第16話:開戦
夜の帳が下りる。
幸いなことに、付呪を終えた武具は冒険者全員に行き届いた。
とは言え、その数は決して多くない。
剣士や槍使いを始めとする前衛が五十人ほど。
弓使いや治癒師や魔導師を含む後衛が二十人ほど。
他にも様々な補助を得意とする者たちが三十人ほどいる。
ちなみに付呪をした量の比率は、僕が七でエメリアが三だ。
なんかもう一生分の付呪をした気がする。
ついでに[冒険者ギルド]の事務員を始めとする非戦闘員にも、僕の施した杖を一応持たせてある。
さあ僕の仕事は終わりだ。
これで一安心だ。
後は後方でゆっくりしてよう。
いつでも来い。
どんと来い。
……とは、ならないのが現状だ。
時間に余裕ができたのなら防壁の付呪の強化をしなくてはならない。
ちょっと働かせすぎじゃないですかね?
僕は防壁の付呪に、
【追伸、近い内に大規模な魔獣の襲撃が――】
と付け加える。
無理やり書き換えるよりは良いだろう。
たぶん。
ふと、防壁の上に見知った人を見つける。
ルグリアだ。
彼女は緊迫した様子で、彼方の暗闇を警戒している。
僕は防壁を登り、彼女に声をかけた。
「どう、ですか?」
何がどうなのかは自分でも良くわからない。
漠然とした質問だ。
「ンー、暗くてわかんないや」
「えぇ……」
嘘でしょこの人……。
「ンヘヘ、うっそー。見えてまーす」
……疲れてる時にこれされると本当に腹立つなぁ。
大丈夫、落ち着こう。
今見せたルグリアの笑顔はとても可愛い。
だから苛立つ必要は無い。
励まそうとしてくれたのだ。
そう思おう。
「あ、そうそうリゼル君」
「……はい?」
またろくでもないこと言いそうな気がしたので、僕は話半分に聞きながら彼方の暗闇をじっと見据える。
うーん、暗くて何もわからない。
「八体のベヒーモスいたじゃん?」
「ああ、いましたね。回収できたんですか?」
「ン、何とかね」
それは朗報だ。
生きる理由が増えた。
大金を、仕送りできる。
「でもキミの取り分の内二体は、もう食べられちゃってたって」
「うえっ……?」
変な声が出た。
というか何で僕の方から二体なの?
そもそも僕の取り分二体だけでしょ?
冒険者が四でギルドに二で僕が二でしょ?
そこで僕から二引いたの?
え、えげつない……。
「……リゼル君怒ってる?」
「怒ってませんよ」
嘘ですちょっと怒ってます。
「そっか! 良かったっ!」
……あっさり引き下がるなぁこの人。
まあ、良いんだけども。
でも一応理由だけ聞いておこう。
「あの、僕の取り分の――」
その時、遠方で何者かが咆哮した。
大地と空気がビリビリと振動し始める。
な、何、何なの?
何の力!?
と、僕はバランスを崩し、片膝をついた。
そして、彼方に蠢く無数の影に気づく。
ルグリアが冒険者達に向けて叫んだ。
「警報ー!!」
数は、判別できない。
大地が蠢き迫ってきている。
全てが、魔獣なのだ。
「細かいのはアタシたちがなんとかする! リゼル君は、[高位進化]の魔獣をお願い!」
魔導師が、弓使いが防壁にまでやってきて、一斉に攻撃を開始する。
魔導師たちに授けた杖は、僕のように魔法を封じ込めたタイプでは無い。
大気中に漂う魔力を、より集めやすくするタイプのものだ。
だからだろうか、明らかに高位で消費の激しい魔法を遠慮なく連発している。
魔獣の群れに受け、炎の塊が、あるいは稲妻が降り注ぐ。
「良い杖だ! 馴染んでくれる!」
「魔導師部隊! [極大魔法]を同時に放つ!」
慌ててやってきたエメリアが、魔導師部隊と合流する。
魔導師部隊はエメリアを中心とした同時詠唱を開始すると、魔獣の大群の空が僅かに輝き、いくつかの巨大な隕石が降り注いだ。
それでも、魔獣の大群の勢いは止まらない。
ルグリアら弓使いが、弓を引き撃ち放つ。
弓に施された稲妻の付呪が発動し、放たれた矢を閃光へと変える。
そして矢に施された付呪により、矢は大群の眼前で弾け、稲妻の嵐となって降り注いだ。
ふと、魔獣の群れの中心に、巨大な四足の獣を見つける。
先日のベヒーモスに酷似した外見だが、遥かに巨大だ。
より太く力強い四肢に稲妻を身に纏ったその魔獣は、あっという間に蠢く魔獣を飛び越え、先陣を切りこちらに迫る。
その凶暴な眼は、真っ直ぐに僕を見据えていた。
「――いた」
僕は思わず呻く。
あれがキングベヒーモス、魔獣の王だ。
「リゼル君!!」
ルグリアが叫ぶと、僕は[世界樹の雷杖]を発動させた。
同時に、魔獣の王が咆哮する。
「――撃ちます!」
不意に、凶暴な魔力が空を覆った。
なんだ――?
いいや、この魔力の質は、知っている。
確か、[大書庫]で読んだ本には、〝破滅の魔法〟と――。
空が虹彩を放つと、空間が割れ、無数の流星群が〈サウスラン〉全域に向けて降り注いだ。
ルグリアは、呆然と空を眺め、
「嘘……」
と呻く。
一瞬、視界の端で捉えた魔獣の王が、笑ったような気がした。
撃てるものなら撃ってみろと、そう言っているのだ。
冒険者達は、声を震えさせながら、空に向けていくつもの魔法を放つ。
「げ、迎撃!」
「足らないぞ! 守りきれない!」
「防ぎきれないぞお!」
[世界樹の雷杖]には、全力の付呪を施してある。
別に対魔獣用というわけでは無い。
文字通り、ありとあらゆる状況に対応するための、全力――。
激戦の中、二発目は期待できないだろう。
そして、迷っている時間も、余裕も無かった。
僕は、覚悟を決め、もう一度言った。
「――撃ちます!」
[世界樹の雷杖]を迫る流星群の中心に向ける。
赤黒い稲妻が、撃ち放たれた。
稲妻は、暴れ狂いながら網目のように広がると、迫る全ての流星群を粉々に消し飛ばした。
ほぼ同時に、冒険者たちの魔法をいとも容易くくぐり抜けた魔獣の王は、防壁を突進で破り〈サウスラン〉への侵入を果たした。
魔獣の王の獰猛な瞳は、真っ直ぐに僕を睨みつけている。
決戦が、始まろうとしていた。
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