ。
リゼルは、妹が惚れている男で――。
「……ン、良いよ…………」
ルグリアの背中を押したのは女の自分だった。
「本当ですかっ!」
「うん。アタシが、リゼル君につく悪い虫を、追い払ってあげる」
薄く作り笑いを浮かべて言ってやると、エメリアはぱあっと表情を明るくした。
「良かった! では、明日はお願いしますね、ルグリア姉さんっ」
そうして、一言二言拙い会話を終え、お互いにおやすみと言って別れる。
ルグリアは枕に顔をぼふりと埋め思い出す。
明日は、ルグリアも一緒に行く。
リゼルの、隣を歩いて。
――悪い虫が、つかないように。
リゼル・ブラウン。
ルグリアの中に、確固たる確信がある。
目が頻繁に合うなんてちゃちな理由では無い。
時々手が触れた時。
隣に座っている時の肩と膝の近さ。
寝た振りをして彼のにもたれかかってみた時の反応。
きっかけは間違いなく〈サウスラン〉でのあれだろう。
自分でやったルグリアにすら、クリティカルヒットしてしまったくらいの破壊力だったのだから、当然だ。
だから、たぶん――。
ルグリアはべろりと下唇をなめ、思う。
(リゼルは、アタシのことが、好き)
ルグリアの中の黒い欲望がクスクスとあざ笑っているような気がした。
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