第8話:師と弟子

 なんだか信じられない。

 ……だが、現実として目元の傷が完全に癒えているエメリアがそこにいる。

 そうか、僕は[翻訳の魔導書]の力で最高の付呪師に――。


 ん、待て!

 大事な見落としがあったぞ!


「最高なんて、買いかぶりすぎです。僕の付呪は効果は凄いかもしれませんが、実は全然安定してくれなくて……」


 ふふふ、そうとも。

 最高の付呪師が作る杖は爆発なんてしない。

 ローブが軽すぎて空中でくるくる回転することもないし、ブーツが軽すぎてまともに歩けないなんてこともない。


「えっ!? そ、そうなんですか?」


 エメリアが驚愕している。

 なんだか期待を裏切ってしまったみたいで少し胸が痛む。

 だけど、嘘を言うわけにはいかない。


「今回の付呪だって、意図してできたものでは無いんです」


 更に僕は、先程思いついた案を口にする。


「あの、エメリアさん。もし良ければ僕に付呪を教えてくれませんか?」


「え、私に、ですか……? でも私、基礎くらいしか……」


「その基礎が知りたいんです」


 と、僕は彼女に[翻訳の魔導書]を見せる。


「僕はこの、[翻訳の魔導書]の力で無理やり付呪をしていまして……」


 そうして僕の付呪の事情を説明した。


 ややあって、エメリアは難しい顔になってから言う。


「……凄い、そんな力技みたいな付呪があるなんて」


 力技、か。

 確かにおっしゃる通りだ。

 本来ならば一つ一つ[古代文字]を解読しながら行うものを、全部共通語で無理やりやってしまうのだから……。


「…………その魔導書は、私にも使えますか?」


「すいません、そうしたかったのは山々なんですが、開発途中でこんなとこに飛ばされちゃいまして……」


 実に残念だ。

 これが完璧な形で完成していれば、世界はほんの少し便利になったもしれないのに。

 ……あ、割と本気で悔しい。

 くそう。


「僕にも、姉がいます。優秀な姉です。不出来な――僕なんかより、ずっと立派で、優秀な……」


 だけど、もう魔導師の道は断たれた。

 その道で姉に恩返しをすることは、できなくなってしまった。

 僕は、付呪師への道に縋るしか無いのだ。

 そして基礎を完璧にし、爆発しない安定した杖を作れるようになりたい。


「このままでは、終われないんです。僕は胸を張って故郷に帰って、姉さんに今までありがとうって言える男になりたいんです」


 これが、僕の偽らざる気持ちだ。


 僕は、エメリアの瞳を真っ直ぐに見続ける。

 目を反らすな。

 反らしたら、負けなような気がする。

 負けるな、逃げるな。

 思いは伝えた。

 ならば後は熱意をアピールするだけだ。

 真っ直ぐ真っ直ぐエメリアの瞳を見続ける。

 あ、なんか目が乾いてきた。

 瞬きもするな。

 したら緊張の糸が途切れる気がする。

 目、痛い……。


 ややあって、エメリアはぷいと視線を反らした。

 少しばかり頬が上気しているような気がするが、見間違いだろう。

 目が痛い。


「あ、貴方は、私の――恩人です。そう、命の恩人です……」


「えっ? はい……。でも、見つけたのは偶然なんです」


「ですが、見捨てることだってできました。……その恩に、報いましょう」


 ええと、つまり?

 エメリアは、こほんと咳払いをしてから言った。


「……[黄金級]の冒険者として、あなたを弟子に迎えます」


「本当ですか!」


 やったぞ。

 念願の師を手に入れた。

 ああ、師。なんて良い響きなのだろう。


 ん?

 お、[黄金級]?

 それ事実上の、冒険者の最高位なんだけど……。

 ひょっとして、僕はとんでもない人を助けてしまったのでは。

 そしてとんでもない人に弟子入りを申し込んでいるのでは。

 な、何か尻込みしてきたぞ。

 [黄金級]なんて初めて見た……。

 そんなほいほいいて良い階級じゃないぞこれ。

 僕は今、かなり身分不相応な真似をしているのか……?

 まずいぞ、もっと丁重に行くべきだった。


「ですが、条件があります」


 う、何かを要求される……。

 [黄金級]が要求するものって一体なんだ。

 僕が出せるものなのか?

 だが良いだろう。

 僕の未来のためだ。

 覚悟を決めろ。

 さあ、何が来る――。


「私にも、貴方の付呪を教えて下さい」


「な、なんだそんなことですか! 良いですよもちろん! 何でも教えますとも! どんなことでも聞いてください!」


 ああ良かった。

 何を身構えていたのやら。

 そもそも[黄金級]だって人だ。

 この状況でそんな無茶な要求してくるわけ無いではないか。

 良かった。

 本当に、良かった――。

 そしてふと気づく。

 どうやら、僕は師と弟子を同時に得たらしい、と。


「……それで。リゼル君だっけ? キミこれからどうすんの?」


 と、先程まで傍観を務めていたルグリアが言う。

 ……何か警戒されてる気がする。

 でも、そうか。

 彼女は姉だ。

 ならば僕は妹についた悪い虫に見えるのも仕方あるまい。

 誠心誠意、正直に答えよう。


「それが、実は全然わからなくて。……どうしたら良いんでしょう?」


 ……あれ、何か正直に答えたら凄い情けなくなったぞ。

 でも事実だしなぁ……。


「ンじゃ、アタシらとパーティ組む?」


「え、良いんですか!?」


 事実上の最高位の人たちと、僕が、パーティ?

 し、信じられない。


「……言っとくけど、アタシは[白銀]だから」


 白銀は黄金の二つ下の階級だ。

 いやそれでも十分凄い。

 それだけ位が高ければ憧れの的だろう。

 改めて思う。

 凄い姉妹だ。


「是非お願いします」


 と、また僕はペコリとお辞儀する。

 良かった。

 これで何とかなりそうだ。

 僕は、命を繋ぐことができたんだ。

 ふと、ルグリアが何かを思い出したかのように言う。


「あ、そだ。一応これ大切なことだから聞かせて」


 聞く?

 なんだろう。

 家族構成? 実績? 好きな食べ物?

 だが良いだろう。

 何でも来い。

 何でも答えて見せよう。

 今日から僕たちは仲間だ。

 どんな質問でもどんと来い。

 ルグリアは、少しばかり警戒するような視線になって、言った。


「キミの魔導師として目指す道は?」


 その問いかけは、少し前の嫌な記憶を思い起こさせるものだ。

 レイヴンは、魔導は自らのためにあると断言した。

 だけど、僕にはそれが許せなかった。


「――魔導を広め、世界を豊かにすることです」


 まっすぐ、目を見てそう言った。

 偽りはない。

 この思いがあったから僕はここにいる。

 良くも、悪くも――。

 一瞬、ルグリアが満面の笑みになったような気がしたが、気の所為だろう。

 すぐに彼女は挑発的な顔になる。


「――上等! よし、行こう!」


「え!? あ、ちょっと!」


 突然且乱暴に腕を引かれ、僕はバランスを崩してベッドから滑り落ちた。


「あ痛っ!」


 打ちどころが悪かったのか、背中から響いた衝撃のせいで呼吸が一瞬止まった。


「あ、ごめん……」


 エメリアが咎めるような視線でじとりとルグリアを見る。


「……姉さん」


 あ、怒っている声だ。

 ともあれ、僕は二人と一緒に[冒険者ギルド]に向かうこととなった。

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