付呪師リゼルの魔導具革命

清見元康

第一章:追放、可能性の目覚め

第1話:破門されて追放されて飛ばされる

「リゼル・ブラウン。お前は破門だ、役立たずめ」


 十五歳の誕生日に学長室で言い渡され、僕は頭の中が真っ白になった。


「な、何故、ですか……」


「自分の胸に手を当て考えてみたまえ」


 そう、言われても……。


 学長は深々とため息をつき、僕をじとりと睨みつけた。


「いつまで経っても魔法の使えないお前を、我が栄誉ある[魔法学校]に置いてやる道理は無い」


 確かに、僕は生まれつき魔力が少ないせいで魔法がろくに使えない。

 だがそれが本当に破門の理由なら、そもそも入学すら許されないはずだ。

 おそらく学長は、嘘を言っている。

 だから大丈夫。

 怯むことは無い。

 最初こそ驚いたが、僕はもう冷静だ。


「……成果は出してきました。成績だって上位のはずです」


 [魔術師ギルド]の花形、[魔法学校]に入学してから僕はとにかく座学を頑張った。

 結果、様々な座学の試験では一位を取った。

 知識だけならば、僕はこの[魔法学校]の生徒の中では一番のはずだ。

 だが、学長は鼻で笑った。


「それは前学長の方針だ。私は、違う」


 学長は立ち上がり、僕を威圧するように上からぎろりと見下ろした。


「せめてもの情けで、お前の最後の課題の完成までは待ってやろうと考えていた。だが――[翻訳の魔導書]だと?」


 何故それを。

 課題の内容は、秘密にしてあったはずなのだが。


 いいや落ち着け、相手は学長だ。

 本気で探られたら、隠し通せるような相手では無い。

 気持ちを切り替えよう。


 確かに、それは僕が卒業試験に提出しようとしているものだ。

 魔法が使えなくても、魔法と同じ奇跡を起こせる魔道具。

 この存在に、僕は何度も助けられてきた。


 だから僕は、同じように多くの人の助けになる魔道具を作ろうと考え、魔導書という形式を選んだのだ。

 特に今回のは力作だ。

 何せ、研究と開発に五年の歳月をかけたのだから。


「くだらん。[翻訳の魔導書]はすでにいくつも世に出回っておる」


 もちろん知っている。

 だからこそ、僕の[翻訳の魔導書]は自信作なのだ。


「ですが、今ある[翻訳の魔導書]は、言語ごとに分かれています」


 従来の[翻訳の魔導書]は一言語につき一冊。

 便利だが、不便だ。

 僕の作った[翻訳の魔導書]は違う。


「大書庫の知識を、全て注ぎ込みました。ですので、これがあれば言語の翻訳に関してはこの一冊で――」


「それが、くだらんと言ったのだ!」


 学長は僕の言葉を遮り、怒鳴り散らした。


「魔導とは高みを目指すものである! だと言うのにお前の魔導は一体どこを見ているか!」


「な、に――」


「お前の班のリーダー、レイヴン・マクシミリアンを見習え! 彼は偉大な魔導師となるだろう!」


 ここでその名を出されるとは思わなかった。

 僕にとっての嫌な奴。王家のドラ息子。実技の試験では常に一位を取っていた男だ。

 そして、座学ではずっと二位。


 だからだろうか、僕はレイヴンにこれでもかと言うほど嫌われている。

 嫌がらせもされている。


「彼は素晴らしいぞリゼル! あの若さで、すでに! [転移魔法]を会得したのだ!」


 [転移魔法]とは、あらゆるものを世界のどこにでも[転移]させることができる非常に希少価値の高い魔法だ。

 それをあいつが会得したのには、少しばかり驚かされた。

 確か[転移魔法]は魔力の消費が大きいはず。

 魔力が少ない僕には、決して手の届かない魔法だ。


「だと言うのに、お前は[翻訳の魔導書]だと? 失せよ! [魔法学校]の名を汚す愚か者め! お前のような者は、[魔術師ギルド]にすら不要である!」


 こうして、僕は[魔法学校]を破門され、[魔術師ギルド]からも追放されることとなった。



  ※



 こんな、終わり方か。


 失意のまま宿舎の自室で荷物をまとめていく。


 今の学長は、確かに僕のことを毛嫌いしていた。

 魔導師とは即ち魔法を使う者だと、豪語していた。

 まるで最初から僕を目の敵にしているかの如く……。


 それにしても、[魔術師ギルド]にまで手を回して追放処分にするなんて、やりすぎでは無いか……?

 これで、僕は今後一切[魔術師ギルド]からの支援は受けられず、門をくぐることすら許されない。


 僕には、年の離れた姉がいる。

 僕と違って、優秀な姉だ。

 姉だけは、僕を決して見捨てないでいてくれた。

 リゼルには才能がある、と[魔法学校]に推してくれたのも姉だった。

 僕は、姉の期待を裏切ってしまった。


「……もう、行かなくちゃ」


 とは言え、こんな状況で、故郷に帰るわけには行かない。

 姉に顔向けができない。

 だが、残り続けることもできない。

 行く宛も、無い。


 悔しいという気持ちと虚しさが山のように溢れて来て、喉の奥がぎゅっと閉まった。

 そういえば、何故学長は僕の課題のことを知っていたのだろう。

 誰にも教えていなかったはずだが――。

 その時だった。

 ノックも無く乱暴に扉が開かれると、今最も顔を見たくなかった男がズカズカと遠慮も無しに部屋へと入ってくる。


「よおリゼル――お前は昔から目の付け所が違うヤツだとは思っていたがなぁ?」


 レイヴン・マクシミリアン。

 友人と呼べるほどの関係は無い。


 わざわざ嫌味を言いに来たのか?


「災難だったなぁ? お前、破門だって?」


 破門されて、唯一良かったと思うことが今見つかった。

 これでもう二度と、レイヴンの顔を見なくて済む。


 いや待ておかしい。

 僕が破門されると、どこで知ったのだ?

 つい今さっきの出来事だぞ?

 もしやこいつ……。


 とは言え、今更何を言ったところで無駄か。

 どちらにしても、学長は僕を毛嫌いしていた。

 ならばこいつらが裏でつながっていたとしても、僕にできることは無い。


「……レイヴンには、関係無いだろ」


「おいおい酷いな、友達だろ?」


 ……こいつ。


「ハハハハ! 友の門出をさぁ! 祝いに来てやったんだぜ?

 歓迎しろよリゼル! この国の未来の王をさぁ!」


 もう、身支度は整え終わった。

 こんな嫌なヤツにかまってやる必要は無い。


 だが、レイヴンは出ていこうとする僕の行く手を遮った。


「なぁリゼル。俺たち魔導師の目指す道とは何だ?」


 挑発的な質問だった。

 そして、何度もされた質問でもある。


 だけど僕の答えは変わらない。

 レイヴンを真っ直ぐに見返し、僕は答えた。


「魔導を広め、世界を豊かにすること」


 これは、僕の揺るがない思いだ。

 魔法は決して選ばれた者だけの力では無い。

 解明し、世界に広め、豊かにすべき力なのだ。


 思えば、レイヴンが僕を目の敵にする理由がこれだろう。

 僕は彼の思想と真っ向から対立してしまっているのだから。

 案の定、彼は鼻で笑って言った。


「違うなぁリゼル! 魔導とは武勲をたて、名を上げるためにある!」


 これ以上話しても無駄だ。

 というか本当に何をしに来たのだこいつは。

 まさか本当にわざわざ嫌味を言いに来ただけなのか?

 こいつならば、ありえないことではないけれど……。


「俺を見ろリゼル! 俺は全てを持っているぞ! お前に無いもの、お前が欲しがるもの、全てだ! なぜだかわかるか!」


「何故って――」


 僕は言葉をつまらせた。

 嫌な奴。最悪な奴。クソ野郎。

 だけど、才能に溢れている。背も高く、腕っぷしも強い。

 悔しいが……事実だ。


「それは俺が強いからだ! お前と違って、正しい道を歩んだからだ!」


「自分が、才能に恵まれたからって――」


 僕はすぐに反論した。

 だがレイヴンは臆すること無く薄ら笑いを浮かべた。


「そうだよお? 俺は才能に満ち溢れている。そして正しく使い、引き出した!――お前と違ってな? ハハハハ!」


 本当に嫌なやつだ。

 学長が嫌なヤツレベル八十くらいだとしたらこいつは二百とかそれくらいだろう。


「……どいてくれ。僕はもう出ていく」


「まあ待て、一つ良いことを教えてやるよ。新しい学長、さ。――俺が選んだんだ」


「はっ……?」


 意味がわからない。

 選んだ?

 王家の血筋とはいえ一学生が、名誉ある[魔法学校]の、学長を……?


「俺さぁ。才能あるだろ? [転移魔法]なんて、そうそう会得できるもんじゃないからさ」


 な、何を、言っているんだこいつは。

 わからない。

 混乱していて頭が良く回らない。

 こ、こいつが、学長を選んだ?

 何故だ?

 何のために……。


「その俺の班にさぁ、[翻訳魔法]なんて選択するやつがいたら困るんだよ。――俺の英雄譚に傷が付くだろ?」


 僕は、絶句するしか無かった。

 たったそれだけのために、こいつはわざわざ……。

 いいや、本当に問題なのはそこでは無い。

 もっとおぞましい出来事が、起こったのだ。


「想像もしなかったか? お前さぁ、考えが甘いんだよ。馬鹿なんだよ! 努力すれば報われるとか、そんなこと考えていたんだろお?」


 僕が信じていた[魔術師ギルド]は、[魔法学校]、は――。


「悪いなリゼル! その努力とやらを評価する側の人間もさぁ! 俺、決められるんだよ! ハハハ!」


 腐敗。

 その単語が脳裏に浮かぶと、僕はふらふらと足元がおぼつかなくなった。

 胃の中がひっくり返りそうになり、思わず口元を抑える。


 こんな、連中と、今まで、僕は……。


「田舎の姉ちゃんが報われないよなぁ!? それとも俺が貰ってやろうか? 十番目の女とか、その辺りで」


 僕は口を抑えたままレイヴンを睨みつけた。

 全身が怒りに震えているのがわかる。

 だがそれ以上に、悔しくて情けなくてたまらなかった。

 姉を馬鹿にしたことも許せない。

 破門の理由もふざけている。

 それを許してしまうような連中も……。

 だけど一番許せないのは、それを見抜けなかった自分だ。


 ふと、レイヴンは唐突に表情を改め、どこか軽やかな様子になる。


「いやすまない。今のは言い過ぎた」


「なっ……!? は!?」


 本当に意味が、わからない。

 ここまで馬鹿にして。

 ここまで執拗に追い込んで、それで、こいつは何と言った?

 すまないと言ったのか?


 レイヴンは薄く笑ってから、まるで親友との別れの挨拶のように僕の肩を優しく抱く。


 突然のことで、僕は対応できない。


 レイヴンは本当に何をしに来たのだ?

 嫌味を言うため?

 それともわざわざ自分のしたことを暴露して、英雄譚とやらの悪行を広めに来たのか?

 自分で自分の首を絞める行為だぞ?

 僕がそれを触れ回ったらどうなると思っているんだ?

 あるいは、それすらもねじ伏せる自信がある、か……?


 いや、待て。

 僕は何か大切なことを見落としていないか?

 確か、レイヴンは――。


「なぁリゼル君。俺さぁ、[転移魔法]を全力で試したことが無いんだ」


 ぞわり、と背筋に悪寒が走った。

 僕は慌ててレイヴンを突き飛ばして逃げようとする。

 だが力で敵うはずもなく、僕は簡単に羽交い締めにされ、床にぐちゃりと顔面を押し付けられた。

 ずきんと鼻の奥が痛み、僕は叫ぶ。


「は、離せ! 誰か!」


 [転移]は、難しい魔法だ。

 もしも何も考えずにただ全力で放てばどうなるか。

 空の果てに飛ばされるのか、はたまた海の底か、地面の中に埋められるか――。

 どちらにしても、待っているのは、死だけだ。


「ハハハハ! 流石にわかるかぁ! お前みたいな馬鹿でもさぁ!」


 僕は懸命に暴れたが、力では敵わない。

 おそらく持ち前の体躯だけでは無い。

 僕にはできない[身体強化]魔法を使っているのだ。


「人体実験は禁止されてるだろ!?」


「あー知ってるよぉ? よぉく知ってる。そう心配すんなって。ちゃんと学長の許可、取ってあるからさあ!」


 どこまで腐っているのだこの[魔法学校]は。

 このままでは、本当に殺されてしまう。

 こんな奴に、こんな奴の、踏み台のために……!

 それだけは嫌だ。

 僕はまだ、何もできていないのに。


「悪いなぁリゼル! 俺、お前の分も大物になるからさぁ!」


 バチン、とレイヴンの魔力が爆ぜる。

 あっという間に僕の視界は暗くなり、意識が遠のいていく。

 恨み節も、助けを呼ぶ声も出せず、最後に僕はもう一度姉への言葉を絞り出した。


「姉さん、ごめん――」


 そうして、僕の意識は途切れた。

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