第29話:付呪師ガラリアとの出会い

「ふう、着きましたねリゼルさん」


「ここ……ですか」


 場所は街の端にあった。

 道の向こうには海が見える立地だが、人通りはあまりない。

 どこか通りは薄暗く……いや、もうこの際だ、はっきり言おう。


 たどり着いたのは、木材と石材で作られた小さくて見すぼらしい宿屋だ。


 だ、大丈夫かな……。

 ここに来るまでの間に凄く綺麗な宿屋いっぱいあったけども。

 僕ここ選んで本当に良かったのかな……。

 不安だ。


 いいや、隠れた名店という可能性だってある。

 受付の人も言っていたではないか。

 お酒が美味しいって。

 臆しては駄目だ。


「多分今日もお客さんいないと思うので、私たちで貸し切りですねっ」


 だ、駄目かぁ……。

 ひょっとして受付の人は他に褒めるところがなかったからああ言ったのだろうか。

 ま、まあ確かに、その宿屋なら知っていますよ全然客がいないあれですよね、なんて言われたらきついもんな。

 そんなもんだよね……。


「そうですねエメリアさん! うわぁ良いところですねえ!」


 だが僕は嘘をついた。

 せっかく紹介してくれたのだ。

 うわあ小さくてボロっちいとこですね、なんて口が裂けても言えない。

 仮に言えたらそいつらクズだ。


「ふふ、リゼルさんったら」


 どうやらエメリアも喜んでくれたらしい。

 良かった。


「でも、リゼルさん?」


「はい?」


 エメリアの細い指が、すーっと僕の左肩に伸び、ぎゅうっと掴んだ。


 え、な、何?

 痛い、痛いです……。


「そういう嘘、流石にわかりますのでやめてくださいね?」


 ひえっ……。


「……やめてくださいね?」


「は、はい……すいませんでした……」


 めっちゃ怒ってる……。

 怖い。


 で、でも僕が悪い。

 ちょっとあからさま過ぎたのだ。

 今度から嘘、というかお世辞を言う時は気をつけよう。

 もっとこう……ええっと。


 いや本当に僕が悪いのかこれ?

 だって、他にどう答えろと……。


 エメリアはぱっと指を離し、時々見せる目が笑っていない笑みを浮かべて言った。


「ふふ、リゼルさんって時々嘘つきますものね? ちゃぁんと、わかってますから」


「は、はい……」


 と、時々……?

 どこまで、ばれているんだ?


 う、疑いだしたらきりがないぞ。

 嘘って怖い。


「大丈夫ですよリゼルさん。この私が、リゼルさんのために、しっかりと教育して差し上げますからね」


 な、何を……?


「では入りましょうか。ようこそリゼルさん、私たちの家、[石と苗木]へ」


「は、はい。お邪魔します……」


 なんだか蜘蛛の巣に絡め取られたような気分だ。

 ルグリア助けて。

 グインでも良いから……。


 木の扉を開けて中に入る。

 一階は酒場になっているようだ。

 だが店内はがらんとしていた。


 店員の姿は一人もない。

 ウェイターの姿も見えない。

 いらっしゃいませの言葉も無い。

 客だって一人も――。


 と思ったが、よく見ると部屋の隅にある木のテーブルで、一人の小柄な少女が飲み物を飲んでいた。


 おそらく、純粋な[人種]では無い。

 体が小柄な[ハーフリング種]と呼ばれる種族だろう。

 だって飲んでいるのたぶんお酒だし。


 ……本当にハーフリングだよね?

 大丈夫だよね?

 この店子供に酒出すやばい店じゃないよね?


 でも一応不安なのでそれとなく聞いてみよう。


「お客さんいましたねエメリアさん。ハーフリングの人……ですよね?」


 だが、答えは帰ってこない。


 ……あれ?

 実は本当にやばいお店……?

 え、嘘、ここあなたの家でしょう?

 子供に堂々とお酒飲ませてるの?

 駄目でしょ……。


 ……でもなんだか妙だ。

 エメリアはその少女を見て固まっている。


 家が勝手に悪いことしてました的な?

 ショックを受けた的な?

 だとしたら、僕はエメリアの味方に付くぞ。


 と、少女がじろりとこちらを見てから乱暴にコップを置き、身長ほどある木の杖を片手にこちらへと歩いてくる。


 なんだろう、と僕は小声で問う。


「エメリアさんのお知り合いですか?」


「あ、い、いえ、あの……」


 だがエメリアは、狼狽し子供のように怯えた顔になっている。


「エメリアさん?」


 ど、どうしたのだろう。

 あの冷静でお淑やかで短気で怖いエメリア師がこんなにも怯えるなんて。


 その時だった。


 少女はわずかに助走をつけ飛び上がると、エメリアに向けて木の杖を振り下ろす。

 エメリアはまるで身構えができていない。


 あ、やばい、直撃する――。


 瞬間、僕は一歩踏み出し、木の杖を[硬化の付呪を施した手袋]の甲で撃ち弾いた。


「むむ!」


 少女の体からバチンと魔力が迸り、僕に向けて空中で木の杖の二連撃を繰り出す。


 ようしそういうことなら話は早い。

 僕はこの手の状況に強いぞ。

 何せレイヴン含む取り巻きと何年もの間戦い続けて来たのだ。

 はいそうですかと引くような僕では無い。

 少なくとも接近戦なら、負けない。


 僕は更に強く前へと踏み出し、杖の射程の内側に入り込む。


「おおっ?」


 と少女は驚くがもう遅い。

 僕は少女の小さな体を無理やり抱きかかえ、無傷でこの場を制圧し――。


 だが、少女はそのままぐりんと身を翻し、逆に僕の後ろから腕を締め上げた。


「なっ!?」


 そのまま僕は少女に押し倒され、床に顔面をぶつける。


 うわぁこの子供強い。

 だけど、負けるわけにはいかない……!


「エメリアさん逃げてください! 何とかしますから!」


「あ、あの、リゼルさん!」


「おー、やるねキミぃ」


 僕は、切り札として密かに改良し、服に施してあった[瞬間的身体強化の付呪]を発動させた。


「負ける、かあ!」


 一瞬だけ発動した怪力で、僕は少女の束縛を無理やり振りほどく。


「うわっはー、やるね!」


 なんでさっきからこの子楽しそうなんだ。


 再び魔力がバチンと爆ぜると、少女は木の杖を振りかぶり、跳躍した。


 流石に宿の中で大火力の武器は使えない。


 ならば、[硬化]の手袋と[瞬間的身体強化]のあわせ技で、僕は更に速度を上げた拳の乱打を――。


「ガラリア先生です、リゼルさん!」


 逃げろと伝えたのにまだそこにいるエメリアに対して僕は苛立った。


「エメリアさんは逃げてって言ったでしょ!――え、今なんて!? あっ」


 ごちん、と木の杖が僕の頭に直撃する。


「ぐおおおお……」


 これは痛い。

 たまらず激痛で僕は身を捩る。

 あ、何か涙出てきた。


 ていうか今ガラリアって言った?

 世界最高峰の付呪師で、エメリアの先生で、この街の名前の由来にもなっているあのガラリア?

 え、これが!?

 この攻撃的で暴力的な子供が!?


 や、やだ。

 僕この人がガラリアって凄く嫌だ。

 色々なものがこう、崩れる。


 やがて、その少女――ガラリアは満足そうな顔でんふーと鼻から息をついてから、少しばかり舌足らずな口調で言った。


「やるではないかキミぃ。千点あげよう」


 ……いらない。


 ともあれ、これが僕とガラリアの出会いだった。

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