第17話:決戦、魔獣の王

 前衛たちが、一斉に魔獣の王に斬りかかる。

 だが、魔獣の王が巨腕を一振りするだけで、彼らは無残にも千切れ飛ばされた。

 同時に、魔獣の王が咆哮する。

 魔獣の王から力強い衝撃波が放たれ、周囲にいた者たちはみな弾き飛ばされた。

 魔獣の王が、真っ直ぐに僕を見据えている。

 魔獣の王がそのまま跳躍の体制に入るのを確認しながら、僕は視界の端で反撃に転じようとしている前衛組の姿に気づく。


 まだ戦えるものと、そうで無いもの。

 当たりどころか、いた場所か、運か――。

 あるいは、エメリアの付呪と僕の付呪の、違いか。

 後者、ならば――。

 僕は、ローブの内側に新設した[氷の付呪]を施したポケットに、[世界樹の雷杖]を差し込み、固定する。


「リゼル君逃げて!」


 ルグリアが弓矢を構え、叫んだ。

 僕を、守ろうとしてくれているのがわかる。

 他の冒険者たちも皆、盾になろうと僕の前へと出る。

 僕は、不思議なほど冷静だった。

 先日のように、突然訪れた初陣と、今回の覚悟していた実戦では心の持ちようがまるで違う。


 そういえば昔、誰かが言っていた。

 怯えてしまえば、勝機を失う。

 逃げ道を探せば、敵の姿を見失う。

 だが対峙していれば、死神は来ない――。

 そして、僕の付呪は通用する。


「僕が引きつけます!」


「は?! ええ!?」


 問答している暇は無い。

 僕は[浮遊の付呪]を施したローブに魔力を走らせ、防壁を思い切り蹴って飛んだ。

 同時に、魔獣の王は冒険者たちを薙ぎ払い、僕めがけて跳躍する。


 やはり、狙いは僕か――!


 今朝僕が[世界樹の雷杖]を使うところを、こいつはどこかで見ていたのだ。

 今ここで暴れられては、不味い。

 既に防壁は破られている。

 だが、一箇所だけだ。

 ここを死守できれば、勝機はある――。


「リゼルさん!」


 エメリアが僕の援護に入ろうとする。

 彼女は[黄金級]の冒険者だ。

 一緒に戦ってくれるのなら――。


 ふと、僕の中の冷徹な部分が違和感を訴えかける。

 エメリアの魔法は、こいつに通じるのか?

 あくまで、可能性の話だ。

 エメリアの施した付呪の鎧が、魔獣の王の攻撃に耐えられなかったのだとしたら。

 彼女もまた、魔獣の王には太刀打ちできない側かもしれないのだ。


 あっという間に魔獣の王の巨大な姿が迫りくる。

 エメリアが魔獣の王に向け魔法の詠唱を始める。

 僕は一瞬の思考で最適な言葉を探し出し、叫んだ。


「――勝てます!」


 エメリアは体をわずかに硬直させ、迷う素振りを見せた。

 魔獣の王が僕めがけて巨腕を振るう。

 僕は[障壁の付呪]を施した杖を発動させた。

 すると、光り輝く力場が魔獣の王の巨腕を辛うじて受け止める。

 だがそれは一瞬の間だけだ。

 魔獣の王が咆哮し衝撃波が放たれると、僕の障壁は砕け散る。

 僕は衝撃波で弾かれながらも、[浮遊のローブ]を操作し、更に速度を早め距離を取る。


 大丈夫だ。

 かろうじてでも、僕の付呪は通用している。

 ならば、勝てる――!


「エメリアさんは防壁を!」


 そして魔獣の王を倒したとしても、防壁が破られ数で攻められたらお終いだ。

 僕の杖は、長期戦では勝ち目がないのだ。

 とにかく、こいつを主力部隊から遠ざけなければならない。

 乱戦の中心に、こいつをのさばらせては行けない。

 幸いなことに、魔導師たちの、弓使いたちの攻撃は群れを為す魔獣に十分通用している。

 数は計り知れないほど多いが、地の利はこちらにあるのだ。


 [冒険者ギルド]の非戦闘員たちが、矢、薬品を防壁の上の冒険者達に送り届けている。

 剣士を始めとする前衛組は、破られた一箇所の防壁から侵入しようとする小型の魔獣と戦っている。

 付呪を施した彼らの武具は、間違いなく通用している。

 そして、彼らは皆ベテランの勇士だ。

 この大群だって、耐えきれるはずだ。


 ――魔獣の王だけが、例外的な存在なのだ。


 彼らの鎧に施した付呪は、杖と違って全力だったはずだ。

 だと言うのに、攻撃を耐えきれたものとそうでないものがいた。

 恐らく、僕の全力の付呪通用度合いは、ギリギリなのだろう。

 ならばその差はもはや、元の素材の強度か、当たりどころか――。

 幸い、鍛冶場にはいくつもの杖があった。

 最初にした付呪と同じく、全力で付呪を施した杖を、僕は複数所持することができたのだ。

 [世界樹の杖]と違い、使い捨てになるだろうが――。


 僕は今、自分でも驚くほど冷静だ。

 先日の実戦のおかげだろうか。

 あるいは、付呪という道を見いだせたからだろうか。

 ……友達が、できたからだろうか。

 僕は別に、ずっと机の上に向かって[翻訳の魔導書]を作っていたわけではない。

 魔法を使うため、戦うため、足掻いていた時期だってあるのだ。

 だから、僕は弱者として強者に立ち向かうことには慣れている。

 嫌と言うほどに――。


 動きを良く見ろ。

 相手はスライムのような不定魔獣では無い。

 腕と、足があり、それを支えているのは骨と筋肉だ。

 であれば、必ず予備動作は必要になる。

 魔法攻撃であろうと、物理攻撃であろうと――。


 魔獣の王が、わずかに動きを硬直させる。

 僕が[灼熱の杖]を撃ち放つのと、魔獣の王に巨大な魔力が集まるのは同時だった。

 放たれた灼熱の閃光が魔獣の王の皮膚の一部を焼きながらえぐると、今まさに発動しようとしていた魔力が暴走し、爆発した。

 魔獣の王がどれほど強大な攻撃力を持っていようと。

 それが僕の付呪すら破る破壊力だろうと。


「当たらなければ、死なない!」


 爆風に乗って、僕は[浮遊のローブ]で更に高度を上げる。

 同時にローブの中から先日と同じように、六つのナイフを抜き去り投げ放った。


「――〝行け〟!」


 ナイフに向け、魔力を乗せた言葉で指示を飛ばす。

 ナイフは、爆炎をかき分け姿を現した魔獣の王の喉元や、足の付け、一本は左目に突き刺さる。

 魔獣の王が咆哮する間も無く、六つのナイフは爆発した。


 同時に、僕は背後から強烈な魔力の気配を察知する。

 魔導師による弾幕をかいくぐって、数匹の獄炎鳥が僕目掛け攻撃を開始しようとする。

 すぐさま、振り向きざまに[稲妻の杖]を数発撃つ。

 全ての獄炎鳥への着弾と討伐を目の端で確認しながら、防壁に取り付こうとしている魔獣の群れめがけて[業火球の杖]を撃ち放った。

 通常の火球よりも遥かに大きく、しかし弾速が遅い巨大な火球が炎の尾を引きながら魔獣の群れを消し飛ばす。


 眼下の炎が、わずかに蠢く。

 すぐさま僕は[浮遊のローブ]に魔力を走らせ、更に距離を開けた。

 と、先程まで僕がいた場所めがけ、いくつかの瓦礫が投げつけられた。

 僕は真横に回り込みながら、数発[稲妻の杖]を魔獣の王に撃ち込んだ。

 同時に、僕の背後に迫った新手の獄炎鳥を[稲妻の杖]で両断し、鍛冶場の石屋根の上に着地する。


 最初に魔獣の王が放った〝破滅の魔法〟は、恐らく僕の[世界樹の雷杖]と同じく一発限りの大技。

 万全の状態のキングベヒーモスなら、こんなものでは無いはずだ。

 だから、僕は賭けに出た。


「偉大な魔獣の王よ! 我が力はお前を越えている!」


 [翻訳の魔導書]を発動させながら、僕は叫ぶ。


「王よ、引け! でなければ我が魔法は黒い稲妻を呼び、お前を容易く滅ぼすだろう!」


 魔獣の王はビタリと動きを止め、牙をむき出しにしながら僕をにらみつける。

 言葉は、通用しているはずだ。

 だが説得は無駄だろう。

 既に、群れを八体も屠った後だ。

 ならばできることは威嚇して脅すくらいしか無い。

 僕は、火傷するほどの熱を放つ[世界樹の雷杖]を取り出し、魔獣の王に向ける。


「王が死を望むのなら、今すぐ叶えてやっても良い! 答えよ!」


 魔獣の王は、動かない。

 遠くで、何かが爆発した。

 冒険者達が、戦っているのだろう。


 エメリアたちは無事だろうか。

 彼女以外にも、少しだが言葉を交わしたものたちもいた。

 僕のことを外見で勝手に判断し、学者さんだとか、先生さんだとか呼ぶ人たちもいた。

 今、ここで戦いを終えることができるのなら、たくさんの命が救われるはずだ。

 まだ、防壁を囲う魔獣たちは無数にいる。


 さあ、どうなる。

 魔獣の王は、僕を真っ直ぐに見据え――。


『ククク……ハハハハハ!』


 この状況で、笑った?

 なんだこいつは。

 頭がおかしいのか?

 [高位進化]は、知能も上がるはずだが――。

 瞬間、魔獣の王に魔力が集中する。

 不味い――。


 僕は咄嗟に跳躍する。

 魔獣の王は稲妻を纏うと一気に加速し、つい先程まで僕がいた鍛冶場を押しつぶした。

 建物の瓦礫が飛び散り、僕の体に激突する。


「う、く……!」


 腹部が燃えるように熱い。

 破片のいくつかが貫通したのかもしれない。


 バチン、と雷鳴が轟くと、魔獣の王は一瞬で加速し僕に向け巨腕を振り下ろす。

 咄嗟に[障壁の杖]を全力で展開するも、魔獣の王の一撃でいとも容易く粉砕される。

 だが、辛うじて軌道を反らすことはできた。


 僕は身をひねり一撃を回避し、魔力の暴走を引き起こした[障壁の杖]を投げ捨てた。

 [障壁の杖]が爆発する。

 魔獣の王は、咆哮と共に絶叫した。


『死ぬも生きるも! 全ては勝者が決めることだ!』


 そうか、と僕は理解する。

 知識を手に入れた、魔獣。

 力を得、経験に学び、しかし彼らに戦い以外の知恵は無い。

 王が[高位進化]で得たものは、いかに殺すか、いかに奪うか――。

 恐らく僕の[翻訳]の力は、魔獣の[調教]ならば素晴らしい結果を生んでくれるだろう。

 だがそれは、僕の力で御せる相手のみだ。

 そして、この魔獣の王は――。


「殺さずに無力化できる相手じゃない――!」


『お前を喰らい、我はより強大になるだろう!』


 [浮遊のローブ]はもう発動しない。

 先程の瓦礫で、付呪が破壊されたのだ。


 激痛で体の動きが鈍る。

 だがそれはあちらも同じことだ。

 互いに、満身創痍――。

 攻撃が、来る!


 魔獣の王の巨腕を、僕はあえて懐に潜り込むことで回避する。

 そのまま背後に回り込み、[灼熱の杖]を魔獣の王向けて連射した。


 ついに、放たれた灼熱が魔獣の王の右前足を溶断した。

 魔獣の王が咆哮し、巨大な牙をむき出しにして僕に襲いかかる。


 バチン、と魔力が爆ぜる。

 [世界樹の雷杖]は、発動してくれた。

 だが、赤黒い稲妻を撃つ前に耐えきれず爆発するだろう。


 それで良い。


 魔力を走らせると、[世界樹の雷杖]が暴走を始める。

 魔獣の王が僕に喰らいつく瞬間、僕は身を捩り紙一重で回避しながらも、魔獣の王の巨大な口の中に[世界樹の雷杖]を押し込んだ。

 言葉を交わす間もなく、魔獣の王の喉奥で[世界樹の杖]が爆発する。

 魔力が膨れ上がり、暴れ狂い、周囲の景色を歪めながら魔獣の王の体を内側から破壊し尽くし――。


 やがて、首から上が内側から消し飛んだ魔獣の王が、ゆっくりと崩れ落ちた。


 ――勝った。


 だが、勝利の余韻に浸る暇など無い。

 僕は恐る恐る自分の腹部を見る。

 血だ。

 服が真っ赤に染まっている。

 鎖帷子でも着ていればまた違ったのかもしれないが、それだと恐らく敵の攻撃を回避しきれなかったのだろう。

 僕は、重い鎧を着たことが無いのだから。

 そして、回復魔法も使えない。

 自己治癒能力を高める付呪をしようにも、腹の中に瓦礫が残ってしまってはたまらない。

 回復魔法ならば、これくらいの傷簡単に治せるのに――。


「ああ、くそっ」


 魔法で瓦礫を取り除いて、魔法で傷を癒せればどんなに楽か。

 だがまだ、戦いは終わっていない。

 幸か不幸か、服やズボン、ブーツに施した[身体能力向上の付呪]はまだ生きている。

 とにかく、防壁に向かわねば――。

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