第14話:激務、付呪師の戦い
ここは、〈サウスラン〉の鍛冶場だ。
いろんな道具があるのだとか、たくさんの武具があるのだとか、それはもうどうでも良い。
付呪だ。
とにかく付呪だ。
片っ端から付呪をしていかなければ……。
【拝啓、雷の精霊様。先程は素晴らしい杖をありがとうございました】
【これほどのものを授けていただけるとは、大変驚きました】
【さて、誠に勝手ながら――】
【冒険者の為の、剣を――】
【ローブを――】
【鎧に関して――】
【安定した継続戦闘が――】
あ、なんか頭が変になってきた。
同じフレーズずーっと繰り返してる……。
でも時間は待ってくれない。
付呪だ。
ひたすら付呪だ。
とにかく[古代文字]を、ひたすらひたすら書き続けるのだ。
日が沈むまでの間に、できる限りの付呪をするのだ。
指痛い。
あ、そうだ。先に僕の手袋に付呪をしてしまおう。
【拝啓、光の精霊様。先日は――】
書き連ね、僕の手袋は淡く輝く。
ははは、綺麗だな。
でも、やっぱなんか違うな。
こう、杖に付呪をした時は、もっとばぁーっと輝いたもんな。
僕。
付呪。
続ける……。
「坊主、お前凄えな……」
ふと、男の声がした。
「へあ!? あ、はい、起きてます! はい!」
変な声が出た。
参った、僕は悪夢を見ていた。
華の付呪師への道が開いたというのに、薄暗くて熱い鍛冶場で延々と同じ付呪を繰り返す夢だ。
ああ夢で良かった。
…………さあ、付呪の続きだ。
剣剣剣剣杖剣剣のローテでやろう。
その後はローブ鎧鎧ローブ鎧だ。
あ、弓と矢も混ぜないとルグリアが文句言うんだった。
はあ、壁殴りたくなる。
でも壁は石だから多分僕の手が折れる。
「エメリアも凄えと思ってたが、坊主は半端ねえな……三倍くらい違うか?」
彼の名は、グイン・バス。
ドワーフの一族で、エメリアたちの親戚らしい。
とは言え、彼の弟がエメリアたちの母親の妹と結婚した、という理由なので、血の繋がりは無いそうだ。
でもちょっとどうでも良いというか、今はそんなこと考えている余裕は無い。
ちなみにエメリアは付呪疲れの所為か僕の隣でぐったりしている。
ははは、どうかねエメリア嬢、これがリゼル師の力だよ。
ははははは。
虚しい。
「言っておきますけど、付呪上手くいくかはわかりませんからね」
「おお、爆発すんだってな! ハハ、面白えなぁ坊主!」
腹立つわぁ。
良い人なのはわかるけど、今その態度で来られるとほんっと腹立つわぁ。
「普通はな? 坊主。付呪ってのは失敗すりゃ発動しねえんだわ。だが、お前さんのは発動しすぎておかしくなるんだろ? こりゃ凄え発見かもしれねえな」
似たようなことを既にエメリアから聞いている。
今はほんっとどうでも良いので静かにしていて欲しい。
「だが、ま! だから余計に数をこなすってのは良い案だな!」
ちなみにそれを提案したのは僕だ。
だから数時間前の僕はクソ野郎だ、許せない、殴ってやりたい。
「こんだけ高品質な付呪を、使い捨てにするったぁ面白え。俺も燃えてきたぜ坊主」
下手したら燃えるどころか爆発するのに何言ってるんだこの人は。
ちなみに僕のしている付呪の多くは、爆発込みの使い捨て前提だ。
つまり、威力は高いがすぐに使えなくなる代物。
だから余計に数が必要なのだ。
もちろん、防具は別だが。
ああ、防具は良い。
だって全力で付呪しても爆発しないんだもの。
剣みたいに付呪の熱に耐えきれずに解けたりしないんだもの。
もうずっと防具の付呪していたい。
いややっぱ付呪したくない。
とりあえずふかふかのベッドで眠りたい……。
……というかエメリアはいつまで寝ているんだ。
「あの、エメリアさん起こしてくれませんか」
流石にちょっと休み過ぎではなかろうか。
確かに僕は彼女の師だが、彼女もまた僕の師なのだ。
弟子の前でこうも爆睡されると弟子としてはちょっと色々大切なものが揺らぐ。薄れる。消えていく。
「……エメリアのことは、そっとしておいてやってくんねえかな」
え、何が?
は? 付呪は?
まだ剣と弓と杖とハンマーやらが大量にあるんだけど。
「ずっと、苦労してきたんだ。少しくらい休ませてやりてえ」
え、僕は?
僕も結構苦労してきたんだけど……。
「もうじき、魔獣の大群に殺されるかもしれねえんだ……」
それ僕も同じでは?
同じ街にいるから同じ状況なんですけども。
「笑ったエメリアを見たのは、本当に久しぶりでな。……だから、頼む」
やだ何これ、反論許さない雰囲気作られちゃった……。
「こいつは超がつくほど真面目でなぁ……。全部、自分で背負い込んで戦ってたんだ」
でもそれ今関係無いですよね? 早く起こしてください。
あと作業中話しかけないでください。
二度と。
……と言いたい。
とてつもなく、言いたい。
でも言えない……。
だってたぶんこの人めっちゃ良い人なんだもの……。
良いさ。
僕はただひたすら付呪をし続けるだけだ。
杖だけでは無い。
投擲用のナイフにも付呪をしなくては。
この付呪は本当に正解だった。
爆発前提で投げるから加減なんてしなくていいし、むしろ爆発が大きいほうがダメージも大きい。
素晴らしい。
大発明だ。
「そういや坊主よ」
作業邪魔するのだけは勘弁してくれませんかね……。
とは言えず、僕は付呪の続きを書き続けながら何とか頬の筋肉で笑顔を取り繕った。
「な、なんですか」
「お前、魔法使えないんだってな?」
だからそれ今関係ある?
無いよね?
おお?
やるか?
……抑えろ。
悪気は無いのだ。
抑えろ……。
よし、抑えた。
それに、彼もエメリアと同じ[黄金級]の冒険者だ。
僕が気付いてないだけで実はとても大事な話をしているのかもしれない。
「戦士にゃなんねえのか?」
いやこれ関係無いわ。
キレそう。
この会話意味ある?
「え、ええ、まあ。はい」
僕は更に付呪を進めていく。
いつの間にか、エメリアには薄いケープがかけられている。
グインがかけてあげたのだろう。
優しい人だね。
僕には優しく無いが。
「戦士になるなら俺の弟子になるか?」
「なりません」
「そうかぁ」
ようやくわかった。
この人はたぶん、親戚のおじさんなのだ。
死ぬ気で頑張ってる僕が微笑ましいのだ。
そしてとにかく喋りかけていないと死ぬタイプの人なのだ。
よし、邪魔だから追い払おう。
「あの、グインさん」
「ん、どした?」
「エメリアさんはお疲れのようですし、ベッドに運んであげてください」
「おお、そうだなぁ。悪いな坊主、少し行ってくるわ」
「はい、お願いします」
そして二度と戻ってこないで。
「すぐに戻ってくっからな!」
来ないで。
そして、グインはエメリアを優しく抱きかかえ鍛冶場の外へと出ていった。
僕は盛大に溜息を付く。
ああよかった。
これで付呪に集中できるぞ。
そして、グインと入れ替わる形で一人の元気なエルフがやって来て言った。
「リゼル君元気ぃー!? 付呪終わったー!? アタシの矢はー!?」
ああ、もう!
僕は頭を抱えるしかなかった。
その後、戻ってきたグインとルグリア双方による質問攻め、他愛のない無駄な雑談を聞かされながら、ようやく僕は全ての付呪を終えることができた。
ほぼ同時に、夕日が完全に沈みきる。
夜が、訪れたのだ。
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