第7話:最高位の付呪師
気がついたら、ベッドの上だった。
…………あ、夢?
ああ良かった。
そうか、僕が追放されたり破門されたり[魔法学校]が腐ってたり学長に嫌われてたりレイヴンが嫌な奴なのは全部夢だったのか。
本当に良かった!
いや良くない。
華の付呪師への道は?
くそう、あれが夢だったなんて。
待て、どこまでが夢だ……?
レイヴンが嫌な奴なとこまで行くと割と昔だぞ……?
ところで何かベッド硬くない?
この部屋はかび臭くて、埃舞ってない?
僕はちゃんと掃除をするタイプの人間だぞ?
…………?
あ違う、現実だ。
うわぁ、全部現実だった。
な、何だこれ。
最高に嬉しいと最高に悔しいと最高に虚しいが心の中で同時に騒いでる。
僕は華の付呪師への可能性が出てきたし、[魔法学校]は腐敗していたし、学長もレイヴンもクソ野郎だった……。
そして僕はもう、[魔法学校]には戻れないし[魔術師ギルド]からの支援も無い。
最悪だ。
憂鬱だ……。
もうあの目まぐるしい日々は、決して僕のもとには帰ってきてくれないのだ。
姉の期待も、裏切ってしまった――。
僕は不出来な弟だ……。
……何か大事なことを忘れてる気がする。
でも寝起きって頭がうまく回らなくて……何だ。何を僕は忘れてるんだ。
よし、少しずつ思い出していこう。
まず、ここは現実だ。
ベッドは[魔法学校]のものよりずっと硬くてごわごわしている。
背中痛い。
天井汚い。
石造りか?
よくわからないシミと、蜘蛛の巣と、部屋の角には苔が見える。
あ、思い出した。
というか背中痛いのってベッド硬いのが原因では無いぞこれ。
確か、背中に大怪我を――。
僕はぐねぐねと身を捩りながら、恐る恐る背中に触れてみる。
……傷治ってる?
完治してるなこれ。
ということは結構凄い治癒師に助けてもらえたのか。
じゃあ背中痛い原因やっぱベッドか……。
……そうか。
僕は、生き残れたのか。
うん、良かった。
魔術師にこそなれなかったけれど。
諦めなければ、道は続く。
だから、僕の道はまだ、続いているんだ。
まだ僕は、不出来な弟と結論を出すには早すぎる。
……だから何かとても大事なことを忘れている気がするのだが。
ううん、何だ。
何だっけ……。
そういえば、腕も怪我したはず。
僕はゆっくりと自分の両手の傷を確認していく。
……魔獣によって噛み砕かれた跡が、少し残っている。
でも十分だ。
五本の指は全部ちゃんとついているし、違和感なく動いてくれる。
背中の傷の具合は目ではわからないけれど、腕の傷は相当ひどかったはずだ。
ならば[魔法学校]教師陣にも劣らない優秀な魔導師がいるのは間違いない。
待てよ?
その人に弟子入りとかできないか?
そうか、そうだよ!
[魔法学校]を破門されたって、別の師を見つければ良いだけのことではないか。
行けるぞ。
付呪師の卵は貴重な存在のはずだ。
よし、善は急げだ。
まずはその師になってくれそうな人を探さなければ!
……でも僕[魔術師ギルド]からも破門されてるんだよな。
それを気にせず、それでいて魔力が少ない僕に別け隔てなく接してくれて、尚且実力のある魔術師で、更に言えば付呪の知識も持ち合わせている――そんな都合の良い人いるだろうか。
……あまりにも都合が良すぎる話だ。
いいや諦めるな。
そういうのは手を尽くしてから。
探し尽くしてからだ。
と、僕は意を決して起き上がり、石造りの天井から周囲の家具へと視線を移す。
壁も椅子もテーブルも、天井と同じく石造りだ。
何か珍しい造りだ。
石が豊富なのか、あるいは木材が不足しているのか。
「――――ん?」
そこでようやく、テーブルに突っ伏しうたた寝をしている人影に気付いた。
誰かがかけてあげたのだろうケープが、うたた寝で上下する肩っと一緒に揺れ動いている。
看病してくれていたのか?
ひょっとしてこの人が治癒師で魔導師か?
良い人っぽい。
ふと、ケープの隙間から顔が覗き見える。
綺麗な人だ。
…………あっ。
「エメリア・ベリル――」
ようやく思い出した。
僕が、ここまで背負ってきた人。
魔術師で有りながらおそらく付呪師でもある人。
……不出来な妹でごめんなさい、を最後の言葉に選んだ人。
あれ?
目とかすっごい怪我してなかったか?
凄いぞこれ、完全に癒えてる。
傷跡一つ無いレベルだ。
これはとんでもない治癒師が近くにいるぞ。
なんてレベルだ。
おそらくお腹も傷跡すらなく治っているだろう。
凄い。
……じゃあ何で僕の手は傷跡残ってるんだ?
酷くない?
ま、まあ女性の顔と男の腕とで扱いが違うのはわかるけども。
不意に、ノックもなく部屋の扉が開かれた。
「エメリアー? 起きてるー?――ん、おっ……」
「あ、ど、どうも……」
「へっ? お、おおっ?」
この声は確か、気を失う直前に聞いたエルフの声だ。
彼女は意識を取り戻していた僕を見て息を呑み、固まっている。
恐らく、彼女がエメリアの姉のルグリア・ベリルだろう。
どことなく顔立ちも似ている、ような気がする。
違いと言えば、どこか強気な目つきと短めの髪くらいだろうか。
ほぼ同じタイミングで、エメリアが目を覚まし、ゆっくりと顔を上げた。
「……姉さん? どうしたの――」
ふと、エメリアも僕を見、息を呑む。
まるで時が止まったかのような静寂に包まれる。
エメリアは横目でもう一度ルグリアを見てから視線を泳がせる。
ルグリアは、僕とエメリアを交互に見てどういうわけだか何かを迷う素振りを見せる。
え、何でちょっと緊迫してるんだ?
いやそうか。
そもそも二人は僕が何者なのか知らない。
僕はここにいるだけで異質な存在なのだ。
そう考えると、彼女たちの反応は割と正しいかもしれない。
ならば、まずはお礼だ。
僕は彼女たちに助けてもらわなければ、あの場で野垂れ死んていたのだ。
そして怪しいものでは無いとアピールしなければ。
「あの、助けていただき本当にありがとうございました」
僕はペコリとお辞儀する。
「……えっ?」
「はっ?」
え何この反応。
いいや負けるな。
言うべきことは、きちんと伝えなければならない。
「リゼル・ブラウンと言います。魔法学校の学生――いえ、『元』……学生です。わけあって転移系魔法で飛ばされてしまい、困っていたところなんです」
ああ、なんか元学生と口にしたら心臓がきゅーっとなった。
本当にもう、僕は学生では無いのだ。あの日々は帰ってこないのだ。
僕は注意深く二人の様子を伺うが、反応は無い。
なぜだかわからないが、呆気に取られているようだ。
…………なんだ?
アピールが足らないのか?
「お礼をさせてください。僕の傷の手当をしてくださった方はどなたでしょう?」
…………。
いや何とか言ってお願い。
そうだ、こういう時は相手が答えざるを得ない質問をしてみよう。
僕はエメリアの目を真っ直ぐに見て言う。
「目元の傷、完全に治ったんですね。良かったです」
と、エメリアは息を呑み、ローブのポケットから薄汚れた細長い布のようなものを取り出した。
「この包帯に書かれていた[古代文字]――付呪をしてくれたのは、リゼル、さんですよね?」
やっと口を聞いてくれた。
ああ良かった、と僕は胸をなでおろした。
「はい! でも、応急処置しかできなくて不安だったんです。大丈夫でしたか?」
「大丈夫も何も……私がここにたどり着いた時は、完全に無傷の状態でした。リゼルさんの、付呪の力です」
いやいや何を馬鹿なそんな。
……あれ、でも思い当たる節あるぞ。
何せ杖は爆発するし、ローブはとんでもない強さに軽さになってたし……。
エメリアが言う。
「ただの包帯と塗り薬でここまで治せる付呪師はいません。あなたの実力は最高位の[ロード級]以上です」
ぞく、と背筋が震えた。
僕が、[ロード]?
「……エメリアさん、詳しく聞かせてもらっても良いですか?」
そうして、僕が施した付呪がいかに完璧かつ高品質なものだったのかを聞かされることになったのだ。
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