第11話:一方その頃、魔法大学では2

「や、どーも学長さん」


 早朝、ミューディは学長室を訪れた。

 一瞬学長は困惑した様子なるも、すぐにいつもの調子に戻って眉を釣り上げ、怒鳴り声を上げた。


「入室の許可は出していないぞ! ミューディ・クロフォード!」


「おー、うるせー。つか、あんた変わんないね」


 前の学長の頃は良かった。

 魔導に対しての、理解があったのだ。

 魔導師とは、魔法を使う者たちのことでは無い。

 魔法に携わる者たちだ、という前学長の言葉は今でも覚えている。


 学長は顔を真っ赤にし、猛り狂う。


「卒業を! 取り消されたいのかァ!」


「取り消す、ね……。んじゃ聞きたいんだけどさ。――リゼル・ブラウンに来てたスカウト、なんで潰したん?」


 現学長は、徹底した魔法至上主義者だ。

 無論、魔法も優秀なミューディは問題なかったが、一部の学生は悲惨な目にあっている。


「な、何を言っているのかわからないな。リゼル? さて思い出せない。誰だったか」


「……ウチが魔法薬の第一研究所に就職決まってるって知ってんよね?」


「……もちろんだとも。で、それがどうした? 私は忙しいのだ。自慢話ならば他でやれ」


「そこの所長さ、すっげ顔広い人でさ」


「他でやれと言った!!」


 学長は怒鳴り声を上げ、バチンと魔力を爆ぜさせた。


「ミューディ・クロフォード。少しばかり成績が良いからといって図に乗るんじゃあないぞ」


 そのまま右手に強靭な魔力を維持したまま、学長はミューディを威圧するようににらみつける。


「この私にかかれば、お前ごとき小娘の将来など簡単に潰してしまえるということを、忘れるな」


「……リゼルのように?」


 学長は鼻で笑う。


「ハッ! 魔法の使えない小僧など、我が[魔法学校]には不要! ここは、魔法を使う者の場である!」


 それは、決定的な言葉だった。

 ミューディの中にあった深く静かな怒りが、業火となる。


「――じゃあ、リゼルを覚えてるってことで良いんだね」


 驚くほど低い声が出て、ミューディは内心驚く。

 もうとっくに疑念は確信に変わっている。


「我が[魔法学校]の汚点だよ。前学長が愚かだったのだ。魔法を疎かにし、魔道具の推進などと。今は! 魔法の時代である!」


「アイツはどこ?」


「さあ? だが生きてはいまい」


 殺してやる、という言葉が喉元まででかかる。

 だがまだだ。

 まだ足らない。

 ミューディにはやるべきことがある。


「……ウチがこれを告発したらどうする?」


「小娘ごときが何を言うか。名誉ある[魔法学校]学長である私の言葉と、お前の言葉。さあ、みなが信じるのはどちらであろうなあ?」


 学長は勝ち誇った笑みを浮かべ、更に言った。


「ところでミューディ・クロフォード。おお! 何ということだ! 腕を怪我してしまったぞお」


 学長はこれみよがしに無傷の右腕を見せびらかす。


「学年一位になれなかったことを逆恨みをした二位の生徒が、愚かにも学長に襲いかかったのだ! さあ、これをどうしてくれようか!」


 これが、リゼルを潰した者の正体か。

 何と醜く、愚かで――。

 この程度の男に、リゼルは……。


 そこから先の思いは言葉にも思考にもならず、ミューディはただただ虚しくなった。


「これでは、キミも[魔法学校]破門だなぁ?」


 もう良い。

 これ以上聞いていたくない。


 だからミューディは全てを終わりにするため、言った。


[――じゃあ、そういうことみたいなんで……頼みます]


 一瞬、学長の顔に困惑の色が宿る。


 するととたんに学長室の扉が開かれ、数名の騎士と魔導師が武器を構え入り込んできた。


「な、何だ!? 誰だ! ここをどこだと思っている!!」


 学長は狼狽し、喚き散らすも、騎士たちの鎧に刻まれている紋章に気づくと絶句する。


「こ、[黒翼騎士団]――」


 最新の武具と最新の魔法と最新の技術を取り入れた、〈帝国〉最強の部隊。

 そして、リゼルをスカウトしていた者たち。


「な、何故[黒翼]が出てくる!? く、来るな! 私に触れるな!」


 隠密部隊としての側面もある[黒翼]は、堂々と募集などかけない。

 秘密裏に接触したり、あるいは他のスカウトに紛れ込ませたり――。


 だから、学長は既に、知らず識らずの内に虎の尾を踏んでいたのだろう。

 握りつぶしたリゼルへの誘いの中に、彼らからのものがあったのだから――。


 ふと、黒衣に身を包んだ魔導師が学長に何かを向けながら言った。


「ご同行願おう」


「ま、待て! それを私に向けるな!」


 それ――?

 何を言っているのかミューディにはわからない。

 だが、学長の怯え方は普通ではない。


「協力の意思は無いと見た!」


「ち、違う! 王子だ! レイヴン王子に繋いでくれ! 私は、彼の――」


「撃つ!」


「よ、よせ! やめろおおおおおお!」


 黒衣の魔導師の腕からバチン、とどす黒い何かが爆ぜる。


 すると、漆黒の輝きは学長の体にまとわりつくと、学長の体を一枚の黒い帯びのようなものへと変貌させた。


 ――レイヴンと、学長は言った。


 おそらく、[黒翼騎士団]によって全貌は明らかになるだろう。

 そうなった時、果たしてレイヴンは今の身分のままでいられるのか。


 そういえば、とミューディは思う。


 あれは初めて見る魔道具だが、奇妙な既視感がある。

 確か、似たような機能が論文で――。


 黒衣の魔導師が、先程まで学長だった黒い帯びを腕に巻きつけていく。


 使い方も、ミューディが論文で見たものと同じだ。


 騎士の一人が言う。


「協力に感謝する」


「あ、はい、ども……。えっと――」


「まだ何か?」


「いえ。何か今の魔道具って」


「機密である。他言は無用とする」


「え、あ、まあそりゃそうなんですけど……見たことある気がしてて」


 騎士が兜の内側から、ぎろりとミューディを見る。


「あ、いや本物じゃなくて、友達、が……何か昔書いてて」


 懐かしい勉強の日々。

 リゼルをからかったり、教えてもらったり、教えてやったり――。


 ふと、それがもう帰ってこないのだと思ったら涙が出そうになる。


 騎士が言った。


「リゼル・ブラウン氏の[対魔導師用封印術]の論文は、読ませてもらっている」


 それが、答えだった。

 同時に彼らからミューディに言える最大限の情報でもあるのだろう。


「そっすか、どうも」


 ミューディがペコリとお辞儀をする。


 最後に騎士が言った。


「彼の捜索はするが、期待しないでくれ」


 返事をすることは、できなかった。


 やがて[黒翼騎士団]の全員がいなくなると、ミューディは壁を背にしてへたり込む。

 深く深くため息を付き、もうリゼルに会えないと思い知った彼女は、理解する。


「ウチ、あいつのこと好きだったんだ」


 と――。

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